第67話 家に帰ってからが、まあ大変……。
花音とのデートを無事に終えて、俺は家のソファーに腰掛けながら黙って天井を見つめていた。
……貴重な一日を、完全に棒に振ってしまった……。
そう、俺は自分のすべきことを完全に忘れてしまったのだ。
俺のすべきこと——————それは、花音と桜花の二人から何かしらの情報を得ることだった。
二人はSNSの投稿に上げられていた盗撮写真の容疑者であり、その手掛かりを掴むために俺は二人とデートの約束を取り付けた。
そのはずだったのに、あろうことか俺は普通にデートを楽しんでしまったのである。
収穫があったことと言えば、花音の水着が死ぬほど似合っていたことぐらいで……。
「いかん。何思い出してんだよ、俺は……」
これ以上の妄想はしないようにと、頭を思いっきり左右に振る。
過ぎてしまったことをあれこれ考えても仕方がない。
とりあえず、これから訪れる桜花とのデートについて考えるとしよう。
今度こそは、ちゃんと情報収集せねば!
…………んで、どう情報収集するか。
「ん~よっ! おかえりな~」
小テーブルを挟んで、向こう側に美彩が現れた。
ひとまず、これだけはハッキリ言っておこう。
「お前の場合、お邪魔しますだろうが」
「違うよ。正確にはお邪魔してますだぞ! 日本語って難しいね~」
「あっそ、別にどっちでもいいわ」
いつも通り、帰ってきたら我が家に美彩がいた。
別に今更驚くことでもないが、なんだかんだ毎日家にいる気がする。
今までは頻度は少なめだったのに、最近はかなり酷い。
コイツの母親——————もとい俺の母親は、この件に関して何も思わないのだろうか。
そもそも、黙って家に来ているのか……。
どちらにせよ、養われの身である俺が父親と母親のあれこれに口を挟む権利はどこにもない。
そうだとしても、美彩の件をこのまま放置しておくわけにもいかないわけで……。
「ん? どうしたん? 変な顔して」
「難しい顔とか、色々言い方あるだろ。本当に変顔してるみたいじゃん」
「だって変な顔してんだもーん。もしかして、花音さんの水着を思い出して興奮してた?」
「興奮して変な顔にはならんだろ……って、そうじゃなくて!」
言いながら、俺は目の前にあった小テーブルを力強く叩いた。
すると、目をパチクリさせた美彩が口を開く。
「ビックリした~。なになに、急にどうしたん?」
「どうしたのはお前の方だ! なんでお前が今日のことを知ってんだよ!?」
「ふふふっ、馬鹿め。そんなの簡単な話なのだよ——————」
そして美彩は、キメ顔とキメポーズを取りながら言葉を綴った。
「——————美彩ちゃんは、何でも知ってるのさ☆」
「マジかよ、ストーカーじゃん」
「まあ、お兄ちゃん専属のストーカーってところかなー」
「それをストーカーって言うんだよ。お前は一体何を言ってるんだ……」
我が妹ながら、頭がおかしくてこっちが恥ずかしくなる。
こんな馬鹿な妹はさておいて、一個人としてこれだけは確認しておかなくてはならなかった。
「てか、なんで俺のストーカーしてんだよ。何の意味があってそんなことを……」
「ん? 別に好きでストーカーしてたわけじゃないよ? 水瀬さんと遊んでたら偶然見かけただけ」
「水瀬さんにも見られてたのか……。てか、実の妹に好きでストーカーされてたまるか」
「いやぁ、水瀬さんショック受けてたなー。まさか、水着ショップに入って行くなんてって……。どうせなら、ランジェリーショップの方に入って欲しかったってさ」
「いや、それおかしくない? 普通ならランジェリーショップの方に入ったらショック受けないか?」
「おいおい何を言ってるんだ。そっちの方が面白いからに決まってるじゃんか! 二人揃ってずっとカメラ構えてたのにさ。全く、あの無駄だった時間を返して欲しいなー」
「妹とその友達がクズ過ぎる件について」
もしかして、例の盗撮犯ってコイツらなんじゃね?……って一瞬思ったけど、すぐさま考えを改めた。改めざるを得なかった。
そもそもあの日は俺と水瀬さん一緒にいたし、美彩に関して言えば、盗撮することはあってもそれをSNSに投稿する理由がどこにもないからだ。
…………理由がどこにもない、か。
当たり前だけど、あの盗撮写真を投稿した犯人は何かしらの理由があって投稿したのだ。
どんな意図であろうと、その事実が変わることはない。
そして投稿の内容から察して、犯人は俺に悪意を持っている……。
「……なぁ、美彩。盗撮する人の気持ちを教えてくれないか?」
「いやいや、お兄ちゃんマジで言ってる? そんなの二つしかないっしょ!」
「というと?」
すると、美彩は右手の人差し指を立てながら言葉を放つ。
「一つは〝弱み〟を握るため。情報は弱みを握るには適した分かりやすい武器だからね。そしてもう一つは——————」
今度は左手の人差し指を立てながら言葉を綴った。
「——————行き過ぎた〝愛〟かな!」
「きゃっ! 言っちゃった♡」と言いながら、美彩は身体をくねくねさせる。
そして俺は、反応を見せることなく黙って自室へと戻って行った。
◆◆◆
玄関を開けると、ニッコニコの世一にぃが仁王立ちで立っていた。
「やぁ、花音。おかえり」
「ただいま!」
「随分と、ご機嫌な様子だね。雅春君とのデートは楽しかったかい?」
「なんで世一にぃがそれを知ってるのかなー? 私言ってないよね?☆」
「ハハハッ! 何て言ったって俺だからね! 不思議なことなんて何一つないさ!」
「確かにそうだね! それじゃあ、話はここまでね! バイバーイ☆」
そして私は、靴を脱いで自分の部屋へと逃げる……ことはできなかった。
世一にぃの横をすり抜けていこうとして、肩をガシッと力強く掴まれたのだ。
私は最大の引き攣った笑顔を浮かべながら世一にぃの行動に応える。
「何の用かな?」
「その買い物袋。女性用の水着を売ってる店のだよね? どういうことかな?」
「キモーい☆ なんで世一にぃがそれ知ってるのー?」
「そりゃ知ってるさ。前に一度、花音に水着をプレゼントしようとして一人で訪れた店だからね!」
「それはマジでキモい」
私と世一にぃの間に、沈黙が流れる。
続けて、私は世一にぃに向かって言葉を放つ。
「いや、年頃の妹に水着をプレゼントしようとか、冗談抜きでキモいからね? もう少し考えた方がいいよ」
「いや、冗談だったんだけど……」
「冗談? あ、そうなの。でも、そういうこと軽々しく言わない方がいいよ。マジでキモいから」
「す、すみません……」
全く、世一にぃのこういうキモいところどうにかならんかね。
このまま野放しにしていたら、いずれ性犯罪を犯す可能性だってある。
その前に私が何とかしてあげないといけない、か……。
そんなことを考えながら自室へと向かおうとしたところで、再び世一にぃに捕まった。
「いやいや、これで逃げれると思うなよ! その水着、まさか雅春君に選んでもらったんじゃないだろうな!?」
「…………チガウヨ?」
「なんで片言なんだい? 良いから見せなさい!」
そう言って、世一にぃが買い物袋を奪おうとしてくる。
コイツ、ここまで堕ちたか!
このまま黙って終わる私ではない。
私もまた買い物袋を引っ張り、反撃に出た!
「世一にぃが見たいだけでしょ!? ちょ、やめて! やめてよ変態!」
「変態はどっちだ! 全く、花音がここまで堕ちるとはな!」
「それはこっちのセリフだわ!」
そして、高校生のか弱い私が成人男性の世一にぃに力で勝てるはずもなく、買い物袋は呆気なく奪われてしまった。
買い物袋に手を突っ込んだ世一にぃはというと、伝説の剣を抜くぐらいの勢いで水着を取り出す。
……この兄、マジで最悪だわ。ほんと、デリカシーないと思う。
侮蔑の眼差しを世一にぃに浴びせていると、大の字に広げた水着を見て世一にぃが一言。
「なるほど、雅春君はこういうのが好きなのか……。何というか……意外」
「意外って、それはマサくんに失礼でしょ」
「否定しないんだね」
「もう否定する気力ない」
「俺的にはさ、もっとこう綺麗系じゃなくて可愛い系が良いと思うんだよね。例えば……そう、スクール水着とか!」
「世一にぃの性癖は聞いてないから」
「性癖言うなや」
とりあえず、世一にぃが手にしている水着は返してもらう。
それから世一にぃを玄関に残して、私は自室へと入る。
全く、最後の最後でえらい目に遭ったわ。
でも、そんなことが些細に思えてしまうぐらい今日のデートは楽しかったな……。
姿見の前に立って、マサくんに選んでもらった水着を服の上から当てる。
何だろう。自分で選んだ物はこんな気持ちになることないのに、なんかこう……。
「……ふへへ」
自然と笑みがこぼれる。
……次の瞬間、扉の方からシャッターを切る音が聞こえてきた。
そこにはすでに姿はなかったけど、部屋の奥に慌ただしく消えていく足音が聞こえてくる。
……なるほどね。
私は水着を丁寧にベッドに置き、机の引き出しからハサミを取り出す。
そして、足音を追いかけるように部屋から勢いよく飛び出した☆
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