第66話 かなり早い水着回 午後の部
——————ぷふっ、全部計画通りだわー。
今にもスキップしだしたい気持ちを抑えて、私は平然を装ってマサくんを水着ショップへと足早に先導していた。
てか、マサくんも馬鹿だよなー。
下着も水着も、どっちもただの布切れじゃん(笑)。
下着と水着は同格と言っても過言ではない。
だって、その装いの下は生肌なのだから。
長い付き合いじゃないけど「変な理屈をこねれば何とか説得できるでしょ!」とか安直に考えてたら、まさか本当にいけるとは思わなかった。
とはいえ、これは絶好の機会だ。
当初の目的である〝マサくんメロメロ計画〟が実行に移せる。
さて、この愚かなチェリーボーイをどう調理してやろうかね……。
……ふふっ。おっと、思わず変な笑みが出てしまったぜ。ポーカーフェイスを意識しないとな……。
不幸中の幸い、マサくんは私の後を追うように後ろにいたから変な笑みを見られずに済んだ。
些細なヘマで、今日の計画が全部台無しになる可能性だってある。
それでも、自然と口角が上がってしまいそうになる。
だって——————バレなければ私の勝確なんだから!♡
◆◆◆
……よくよく考えてみたんだけど、やっぱり下着と水着って一緒だよな?
水着ショップに置かれている水着を目にして、改めて思った。
この形、この色合い、このデザイン…………うん、下着にしか見えなくなってきたわ。
そんな水着を凝視している俺に、花音がクスクス笑いながら近づいてきた。
「マサくんって、実はむっつりさんだったんだね!」
「誰がむっつりさんだ。……あのさ、やっぱり水着さ……」
「なに? マサくん、そんなに私の水着姿見たいの?」
「人の話を最後まで聞けや。てか、そんなホイホイ他人に見せるもんじゃねぇだろ」
「見たくないとは言わないんだね!」
「……見せるもんじゃねぇだろ……」
「ちゃんと会話しよーね?」
「それはお前も同じだろ」
俺は別に花音の水着姿を見たいとは一言も言っていない。むっつりさんでもなんでもない。
だから、俺は何一つ悪くないはずなのだ。
なのに、この状況が、この場所が、俺を悪人へと仕立て上げる。
周りにいる他の女性客たちが、俺たちの様子を窺いながらヒソヒソと何かを話していた。
この完全なアウェー感……誰か俺の味方をしてくれる人はいないのだろうか——————
「——————大丈夫。マサくんのこと、ちゃんと分かってるから」
目の前にいる花音が、聖母のように優しく微笑む。
だから俺も、聖父?のように優しく微笑んだ。
「一ミリも分かってないだろ? だから俺のことをむっつりさんとか好き勝手言ってんだろ?」
「分かってるもーんだ。それじゃあ、この中だったらどの水着が好き? セレクト次第では汚名返上させてあげる」
「なんでお前が主導権握ってんだよ」
とはいえ、このまま放っておいて後で桜花に言われても面倒だ。
そうならないようにするためにも、俺はここで自分の好きな水着を選ばなきゃいけないのだが……。
…………むっつりだと思われない水着って、一体なんだ?
そもそもの話、女性物の水着を選んでいる時点で結構危ういラインなのでは?
でも、今の花音にそれを伝えたところで都合の良いように解釈されるだけなのは間違いない。
だとすれば、俺の取るべき選択は——————
——————エロくもなければ、キモくもない。そんな無難な水着を選ぶに限る。
俺が〝好き〟と言えば、それが〝好き〟になるのだ。
その信憑性など、本人以外には誰にも分からないのだから……。
……それから熟考に熟考を重ねて、俺は水着の選定を無事に終えることができた。
「…………これだな」
そして俺が選んだのは、トップに薄水色のフリル状のレースで覆った上品なデザインの水着。名称は知らん。
俺が手に取った水着を、花音はまじまじと見つめながら言葉を放つ。
「なるほどなるほど、フレア・ビキニか。可愛いね」
「名称は知らんけど、まあこれかな」
「この水着ってね、バストのボリュームを感じさせるのと、相対的にウエストのラインを細く見せる効果があるんだよね。それってつまりさ……」
急に解説が始まったかと思えば、今度は身を隠しながらいたずらっぽく笑みを浮かべる。
……言おうとしていることは、何となく予想ができた。
だから、花音が何かを言うよりも先に言葉を綴った。
「そっか。これがお前に似合うと思って選んだだけなんだけどな。変な意味が伴うならやめとくか……」
「はへぇ!?」
花音の頬が、ボンッと一気に真っ赤に染まる。
てか、こうなることを想定して行動してたんじゃないのかよ。
これまでの状況から察して、花音の目的はおおよそ理解していたつもりだ。
だからこそ、曖昧なことを、絶対に言いたくなかった。
でも、その結果がこれかぁ……。
変に思われても俺が困るから、この水着は元のところに戻しておこう。
そして俺が、手に持った水着を元に戻そうとしたところで、静止が掛かった。
「……戻しちゃうの?」
上目遣いで、花音が俺の手首を優しく掴んでくる。
そっぽを向きながら、俺は応えた。
「……まあ。勘違いされるなら……」
「……そっか」
それだけ言って、花音は俺が手に持っていた水着を自然に奪い取った。
一体、目の前で何が起こっているんだ?
「……これ、試着してくる。待ってて」
「あ、ちょ……」
俺の言葉を聞き届けることなく、花音は足早に試着室へと入って行く。
待っててって、店の外で待っててってことだろうか。
いや、絶対に違うよな。
女性の買い物に付き合った経験が妹ぐらいしかない俺でも、それだけは確実に言えた。
でも、ここで、か?
この数多の水着と女性客で囲まれている、ここで、か?
ここで、一人で待っていろと言うのか?
もしこんなところを、誰かに見られでもしたら——————
「——————ねぇ」
突然声を掛けられて、思わず肩が揺れる。
でも、この声は確実に花音のだ。聞き間違えるはずがない。
そして彼女の声がした方へ振り返り……言葉を失った。
モデル顔負けの華奢な肩と腰回りに、雪のような真っ白い肌。
それに、意外にも主張が強い二つの山脈。
コイツ、着痩せするタイプだったんだ……って、そうじゃなくて!
俺はすぐさま彼女から視線を逸らした。
このままだと、色々とマズい。
「……どう、かな?」
「……まあ、いいかと……」
「そ、そっか! えへへ……」
はにかむように可愛く笑う花音を目にして、俺の中で何かが切れた。
ズカズカと彼女の方へと歩み寄り……そしてカーテンを壊れそうになるぐらい勢いよく閉めた。
彼女からしたら何が起こったのか分からないだろう。
その証拠に、カーテンの隙間から顔を覗かせた。
「どうして急に閉めたの!? 似合ってるか見て欲しかったから着替えたのに……。もしかして、本当は似合ってなかった……?」
露骨に落ち込む花音。
店内が若干暑いせいだろう。
真っ白な首元がうっすら汗に濡れて妖艶な雰囲気を醸し出していて……。
「は、早く着替えてくれ! これ以上は目の毒だ!」
「目の毒……。やっぱり似合ってなかったんだ……」
「そうじゃない! 凄く似合ってる! だけど、その、め、目のやり場に、困るというか……その……」
言いながら、俺は再び視線を逸らす。
これ以上は、恥ずかしくて口にできん。
こんな言葉足らずでも俺の言わんとしていることが伝わったのか、安堵したように花音は言葉を綴った。
「そ、そっか! えへへ……。着替えたらこの水着買ってくるから、マサくんは店の外で待ってていいよ」
「お、おう、よ……」
そして、花音はカーテンの向こうへと姿を消した。
……全く、今日は花音に振り回されてばかりだ。
そんなことを考えながら、俺は襟ぐりをパタパタと仰ぎながら花音の帰りを店の外で待つ。
いつからだろうか。
俺は本来の目的をすっかり忘れていた。
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