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8話

 何やら事件に巻き込まれたような少女に、今にも泣きそうな表情で助けを求められ、見捨てられる人間がこの世にどれだけいるだろうか、私は1人もいて欲しくないと思う。

 しかし世界はそんなこともないのだろう、どれだけ人間が残酷で、愚かであるかは『彼』から嫌というほど聞かされた。

 と言ってもその数日後には、母や父をはじめとした家族達に絆されていたのだが。


「引き受けてもいいですよ、ただ一つ条件があります」


「な、何…?なんでも、とはいえないけど、私にできることなら、最大限協力するけど…」


「では簡単ですね、貴女の名前を教えてください、まだ私しか名乗っていませんから、コミュニケーションが難しい」


 そう伝えると、それまで強張っていた表情が、一瞬できょとんとした、少し間抜けたような、先ほどまで張り詰めていたところが解けたような、年相応な表情に変わった。

 金銭でも要求されるのかと思っていたのだろうか、よく見てみれば動きやすい服ではあるが、使われている素材は上質なものに見える、持つものの苦労というのをこれまでしてきたのだろうか、というか、これはうちの製品なのではないか…?

 そんなふうに不躾ながらじっと見て観察していると、くすりと笑ってから、彼女は名乗る。


「私はエヴァ・リアベル、五大商会の一つ、リアベル家の長女…愛人の子だけどね、それでもいいならよろしく、ダイン」


「気にしませんよ、それはともかくとして、驚きはしましたが…五大商会の人だったんですね」


五大商会。

 この世界の商業を統べる5つの商会、端的にいえばそれだけなのだが、実情は下手な貴族や、小国よりも発言力も資金力も、それどころか権力まで上位に位置する、国家とは別種の、権力者。

 そしてリアベル家というのは王国の商業を統べる、服飾とアクセサリーを司る商家で…我がアルフレイブ家の絹製品、ひいてはドレスを広める際に協力してくれた商会でもある、ただここでそれを言ってしまうのは…おそらく彼女、及び彼女の母親はリアベル家の商業に関わっていないのだろう、そこでいつもお世話になっています、だなんて今言うのはお門違いだ、少なくとも彼女の母親を救ってからにしよう。

 そんなことを今のわずかな時間で考える、少し頭が痛くなってきたが、この間父様に無断で勝手なことをしたのは事実、これ以上何か問題を起こすわけにはいかない。

 今の時点でかなりの問題かもしれないが。


「まぁ、一応…この人たちどうしよう、憲兵とかに引き渡すべきだよね」


「そうですね、その必要はあると思います、私が文鳥を使って連絡しておきます」


「ありがとう…ってそんなこと話してる場合じゃなかった、早く行かないと…!」


「案内、お願いしますね」


 魔力で鳥の形を模り、ここの対処をお願いする意思を込めて、文鳥を飛ばす。

 それを確認してから、駆け出すエヴァ、身体強化の魔法の類は使っておらず、魔力を体に回しているぐらいだが、かなりの速度で障害物をものともせず路地を駆け抜けている、私では身体強化の魔法を使わないと追いつけない、普段から修練しているんだろう。

 タイミングから考えるにエヴァも王立学校に入学するためにきたのだろうか?だとしたら昨日のパーティに参加しなかった理由は…家であまり良いように扱われていないのかもしれない、あまり邪推するものではないな。


 閑話休題、しばらく、と言っても数分程度だが、並の馬車よりも早い速度で複雑な路地を走り続けていると、街の外れ、それどころか少し先には森が見えるような街道に出た、視界の先、森と街道のある草原の境目のあたりで横転した馬車と、先ほどの魔法と同種の気配を感じる黒い巨大な球体を、側においた男が見えた。

 その男を視界に捉えた瞬間、エヴァの周囲に感情に任せた、瞬間に湧き上がった水のように魔力が噴き出て、それが全て攻撃に転換される。


「【炎槍】ッ!!!」


 裂帛の気合いと共に放たれる詠唱と、人1人ぐらい簡単に飲み込んでしまえそうな炎の槍。

 高速で男の下へと到達する魔法だが、気づいた男が手を翳すと、そこに現れた吸い込まれそうな黒の盾に、巨大な炎が吸い込まれ、無力化されてしまった。


「追手はどうした?いや、その様子なら殺すか無力化かしてきたんだろう」


 余裕そうに語る男、その背後を狙うように、空気を圧縮して空を駆ける。

 つい数分前、魔法を抜け出す際に膨大な魔力を使ったため、できる限り魔力を節約してこの男を倒さなきゃいけない、エヴァの力も上手く借りて、どうにかして戦う必要がある、消音の魔法を自身にかけた状態で、背後へと降り立つ。

 発動する魔法は光、闇を祓う願いを込めて光の柱を男の背中に向けて放つ。

 魔力の起こりを感知されたのだろう、背面に回した手で先ほどと同じ闇の盾が形成されるが、光の柱が触れた瞬間、吸い込まれる時とは逆回転するように闇が晴れ、男に直撃する。


「がっ…なんだ!?このガキ!」


「【凍れ(フリーズ)】」


 咄嗟の抵抗か判断か、適当に後方へ振り抜かれた腕を少し体を屈めて躱し、足を踏み抜く。

 先ほどと同じ方法、つまり地中から汲み上げた水分と空気中の水分を結合させ、凍らせる、確たるイメージを共有し、魔力の消費を僅かばかり抑える、闇魔法による魔法の分解をできる限り防ぐために、足下だけを凍らせることで、簡単に行動を制限する。

 そして視界の奥、男の前方に当たる場所に着地したエヴァがもう一度魔力を練り上げている、間違いなく拘束するため、闇の魔力で鎖を作り両腕を縛り固定する。


「ありがとう、ダイン!【雷槌】!!!」


 発動された魔法は【雷槌】、横向きに形成された巨大な雷の破砕槌。

 周囲の空気が割れるように、バリバリとした音を発しているそれの柄を、握り込むようにして振り抜けば、轟音と共に拘束された男に直撃しその意識を確実に刈り取った。


「…倒せた…よかった、ありがとうダイン!それでさ、あの魔法の解除も頼めるかな」


「もとよりそのつもりでしたから、任せてください、少し時間がかかるかもしれませんが、それでもいいですね?」


 エヴァが頷いたことを確認してから、巨大な黒球の方へ向かい、魔力で手を覆い保護してから触れる。

 どうやら外部からは魔力が吸収されることはないようで、内部からしか魔力を吸い上げない仕組みになっているらしい、となれば、外から魔力をさらに吸い上げつつ、並行して光属性の魔力で分解していけば、破壊することが可能かもしれない。

 

 そうと決まれば取り掛かる、魔力は残り少ないが、逆に好都合かもしれない、残された魔力を細々と扱いつつ、吸収した魔力も分解に回すとなれば、自然と繊細な魔力操作が求められる、失敗できない今回については、状況が味方をしてくれている。

 数分もすれば球体のほとんどが解け、やがて中に閉じ込められていたエヴァに似た女性が地面へと倒れた、馬車の御者も一緒に入っていると勝手に思っていたが、どうやら1人だけだったらしい、それにしては長時間魔法が保たれていた上に、この女性も無事、おそらく保有している魔力がかなり多いのかもしれない。

 ともすれば馬車を運転していたであろう御者は…考えるのも、口に出すのもやめておこう。


「母さん!」


 そう言ってエヴァが倒れた女性に駆け寄る、無事なようだし、ひとまずは問題ないだろう。

 振り返りながら、足音がする方向へと足を進める。


「流石だね、ダインくん、暴漢を、それも魔法に長けていそうな者含めて撃退してしまうなんて」


「私1人の力ではありませんから、それに、ただの暴漢ではないと思いますよ、にしても…どうして貴方が来ているんです?クリフ殿下」


 足音の正体は、クリフ殿下と、彼が引き連れてきたであろう可哀想な衛兵達、後ろにいるエヴァが困惑しているのが想像に難くないが、今は仕方ないが放置させてもらう。


「どうしてって、君が文鳥で連絡したんじゃないか、私に衛兵を呼んでくれと、面白そう…ん"ん、少し気になるところがあったから、私も直接来たんだよ」


「そうですか…でしたら、はい、申し訳ありませんが対応をお願いします、この人たち、エヴァとそのお母様…五大商会の関係者を捉えようとしていたので」


 ここまで来た本当の動機を隠そうともしないクリフ殿下、しかし五大商会の名前を出したところで、顔色が変わる、それはそうだろう、下手な貴族よりも権力があり、商業という観点であれば王族ですら手を出すことが不可能に近い域にある五大商会。

 その関係者が襲われたとなれば、国全体の問題になってしまう可能性だってある、結果がそうであったから、という話ではあるが、クリフ殿下がここへやってきたのはちょうど良かったのかもしれない。


「対応、お願いできますか?」


「わかった、責任を持って対処することにしよう、それと、感謝を、礼はすまないが後でかな、何か考えておいてくれ」


「だ、ダイン!」


 その場を後にしながら、別に何もいらないです、だなんて言っても、無理矢理礼を渡されるだろう、そんなセリフをとりあえず呟こうとしたところで、エヴァに呼び止められる。


「はい、どうかしましたか?エヴァ」


「その、ダインってもしかして貴族…だったりする?」


「…はい、黙っていてごめんなさい、ただ後でバレることなので今話さなくても良いかな…と、エヴァも王立学校に通うのでしょう?私もそのつもりなのです、だから、また今度」


 そう答えると、少しだけ考えたような素振りを見せた後、頷いてくれた。

 よかった、嫌われたわけでもなさそうで、少し安心する、隠していたことを正当化するわけではないが、誰も好き好んで人に嫌われたいわけではないのだから、もしかしたらそんな趣味嗜好の人も中にはいるかもしれないが…

 それはともかく、早く戻らないとこのことがバレてしまう、黙っていれればそれは良いのだが、結局クリフ殿下や、もしかしたらリアベル家の方から連絡がいってしまうかもしれないので、少なくとも父様には伝える必要があるだろう。

 後者は姓を出していないので可能性は少なそうだが、クリフ殿下から連絡が行く可能性は大いにある、貸し借りはあまり作りたくなさそうな方だと、勝手に思っているので、こちらのことを考えてくれれば、或いは、と言ったところだろうか。

 面白がってわざと伝える可能性も捨てきれないのが、少し怖い。

 しかし疲れた、明日は試験だというのに、結局大事になってしまった、しかしこれは気持ちのいい疲れだ、自分の勝手ではなく、人のためを思った行動ができたと、心の底から言えるだろう。

 叱られても、あまり後悔はなさそうだ。

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