第74話 我部香凜の本性を暴いてやる!
サカケンに、呼び出された。
六限目の授業が終わって生徒が徐々に帰路へ就く中、ウチは今は使われていない空き教室へと向かっていた。
ちなみに、空き教室の場所は人通りの少ない校舎の最奥にある。
そんなところへの呼び出しとなれば……話は限られてくるだろう。
次第に足取りが軽くなる。
気が付けば、鼻歌を口遊んでいた。
そして誰かに見つかることなく無事に空き教室へと着いたのだが、すぐに扉は開けない……というか、開けることができなかった。
手が震える。足が震える。心臓の鼓動がやけにうるさい。
一旦気持ちを落ち着かせるため、大きく息を吸った。
一度目の深呼吸。
……まだだ。まだ足りない。
それから二度目の深呼吸。
……まだ。あともう少し。
そして三度目の深呼吸。
……よ、よし! 入るか!
未だ高鳴る鼓動を抑えて、ウチは目の前の扉をゆっくりと開いた。
……信じられなかった。
いや、信じたくなかったといった方が正しいかもしれない。
だって、目の前にいたのはウチのことが好きな想い人ではなく、クラスメイトが想いを寄せている男子だったのだから。
「——————急に呼び出して悪かったな」
◆◆◆
榊は望み通りの結果を出してくれた。
あとは俺の方で何とかしなければならないのだが……。
「……えっと、ひ、ひさっち! こんなところで何してるん~?」
我部は、普段クラスにいる時と同じように明るく振る舞う。
だが、俺は知っている。
どれだけ明るく振る舞っても、その表情が警戒の色に染まっていることに。
まぁ、警戒されても仕方がないだろう。
普通に考えて、呼び出された場所に向かってみたら、そこには呼び出した張本人ではなく無関係の人物がいたのだから。
「言っただろう。急に呼び出して悪かったなって」
「……あ、あれぇ~? ウチってば、もしかして教室を間違えちゃったのかな~。うっかりうっかり。それじゃ、ウチはこれで失礼するね~」
そう言いながら、我部は引き攣った笑顔を浮かべたままこの場から立ち去ろうとする。
それでも、俺は慌てない。慌てる要素がどこにもなかった。
なぜなら……。
「いや、間違えてないよ。僕が言い間違えをしてない限りね」
我部の進路を妨害するように、榊が立ちはだかる。
……そう、こうなることも全て読めていた。
だから予め、榊には教室の中ではなく外で待機してもらっていたのだ。
意味不明すぎる展開に、動揺を隠せない我部。
そんな我部に、俺はできる限り優しい笑顔で対応する。
「心配しなくていい。ただ、ちょっとだけ我部と話をしたかっただけだからな。それで少し榊に協力してもらったってことさ」
その言葉を受けて、なぜか榊が引き攣った表情を浮かべる。
いや、なんでお前が嫌そうな顔してんだよ。……まぁ、いいや。
とりあえず、今は我部と話をするのに集中しなければならない。
それから我部は、恐る恐るといった感じで教室に入ってくる。
ちなみに、榊には見張り番を任せた。
「い、いつの間にサカケンと仲良くなったんだ。全然知らなかったよ……」
「知らないのは無理もない。だって今日からだからな」
「今日から!? 早すぎない!?」
「まぁ、端的に言うと利害の一致ってやつだ。だから協力してもらった。じゃないと我部と話ができないと思ったからな」
「ハハハ……」
我部が乾いた笑みを浮かべる。
実際に逃げようとしたからな。返す言葉が見つからないのだろう。
そして我部は、気まずい話題を終わらせようと別の話題を振ってくる。
「ていうかさ、何気にひさっちとちゃんと面と向かって話すの初じゃない?」
「そうだな。俺もちょっと心変わりするきっかけがあったというか……」
「えー! なになに! まさかまさか、ウチのこと気になり始めちゃってるとか~?」
「もし、そうだと言ったら?」
……永い、とても永い沈黙が流れる。
お互いが、お互いの出方を窺っているといった様子だ。
それからどのくらいの時間が経過したか分からないが、愛想笑いを浮かべた我部がようやく口を開いた。
「……ハ、ハハハ。ひさっちも冗談とか言うんだね」
「俺が冗談を言うタイプに見えるか?」
「見えないけどさ、そんなの分かんないじゃん? それに、ひさっちにははるっちが……」
我部がそう言いかけて、俺はその後の言葉を遮った。
「桜花と俺は、別に付き合ってないぞ?」
「いや、でもさ……」
「でもさも何も、本当に付き合ってないからな。第一、男女二人で遊びに行ったからって付き合ってることにはならないだろ」
「確かにそうだけど……」
言いながら、徐々に口籠っていく。
……これ以上は、無理だな。
そう思って、俺は必要最低限の笑顔をチラつかせながら言葉を綴る。
「全部冗談だ。俺が我部に好意があるわけないだろ」
「だ、だよね~! いや~驚いたわ~。だって、ひさっちにははるっちがいるもんね!」
「諄いヤツだな、お前。別に桜花とは何でもないと言ったはずだが?」
「はるっちも同じようなこと言ってたけどさ、別にそこまで否定する必要はないと思うんだよね~。でも、二人がこれ以上構われるのが嫌だって言うならやめる。だからさ——————」
我部がその先の言葉を告げようとする前に、またしても話を遮る。
聞き届ける以前に、そもそも聞く価値もない。
だってこれは、彼女の利己主張でしかないのだから。
「——————全部、お前の都合だろ。……違うか?」
酷く冷めた、とてつもなく酷く冷めた声色で言葉を放った。
我部は、俯いたまま反応を見せない。
「……違うか?」
俺は、もう一度問う。
しかし、それでも、我部は俯いたままだ。
答える気はない、といったところか。
それとも、必死に言葉を探している、といったところか。
あるいは、別の何かか……。
どれにせよ、彼女に尋問をしているのだと、もちろん自覚している。
それでも俺は、彼女のことを可哀想だとは思わないし思うこともない。
こうでもしないと、俺の欲しい答えは手に入らないから。
だが、この後彼女がどんな反応を見せるにせよ、この状況をいつまで続けられるか分からない。
……仕方がない。もう一枚だけカードを切るしかない。
そして俺は、重い腰を上げるかのようにゆっくりと口を開いた。
「俯いているだけじゃ何も分からないんだが。我部香凜さん。……いや、一ノ瀬香凜さん」
わずか、ほんのわずかだが、我部の身体が揺れた気がした。
……でも、それだけの話だ。
『一ノ瀬香凜』の名を聞いても、彼女は未だ俯いたままだ。
しかし、収穫はあった。
ここで露骨な反応を見せれば、それは相手に自分の何かを悟られかねない。
我部は、それを分かっていた。
だから我部は、わずかではあったが反応を見せないようにと必死に気持ちを押し殺したのだろう。
だからこそ、俺は確信した。
彼女が今、取っている行動は——————
「黙秘を貫くのは構わないが、実際それは無意味だ。真実は何も変わらないんだからな」
「……」
「……そうだな。少しだけ昔話をしてやろうか、お前のな」
それから俺は、語り聞かせるようにゆっくりと言葉を放った。
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