第69話 この遭遇。偶然か、必然か。午後の部
「——————ねぇ、どれ観る?」
ショッピングモールの片隅にある映画館フロアの券売機前にて、俺は選択を迫られていた。
いつも通りのテンションで桜花に話しかけるか。
それとも、最大限気を遣って話しかけるか。
本来であれば、悩むまでもない簡単な話で、しょうもない話だ。
そのはずなのに、こうして頭を抱えているのは数分前の事件があったからだ。
……あなた、私に怒っていませんでしたっけ?
俺の記憶力がダチョウやニワトリでなければ、確かに彼女は怒っていた。
それなのに、今はそれが皆無なのだ。
……もしかして、彼女もまた気を遣って話しかけてくれているのだろうか。
だとしたら、いつも通りに接するのが得策、と言えるだろう。
「ねぇ、聞いてる?」
その一言、たった一言で若干空気がひりついた……ような気がした。
よし、作戦変更だ。
触らぬ神に祟りなしって言うからな。余計なことは言わないでおこう。
そして俺は、桜花の顔色を窺いながら言葉を紡いだ。
「わ、悪い。別に聞いてなかったわけじゃないんだ。ただ……その……お、桜花は、何が好きかなと思ってだな……」
「アタシ? アタシは何でもいいよ。ひさるんが観たいのを一緒に観たい、かな」
そう言って、はにかみながら答えを濁す桜花。
てか、何だよその可愛い顔。怒ってたんじゃないのかよ。
感情の緩急が某アトラクション施設のジェットコースター並みに激しすぎて、完全に俺一人置いていかれている。
「それで、ひさるんは何観たい?」
「まぁ、そうだな……」
多分、というかきっと、俺が選ばなければこの不毛なやり取りが無限にループされるだろう。
だから俺は、券売機に表示されている俺の観たい映画を指差した。
「これ、かなぁ……」
「え! これ!?」
隣にいる桜花が突然声を上げる。
……まあ、そういう反応になるわな。
だって、俺が指差したのは『ドキッ! 私の初めての好き♡』と書かれた作品名のゴリゴリの恋愛映画だったのだから。
ちなみに、俺はこの作品のことは全く知らん。
では、なぜこの作品を選んだのか。
その理由を、一々口にする必要はないだろう。
「絶対にアタシに気を遣って選んだでしょ! ひさるんと恋愛映画……うん、全く想像つかないもん」
早々バレてるし。
ついでに失礼なことも言われた気がする。
……まあいい、このまま押し通させてもらうぞ!
「いや、本当にこれがいいんだって」
「本当に?」
「本当に」
「本当の本当に?」
「本当の本当に」
「…………そっか。ひさるんはこういうのが好きなんだ……」
そんなことを呟きながら、桜花が興味深く作品の内容を確認する。
なんか盛大に誤解させてしまった気がするが……まあいい。
この辺りでご機嫌を取っておかないと、本来の目的である情報収集ができなくなってしまうからな。
そして俺たちはチケットとポップコーン、飲み物を購入し、上映時間がすぐだったこともあって待ち時間なく劇場へと入ることができた。
劇場の番号は……四番。入場口からかなり近かった。
「すぐに入れて良かったね。……もしかして狙った?」
「んな馬鹿な。たまたまだよ」
「ふーん? ひさるんならやりかねないけどね。早く帰りたいから早く上映するやつを選んだ、とか」
「いや、流石にそんなことは——————」
俺がそう言いかけた時、前の席から突然声が上がった。
「——————あれ、はるっち?」
口を挟んできたコイツを、残念なことに俺は知っていた。
茶髪のロングヘアに黒色の帽子を被っており、茶毛のファーブルゾンに短パンのギャルの正体は——————同じクラスの我部香凜だった。
我部の視線が、桜花と俺を行き来する。
彼女が言わんとしていることは、何となく想像ができる。
……あぁ、ようやく分かった。
花音とデートをした時に気に掛かった〝なにか〟の正体。
その答えは至ってシンプルで、デート真っ最中のところをクラスメイトとか友達に見られたくなかったのだ。
せっかくの休日に見知った男女が二人で遊んでいたら……答えは一つしかなくなるから。
「違うよ!? 違うからね!?!?!?」
あの完璧すぎる桜花が、えらく動揺している。
それでも、彼女の主張は何一つ間違えていない。この場においては最適解だ。
だけどさ、何もそこまで食い気味に否定しなくても良くないか?
分かっていたことだけど、それでも俺の心はちょっぴり傷ついた。
「違うって、何が違うのかな〜?」
挑発的な視線を桜花に向ける我部。
それに応戦するように、桜花は更にテンパりながら口を開く。
「そ、それは、その、えっと……そう! ひさるんが服選びに付き合ってくれって。それで、その……なんというか、付き合ってあげてる的な?」
「いや、お前それは……」
その言い訳は悪手すぎる。俺にとって。
なんか、その言い訳だと俺が口実を作って桜花とデートしたかったみたいになるじゃん。
てか服選びを嘘の肝にしたってことはさ、もしかして俺の服装ダサいと思ってる?
確かにファッションとやらに深い関心はないけど、俺の心は更に傷ついた。
「別に誤魔化さなくても大丈夫だって〜。これ以上はさ、流石にひさっちが可哀想だよ?」
「いや、だから本当に違うんだってば……」
「安心してよ、別に二人のことを誰かに言うつもりないからさ〜。むしろ応援してる! 何か困ったことがあれば、いつでも相談してくれて構わないからね〜。って言っても、ウチが相談役になれるか分からないけど!」
そう言って、我部が腹を抱えてケタケタ笑う。
……まただ。俺の中で〝なにか〟が引っ掛かる。
我部が実は良いヤツだったとか、そういう単純な話ではない。
桜花も桜花で、我部の反応に少なからず違和感の色を示していた。
しかも、それは俺とは全く違う異色の代物だ。
……これは、何かあるな。
俺と桜花の我部香凜に対する認識のズレは、確かにそこにあった。
「んじゃあ、あとはお二人でごゆっくり〜」
そして我部は、姿勢をスクリーンの方へ向き直す。
それからほどなく、映画が始まった。
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