第65話 あれ、もしかして罠にハマった? 午後の部
適当に昼食を取り終えた俺たちは、近くのショッピングモールに足を運んでいた。
流石は休日、モール内はかなり賑わっていた。
家族連れ、友達連れ、そして、恋人連れ——————
……やはり、落ち着かない。
今の俺たちは、世間の目からどのように映っているのだろうか。
水瀬と一緒に出掛けたのも、このショッピングモールだ。
その時は周囲の目など気にもならなかったのに、今は気になって仕方がない。
例の盗撮事件のせいで、神経質になっているのか?
いや、これだけは断言できる。
それだけは絶対にない、と。
だとしたら俺は、一体〝なにに〟気を掛けているんだ?
分かりそうで、分からない。
そんな釈然としない気持ちを抱えたまま、俺は花音と共にショッピングモール内を歩いていた。
……ただ、歩いてるだけならよかったのだが。
「……あの、すみません」
「んー? 何かね?」
「歩きづらいので、離れてもらえると助かるのですが……」
そう。何の意図があってか、花音が俺の腕にしがみ付いているのだ。
触れてはいけないモノが、腕に当たってしまっている……。
俺だって、頑張って考えないようにはしてるよ?
でも、その柔らかい感触が、腕の触感を通じて脳を猛烈に刺激する。
てか常識的に考えて、恋人でもないのに不用意にそんなことしちゃダメだろ!
俺はこれっぽっちも悪くない。
だから、俺の立場が悪くなる前にこの腕から離れてくれ!
そして彼女は、一層力強くしがみ付きながら最高の笑顔で口を開く。
「ダーーーメッ♡」
「いや、ダメとかそういう以前の話で……」
「ダーーーメッ♡」
「いや、だから……」
「ダメったら、ダーーーメッ♡」
なんかよく分からないけどダメらしい。
……いや、ダメってなんでやねん。
マジで離れてくれ、周りの視線が痛いからさ……。
そりゃ、冴えない男と美人が仲睦まじく腕を組んで歩いていたら誰だって見るわな。
俺だって見るだろうし。
あの二人釣り合ってないよな、とか絶対に陰で思われてるよな。
俺だって思うし。
とにかく、〝恥ずかしい〟をばら撒いているこの状況を早急になんとかしなければならない。
「……着いた!」
あれこれと考えていたら、腕にくっつく花音が唐突に声を上げた。
着いたってことは、目的地に着いたことを意味するわけで……。
「……え、ここ?」
「うん、ここ!」
「……いやいやいや」
「いやいやいやいやいや(笑)」
「なんでちょっと楽しそうなんだよ。……てか、お前頭大丈夫か?」
「酷いなー、私は至って正常だよー。ほら、早く入ろ!」
花音が腕を引っ張って無理やり店の中に連れ込もうとするけど、俺の両脚は拒絶するようにその場に踏みとどまった。
俺と同じ境遇に立てば、誰だって同じ行動を取るはずだ。
だって、ここは——————
「どうしたの? 入らないの?」
「いや、どうしたのって、むしろお前がどうした」
「どうしたって、普通に買い物するだけだけど……」
「……そうか。なら聞くけど、普通に買い物するだけなのにランジェリーショップに俺を連れ込もうとする意味は?」
そう、花音に連れられてやってきたのは、女性物の下着が店内一面に広がるランジェリーショップだったのである。
な? 誰だって同じ行動を取るだろ?
イケメン男なら迷うことなくズカズカと入っていくだろうけど、非モテ男の俺にはあまりにもハードルが高すぎた。
というか常識的に考えて、付き合ってもない女子の下着を男が選ぶ行為自体、そもそも間違えてるだろ。
「連れ込むだなんて人聞きが悪いなー。意味もなにも、ただ選んでもらおうと思っただけだよ?」
「待て、ちょっと待ってくれ。……これ、俺がおかしいのか?」
「おかしいんじゃない? 今のご時世、男の人が女の人に下着を贈る風習だってあるわけだしね。このぐらい普通だよ」
「いや、それ逆だろ。男が女に下着を贈ったら、ただの事件じゃん」
本当、おかしな世の中だ。
女から男の下着の贈り物は事件臭しないのに、その逆だと事件臭しかしないのはなぜだろうな……って、そんなことどうでもいいわ。
今はこの最悪の状況を切り抜ける方法を模索しなければならない。
さもなければ、これまで以上の地獄を味わうことになる。
「とにかく、俺は絶対に入らん! 入らんからな!」
「ふふふ……。抵抗するだけ無駄だぞ、少年。何のためにこうしてると思っているのだい?」
そう言うと、花音が再び俺の腕に引っ付いてきた。
……そういうことかよ。
要は、俺が途中で逃げ出さないように捕まえていたというわけだ。
少々浮かれていた数分前の俺を、手加減なしでぶん殴ってやりたい。
まあそれはさておき、相手の狙いが分かった以上、俺のするべき行動は一つに絞られた。
——————花音を振り解く。それだけに限る。
しかし、どうしたものか。
頭では分かっていても、身体が、まるで言うことを聞かない。
……まさか、無意識にこの状況からの脱却を拒んでいるのか?
いやいや、だとしたら俺どんだけ変態なんだよ。
変態キャラは美彩だけで十分……ってそういうことじゃねぇ!
俺が変態なのかどうかって話だ。
でも、俺も一人の男だ。
この状況に満足感を抱いても仕方がない……ってそういうことでもないだろ!
ダメだ、思考が上手く纏まらない。
本当の俺は、一体どうしたいんだろうか。
一人で勝手に思考迷宮に彷徨っていると、花音がちょっぴり悲しそうな表情を浮かべながら言葉を綴った。
「……嫌?」
「べ、別に嫌とかそういうわけじゃなくて……。ただ、その……」
「その、なに?」
「その……は、恥ずかしいというか……俺が選ぶのはちょっと、というか……」
「私のこと、嫌いとかじゃなくて?」
「そういうことじゃ……ない」
明後日の方向を向きながら、花音の問いに一つずつ応えていく。
顔も身体も、何となくだけど火照ってる気がする。
クソッ、なんで俺がこんな辱めを受けなきゃならないんだよ……。
不服ではあるけど、ランジェリーショップ来店を回避するためには素直に応えるしかなかった。
「それならさ……、水着、とかならどう?」
「水着……ですか……」
「なんで急に敬語? まあ、それはそれとして、水着なら許容範囲かなって……どうかな?」
「いや、どうだろう……」
自分のことなのに、何を言ってるんだお前は……。
「いや、マサくんのことでしょ……」
ほら、花音にも言われた。
とにかく、何かしら応えないと変な誤解をされかねない。
俺は、素直に思ったことを口にした。
「水着って、肌面積考えたら下着とあまり変わらないような気が……」
「全然違うでしょ。下着は人に見せられない物で、水着は人に見せられる物。そうでしょ?」
「その理屈だと、俺をランジェリーショップに連れ込もうとしたお前の行動に矛盾が生じるんだけど……」
「矛盾なんて何一つないよ? あくまでも選んでもらうだけだからね!」
「ちょっと何言ってるのか分からない」
選ぶってことは、下着を見ることと同義じゃないの?
疑問符を浮かべる俺を無視して、花音が話を先に進める。
「とにかく! 下着選びがダメなら、水着選びはどうかな?」
「いやぁ……」
「ほら、スクール水着とかいわばプール版制服でしょ? つまり、水着って一種の衣装だと思うんだよね!」
「な、なるほど……?」
確かに、花音の意見には一理ある。
学校指定の水着は、水着って感じがしない。
水着は、あくまで一種の衣装。
そう言われれば、そんな気がしてきた。
やましく思うから、そう感じるのだ。
やましいことなんて、これっぽっちもない。
だから俺は、胸を張って堂々と言葉を続けた。
「分かった。それじゃあ、さっそく水着選びに行くか」
「おう! さっそく行くぞい!」
パッと腕を離して、花音が俺を置いて先に歩き出す。
あまりにも素直すぎる花音の姿を目にして、ふと思った。
これまでのくだり、もしかして譲歩的要請法だったんじゃね?
それに気がついた時、事はすでに手遅れだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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