第64話 花音とデート 午前の部
駅前広場の片隅で、俺は街ゆく人々をジッと眺めていた。
今まで気に留めもしなかった。
日曜日だというのにもかかわらず、スーツを身に纏って慌ただしそうにしている大人たち。
和気藹々と楽しそうに何かを話している学生たち。
それぞれの行き先へ向かおうとしている家族たち。
そして——————男女二人きりで街中を歩いている者たち。
この休日に、色々な用事をしている人がいるということを改めて実感した。
そんな俺も、用事があってここへやって来たわけだが……。
「お待たー! 待ったー?」
俺の用事の相手——————姫柊花音が話しかけてくる。
デニムショートパンツに若干大きめの白色のTシャツ。
いつもの二つ結びは解いており、頭には紺色の帽子を被っていた。
「……ちょいちょい、私に何か言うことないのかい?」
「約束のお時間、一一時から一五分遅刻してるんだけど、言い訳があるならどうぞ?」
「そうじゃなくて! それよりも、私に言うことあるでしょ」
……それよりも? 遅刻してきたことが?
お前が言うことないのかって聞いてきたから、言うつもりもなかったことを親切に言ってやったというのに。
俺じゃなかったら、多分許されてないと思うよ?
もっと俺という心優しい存在にありがたみを感じて欲しいものだ。
……まあ実際のところ、これら全ては本心を隠す為の建前にすぎない。
花音が求めてる答え、本当は何となく予想できていた。
「……今日はメガネじゃないんだな」
「まあ、今日ぐらいは、ね。……他に言うことは?」
「……似合ってんじゃねぇの?」
「他には?」
そう言って、花音がグイッと距離を詰めてくる。
これ……ちゃんと言葉にしないと終わらないタイプの拷問だ……。
俺が今置かれているこの状況、言葉一つで容易に解決できるのは分かっている。
それでも、できない。
これ以上の気の利いた台詞を、女子相手に面と向かって言えるわけがない。
もちろん、美彩を除いてな。
てか、そもそもコイツはコイツで、俺に何を期待してんだよ。
言えないことぐらい、分かってるはずなんだけど。
「ねぇねぇ、他に言うことは?」
言いながら、花音が袖口を控えめに掴んできた。
……流石に、もう限界だ。
彼女の手を袖口から引き剥がすように、俺は勢いよく身を翻した。
「俺の口から何を期待してんだよ。そんなの、言えるわけないだろ」
「……どうして? 可愛くなかった……?」
花音の声色が、次第に落ちていく。
気がつけば俺は、言葉を選ぶ暇もなく口を開いていた。
「そうじゃなくて! その、なんというか、俺みたいなやつから可愛いとか美人だとか言われたら、ただのキモ発言でしかないだろ? それが言いたくてだな……」
「……」
なぜ黙る。
俺がこんなにも必死になって弁明しているというのに、無視は流石に酷くないか?
そんなことするなら、今度から俺も大事な局面で無視しちゃうぞ?
そんなくだらないことを考え始めた頃、ようやく花音の言葉が耳に入ってきた。
「……あ、ありがとう」
「……え、何が?」
急にどうした?
いきなりの展開に、思わず花音の方へ振り返ってしまった。
心なしか、頬も若干赤いような……。
「え? だから、ありがとうって」
「だから、何がって」
「だって、可愛いとか、美人とか思ってくれてたってことでしょ? だから、ありがとうって……」
そう言って、もじもじし始める。
その愛らしい姿を目に焼き付けて、俺は脳内で頭を抱えた。
……あーーーーーー。
……ああああああ!!!
やばい、タイムマシン欲しい。
弁明しようとして、自ら墓穴掘る真似して何やってんだよ、マジで!
馬鹿なの!? 馬鹿だろ!? 馬鹿でしょ!?
まだ始まってすらないのに、こんな恥ずかしいことして……この後まともに会話ができる気がしない。
でも、情報収集はしたいし、俺は一体どうすれば……。
「……マサくん? 頭抱えてどうしたの? 大丈夫?」
……あぁ、脳内でやってたつもりが無意識に現実でもやってたわ。
とりあえず、話題を逸そう。
このままだと、俺が死ぬ。
コホンッと咳払いをしてから、俺は何食わぬ顔で言葉を綴った。
「何でもない。それより、今日のプランとかって考えてるのか?」
「もうバッチリよ! この花音ちゃんに全てお任せあれ!」
「それは頼もしい! では、さっそくよろしく頼むよ!」
「おうよ! それじゃあ、私について来い!」
先陣を切るように、花音が俺の手を取って歩き始める。
……手、繋ぐ必要ある?
正直、手を離して歩きたい。
俺も一人の男子だ。
世間一般的な水準で美人クラスに入るコイツと手を繋いでいたら、当たり前のように変な感覚に陥る。
でも、振り解いたらさっきみたいに面倒なことになる可能性もあるわけで……。
「あ、私からも言わないとね! マサくんの服装も最高に活かしてる! ちょーカッコいいよ!」
片方の手でグッドサインを作りながら、最高に良い笑顔を浮かべる花音。
とてもじゃないけど、手を離して歩きたいと言える雰囲気ではなかった。
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