第80話 二つのミス
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……なんだ、これ。
学校に到着早々、見慣れない物が俺の目に入ってきた。
内履きに履き替えようと下駄箱を開けた時、いつもと違う日常がそこにあったのだ。
——————可愛いレール柄が施された純白の封筒が、内履きの上で堂々と鎮座していたのである。
恐らく、気付かれなかったという最悪の事態を避けるために、あえて目に付く場所に置いたのだろう。
その考慮がこうして無事実ったわけだが、正直な感想として俺は全然嬉しくなかった。
なぜなら、このイタズラの犯人に心当たりがあったからだ。
いや、目に見えて分かるところに犯人はいたからと言った方が正確かもしれない。
……何してんだ、アイツ。
下駄箱の物陰から、こちらの様子を窺うようにジッと見てくる金髪のアイツ——————そう、花音だ。
下駄箱に可愛らしい封筒。まるで封筒の存在を知っているかのように物陰で待機している花音。
残念なことに、こんな数少ない情報でも察しが付いてしまう。
一度深く溜息を吐いてから、俺は下駄箱から封筒を手に取る。
すると、物陰で息を潜めていた彼女が待ってましたと言わんばかりに距離を詰めてきた。
「おやおやお兄さん! 何か良い物持ってるね~?」
「白々しい演技はやめろ。お前、俺がこれを手に取るまでそこでずっと見てただろ」
「え~? 私は今来たんですけど~?」
空気が漏れ出ているような口笛を奏でながら、花音は明後日の方向へと目を逸らす。
まあ、素直に自白しないのは最初から分かり切っていた話だ。
だからこそ、俺はここで花音を撃沈させるような爆弾発言を問答無用で投下した。
「……そうか。ならお前は一つミスったな」
「ミス?」
「単純な話だ。知らない風を演じるなら、お前は最初に挨拶をすべきだったんだよ。お前、挨拶もなしでいきなり現場抑えに来ただろ」
そう、花音は俺に挨拶をしていないのだ。
物陰に隠れながらずっと見ていた、という事実をなかったことにするのであれば、彼女は白々しく挨拶をするだけで良かったのである。
考えることよりも先に、気持ちが先走っちゃったのかな?
まあ、一部始終を知っている俺には無意味だけど。
「……あれ、挨拶してないっけ?」
「してない」
「あれ? 本当にしてない???」
「本当にしてない」
その質問を投げかける時点で、もはや自供しているようなものだが……まあ、どうでもいい。
俺は手に持っていた封筒を花音に差し出す。
「えっ? え? えっ???」
「返すんだよ。ったく、朝っぱらから手の込んだイタズラすんなよ」
実際は手なんて全然込んでないんだけどね。
表情に困惑の色を残したまま、花音は素直に両手で受け取る。
「え??? あぁ。どうも……?」
「んじゃ、俺は先に教室行くからな」
「え??? あぁ、はい……」
そして俺は、花音をその場に置いて一人先に教室へと向かう。
その直後、背後から下駄箱にぶつかる激しい音が聞こえてきたけど、俺は決して振り返らなかった。
◆◆◆
私は、下駄箱に向かって力なく崩れた。
クソッ! プランAは失敗だ!
プランA——————すなわちラブレター作戦だ。
年頃の男子高校生の男心を揺さぶって、放課後にマサくんを校舎裏に呼び出す作戦だったんだけどさ……その、なんというか……下駄箱にラブレターが入ってたら普通喜ぶよね?
なんでマサくんは喜ばないわけ?
女の子からラブレター貰って嬉しくないの???
マサくんって本当に男の子??????
実は男の子が好きとかそっち系????????????
って、アホか。どう見たって女好きだろうが。
最近だと、やたらと色んなところで女と仲良くなってるようだし……。
チクリと痛む胸を、鎮めるように手で抑える。
……ふっ、まあいい。大丈夫だ。
なぜなら、私にはマサくんを意のままに操れる五つの何でも言うこと聞く券があるからね!
でも、圧倒的な勝利を収めるには五つじゃ全然足りないよね。
この間の水着選びの時みたいに、屁理屈こじ付けて何でも言うこと聞く券の増やす方法を考えないと……。
……あれ? もしかしなくても話の趣旨変わってる?
いかん。いかんよ花音!
今はマサくんを放課後に世一にぃに会わせる方法を考えないと!!!
改めて意を決したところで、ポケットに入っていたスマホが短く震えた。
スマホを取り出して差出人の名前を確認すると——————世一にぃからだった。
『雅春君を呼び出せそうかい?』
んー、どうしよう。
素っ気なく無理だったって返信したら怒られそうだし…………状況報告だけでもしておくか。
そして私は、スマホの画面に指を走らせる。
『ラブレターで放課後呼び出そうとしたけどダメだった』
……よし、送信。
送信ボタンを押し、スマホをポケットに仕舞おうとしたところで再び震えた。
一々差出人を確認するまでもなく、きっと世一にぃからの返信だろう。
あの兄のことだから、何か良い方法でも送ってきてくれたのかな?
『ボケが』
思わず、目が丸くなった。
たった一言。
そのたった一文が、私の可愛いお目目を更に丸くした。
脳内処理が追いつくよりも先に、追加で文が送られてきた。
『その方法だとダメだって考えれば分かるだろ。まさか雅春君の過去を忘れたわけじゃないよな?』
……あぁー………………。
ようやく、脳内処理が追いついた。
距離が近くなっていたせいで、完全に忘れていた。
そうだよね。警戒される、よね。傷ついた、よね。
居ても経っても居られなくなった私は、マサくんの後を追うように教室へと駆け出した。
…………え? 何でも言うこと聞く券を使えば呼び出すぐらい簡単じゃんって?
愚問だね!
そんなの、世一にぃのために使うのがもったいないからに決まってるじゃん!
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