第70話 芽生えた違和感 午後の部
特にドキッとすることもなければ、うるっとすることもなく映画鑑賞は終了した。
結論から言うと……クソつまらなかった。
まあ、タイトルの『ドキッ! 私の初めての好き♡』ってところから分かる人には分かるよねって感じ。
てか、本当によくあの内容で映画化、というか映像化できたものだ。絶対に赤字確定だろ。
いやぁ、感心してしまうよ。本当に……。
感想はほどほどにして、映画鑑賞を終えた俺と桜花は近くの喫茶店に移動していた。
大体の場合、映画を観終わった後は感想会っていうお約束があるわけだが……どうすんのこれ。
俺、話せることなんて何一つないよ?
だって、途中から半分寝てたし。
恐らく、彼女もそこまで楽しめたわけじゃないだろう。
ここは俺の方から機転を利かせて別の話題を……そう思った矢先、彼女が口を開いた。
「結構面白かったね!」
…………マジか。
それしか言葉が見つからない。開いた口が塞がらない。
桜花が俺に気を遣って嘘を吐いている可能性は、恐らくないだろう。
だって、アイスミルクティーを片手に随分とご満足げな様子だったから。
「……ひさるん? どうしたの?」
一切反応を見せない俺を目の前に、桜花が可愛らしく首を傾げる。
……いや、これどうすんの。
半分寝てたとはいえ、全然話覚えてないんだが。
と、とりあえず、話を適当に合わせておこう……。
「悪い、つい感慨にふけて……。面白かったよな」
「だよね! いやぁ、最後にちゃんと二人が結ばれて良かったよ〜。思わず感動しちゃった!」
「……ははっ。そうだね」
あれ、おかしいな。
詳しい話は覚えてないけど、大まかな話の流れは覚えている。
確か、街角で男女がぶつかって、その男が実は女の子の通う学校の転校生で、紆余曲折を経て、最終的に二人が結ばれた……みたいなご都合展開丸出しのベッタベタな恋愛映画だったと思うんだけど、感動する要素なんてあっただろうか。
まあ、わざわざ水を差して空気を悪くする必要もないので、俺は同意するだけの人形になりきる。
「そうだね。最後よかったね」
「ね! ちなみに良かったシーンとかある?」
「良かったシーンか、そうだな……」
面には出してないけど、内心はバックバクだった。
ひとまず、それっぽいことを言っておこう。
そして俺は、微かに震える唇を抑えながらゆっくりと口を開いた。
「お、俺的にはやっぱり最初のシーン、かな?」
「え? 最初のシーンって街角でぶつかるシーンだよね? あのシーンが良かったの?」
「まあ、ありふれたシーンだよな。でも、そこがいいんだよ」
「というと?」
「物語には起承転結があるだろ? あの感動のラストも最初の出会いがなければなかった。だから物語の始まりと言える最初のシーンが一番良いんだよ」
「……なるほど。確かにそれは一理あるかも!」
桜花が小さく何度も頷く。
まあ、感心しているところ大変申し訳ないんだけど、実際は当たり前のことしか言ってないんだよね。だって物語だし。
とりあえず、これで一旦の山場は越えることができた。
だが、まだ油断はできない。
俺は内心身構えたまま、自然を装って彼女に問うた。
「ちなみに、桜花の良かったシーンってなんだ?」
「アタシ? そうだなぁ。どのシーンも魅力的で好きだけど、一番を付けるならやっぱり中盤の女の子が困ってる時に男の子が颯爽と助けるシーンかな! いくつになっても、やっぱりああいうのには憧れちゃうよね〜」
「……なるほどな」
感慨に耽っている桜花から視線を逸らし、手元のアイスコーヒーに目を落とす。
……まあ、そんな都合良く立ち回るヤツ三次元にはいないけどな。
内心でツッコミを入れつつ、俺はアイスコーヒーに口を付ける。
甘い、甘すぎる。
ブラックコーヒーを飲んでいるはずなのに、なぜかコーヒー牛乳でも飲んでいるかのように甘く感じた。
「いやぁ、本当に良い映画だったよ! ありがとね、ひさるん」
「まあ、楽しんでもらえたなら何よりだよ」
「また、良い映画ありそうだったら教えてね!」
「……あぁ、あったらな」
不意打ちの可愛い笑顔に、一瞬言葉を失いかけた。
……これ以上はいかん、ボロが出る前に早く話題を変えないと。
そして俺は、ずっと気になっていたことを口にした。
「それにしてもビックリしたよな。まさか、恋愛映画に我部がいるとは思わなかった」
「!?」
唐突な話題転換……というよりかは、我部のワードを聞いて噎せ始める桜花。
もしかしたら、面に出していなかっただけでずっと彼女のことを気にかけていたのかもしれない。
「だ、大丈夫か?」
俺はテーブルにあった紙ナプキンを桜花に手渡す。
そして彼女は、汚れてしまった口元を拭った後に言葉を綴った。
「ご、ごめん。ありがと」
「いや、こっちこそ。まさかそこまで動揺するとは思ってなくて」
「ど、動揺しないわけないよ! ど、どうする!? 結局勘違いさせたままバイバイしちゃったし……」
「まあ、俺と一緒だと思われるのは普通に嫌だよな」
「べ、別にそこは心配してない……というか……その……」
胸に手を添えながら、頬を赤らめてそっぽを向く桜花。
……いかん。
気を遣われていると分かっていても、発言と態度からつい勘違いしそうになる。
すぐに話題を変えたいところなのだが、変えるわけにもいかない。
俺には、どうしても確認しなければならないことがあったから。
そして俺は、核心を突く一言を放った。
「我部と、何かあったのか?」
「……いや別に、これと言って何も……」
「……そうか」
俺はアイスコーヒーを口へ運ぶ。
確信は得た。絶対に何かあった。
桜花は何もないと口にするけど、彼女の性格上、何かあっても誰かに言いふらすとは考えにくい。
となると、何が桜花をここまで動揺させるのかだが……いや、考えるまでもないか。
我部と出会った時、桜花の周りに一つだけ異物が紛れ込んでいた。
映画館、スクリーン、ポップコーン、飲み物、我部——————そう、俺だ。
だから桜花は、動揺してしまったのだろう。
俺と一緒にいるところを見られるのは、かなり気まずいはずだから。
……でも、なんかしっくりこない。
我部と会話している時に、桜花が見せた違和感の色。
それは、簡単な理屈では片付けられない、もっと複雑な何かに感じられた。
となると、別の何かの線が高いわけで……。
しかし、桜花に話す意思がない以上、これ以上の情報は引き出せそうにない。
断定はできないが、会話の内容からして俺が関係している可能性はありそうだが……。
「……まあ、何もないなら別にいいけどさ。それよりさ——————」
そして俺は、気まずくなった雰囲気を切り替えるため、桜花に別の話題を振った。
しかし、この時の俺は一つ大きな見落としをしていた。
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