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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「それでも、ここにいる」

——魔法適合者優遇反対。

——非適合者にも平等な権利を。

——発現投与、強制するな。


五十人ほどの集団が、庁舎の前に立っていた。


ハルトは駅からの道を歩きながら、その横を通り過ぎた。怒鳴り声はなかった。プラカードを掲げたまま、誰も動かなかった。整然としていた。それがかえって、重かった。


通り過ぎる前に、一度だけ自分の左手首を見た。何もない手首を。


---


審査室に着くと、先輩職員の村田がすでに窓の外を見ていた。腕輪を指先で触りながら言った。


「今日も来てますね、あの人たち」


「先週もいましたよね」と別の職員が言った。「魔法庁への陳情が増えてるって聞きました」


ハルトはデスクに着いた。マグカップを書類から十センチ離れた位置に置いた。今日の受付分の申請書を手に取った。


窓の外の声は、ここまでは届かなかった。


---


問題が起きたのは、午前十時過ぎだった。


内線が鳴った。受付からだった。


「補助係の神崎さん、窓口に来ていただけますか。ちょっと……対応が難しくて」


ハルトは申請書を置いた。立ち上がった。


---


カウンターの向こうに、男が立っていた。四十代、作業着、腕輪なし。手に書類を持っていた。隣には同じく腕輪のない、三十代の女性が立っていた。表情が硬かった。二人とも。


受付の新人職員が、困った顔でハルトを見た。腕輪が揺れた。


「神崎さん、あの、この方が——」


「申請したいんですが」


男はそれだけ言った。ハルトの左手首を、一度見た。それから顔を上げた。


「あなた、腕輪してないですね」


「はい」


「非適合者ですか」


「はい」


男の表情が、かすかに変わった。硬さの下に何かが動いた。


「じゃあ、あなたに対応してもらえますか」


---


面談スペースに案内した。


男の名前は、佐々木隆だった。隣の女性は妻の明子だった。二人とも非適合者だった。


「娘の申請をしたいんです」と佐々木は言った。書類をテーブルに置いた。「娘が先月、魔法を発現しまして」


ハルトは書類を受け取った。読んだ。


申請者名、佐々木ユイ。年齢、八歳。発現魔法の種別、光属性。効果の概要、手のひらに小さな光を灯す。


「お子さんの魔法の登録ですね」とハルトは言った。「魔法庁の窓口は、同じビルの三階になりますが」


「知っています」佐々木は言った。「でも来る前に、ここで確認したいことがあって」


「確認、というのは」


佐々木は少し間を置いた。


「娘の魔法、登録しないといけないですよね」


「はい。魔法を発現した場合、魔法庁への登録が義務です」


「登録しなかったら」


「未登録の魔法を使用した場合は、法律違反になります」


佐々木は妻を見た。妻が小さく頷いた。


「登録したら、娘の情報が管理されるわけですよね。国に」


「はい。魔法の種別と使用範囲が記録されます」


「それって……娘が将来、就職とかするとき、影響しますか」


ハルトは少し考えた。


「魔法登録の有無や内容が、採用選考に直接影響することは法律上禁止されています」


「でも実際は」


ハルトは答えなかった。


佐々木が続けた。


「私と妻は非適合者です。就職のとき、どこに行っても腕輪を見られました。説明を求められました。魔法が使えないと伝えると、態度が変わる会社がありました。表向きは関係ないと言いながら」


明子が、手元を見たまま言った。


「娘は私たちに似なくて……魔法が使えるようになって。それは嬉しかったんです。でも同時に、怖くなって。登録したら、今度は娘が管理される側になる。もし将来、国が方針を変えたら。魔法使いの情報が別の使われ方をしたら」


テーブルが静かになった。


庁舎の外からか、かすかに声が届いた。風に乗って、断片だけが。


---


「一つ確認させてください」とハルトは言った。


「はい」


「お子さんは今、魔法を使っていますか」


「家の中でだけ、少し」


「登録前の使用は、厳密には違法になります。ただ、発現から一ヶ月以内であれば、登録手続き中とみなされる猶予期間があります。先月発現とのことなので、今日手続きを進めれば問題ありません」


「それは知りませんでした」と佐々木は言った。


「あまり周知されていないので」


ハルトは書類を整えた。


「登録情報の管理については、現状の法律では目的外利用は禁止されています。ただ、ご不安の点は理解できます。法律は変わる可能性があります」


「そうですよね」


「ただ」とハルトは言った。「登録しないままでいると、お子さんが魔法を自由に使えない状態が続きます。外で使えない。学校でも使えない。それはお子さんにとって、別の制約になります」


明子が顔を上げた。


「娘は……魔法が使えるようになって、すごく喜んでいて。光を灯すたびに、見て見てって言うんです」


「登録すれば、その魔法を正式に使えるようになります」とハルトは言った。「それだけは確かです」


---


三十分後、佐々木夫妻は三階の魔法庁窓口に向かった。


エレベーターに乗る前に、佐々木が振り返った。


「あなたも、使えないんですよね。魔法」


「はい」


「この仕事、大変じゃないですか」


ハルトは少し考えた。


「面白いので」


佐々木が笑った。初めて笑った顔だった。


「そうですか」


エレベーターのドアが閉まった。


---


窓口に戻ると、リアが立っていた。


「さっきの対応、見ていました」


「廊下からですか」


「通りかかっただけです」リアは言った。「ただ」


「はい」


「登録猶予期間の話。補助係が案内する内容ではないです。本来は三階の担当が説明します」


「知らなかったようだったので」


「それはそうですが」


リアは少し黙った。


「正確な情報でしたか」


「はい。施行規則第十四条三項です」


リアは息を吐いた。


「わかりました。今回は問題にしません。ただ、管轄外の案内をするときは事前に確認してください」


「はい」


リアは廊下に戻りかけた。止まった。こちらを向かなかった。


「佐々木さん、ちゃんと上に行けましたか」


「はい」


「そうですか」


それだけ言って、歩いていった。


---


昼休み、ハルトは庁舎の外に出た。


集団はまだいた。人数は少し減っていた。プラカードを持ったまま、静かに立っていた。


ハルトは少し離れた場所から、その集団を見た。


腕輪のない手首。自分と同じ手首。


佐々木が言っていた言葉を思い出した。どこに行っても腕輪を見られた、と。態度が変わる会社があった、と。


ハルトも、面接のとき、腕輪を見られた。魔法特許庁の採用面接で、担当者が一度だけハルトの手首に視線を落とした。それだけだった。何も言わなかった。採用された。


あの一瞬に何があったか、今でもわからなかった。


考えても仕方ない。


いつもそう思う場所に、また戻ってきた。


弁当を持って、庁舎の中に戻った。


---


午後、佐々木ユイの魔法登録が完了したという連絡が、三階から回ってきた。


書類には登録番号と、魔法の種別が記されていた。光属性。効果範囲、手のひら半径十センチ以内。


ハルトはその書類を受け取った。


手のひら半径十センチ。


見て見てって言うんです。


ファイルに挟んだ。


---


第一話 了

春のお題「お仕事」を題材に書きました。

よろしくお願いいたします!

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