7話
若干迷走し始めているかもしれません
知らない天井だ。
『彼』が言ってみたい言葉リストと称して、勝手に私の頭の中で記憶した言葉、総数100に及ぶそれらのうち、一つを言ってみることができた。
すでに彼はいないが、私が代わりに言ってしまうぐらいは、許されるだろう。
日課のストレッチと、魔法の反復発動の練習をしていた頃、執事長のアヴィルが部屋を訪ねてくる、どうやらここは王都にあるアルフレイブ家の屋敷らしく、その後屋敷の中を案内してくれた。
どうやら昨日のパーティのあの時、そのまま眠ってしまったまま起きず、熟睡して今朝に至ったようだ、中庭で剣を振っていたフレア姉様に手を振りかえしながら、昨日のことを思い出して、少し気恥ずかしさを覚える。
屋敷の案内を終え、朝食をとったあと、初めて与えられた自分の部屋へと戻れば、窓の外に鳥の影が見えた、私が部屋に入った時からガラスの戸を嘴か何かで叩いているようだ。
確認してみればそれはクリフ殿下から送られてきた文鳥で、自分から送ると言っていた手前、少し申し訳ないし、失礼に当たるかもしれない。
気にするような人でもなさそうだし、なんなら笑い飛ばしてくれそうだが、同時にすぐに縁を切ってもおかしくない気がする、打算も込めて謝罪の連絡をしておこう。
送った文に失礼や、誤字脱字はなかっただろうかと、今更になって不安になるが、今気にしてもしょうがないので思考の隅に頑張って追いやる。
今日は特に予定もないので、食事の席の時ユリフィア母様とグレン兄様、フレア姉様に私で、王都の散策をする約束をしている、ちなみに明日からは試験が始まる、我ながら忙しい日程に感じるが、昨日の睡眠で十分に休息は取れているし、あれは慣れないパーティ会場での気疲れというのもあったのだろう、肉体の疲労であれば回復魔法でなんとかすることもできるので、問題ないだろう。
「ダイン、時間だ、ユリフィア母様がそろそろ出よう…って」
「わかりました!今行きます」
ドアを少し開けて顔を出したグレン兄様、返事をしながら、少し肌寒いので上着を羽織ってから向かえば、すでに部屋の前にはグレン兄様はいなくなっていた、相変わらず身動きが素早いというか、無駄がない。
玄関まで行けばユリフィア母様とフレア姉様も待っていて、私がきたことに気づくと行きましょう、と言って屋敷を出る、春先の午前の日差しは暖かく、風は少し冷たいような、過ごしやすい気候だ。
王都は広く、屋敷は少し郊外にあるため、中心地に行くまではしばらくかかったが、その間も家族と話すことができたので有意義な時間だった、特にフレア姉様にはエレノアール様のことをよく聞かれた、私が眠った後、父様に説明は受けたらしいが、私から直接聞きたかったらしい、もちろんクリフ殿下のことは教えていないが、父様には時間がある時に伝えるべきだろう。
時間を少しばかりかけて、大通りに出る、先日馬車で通ってきた真ん中の道、そしてその両傍に一つずつの道、そしてその隣に民家や一際大きな屋敷、そして高級店のような雰囲気の店が並んでいる、ユリフィア母様はアクセサリー類、フレア姉様は武器や武具類、グレン兄様は本屋か、あるのであれば図書館に行きたいそう、私は今のところ行きたいところはない、皆に付き合うことにした。
「ねぇダイン?このネックレスどうかしら、この間のドレスに合うと思うの」
「よくお似合いだと思います、ただ色は別のものの方がいいかもしれません、そうですね、白に近いものの方が、もしくは紫…でしょうか?確か…少し前に緑の補色だとか、そういう話を聞いたことがある気がします」
その言葉に別の色のアクセサリーを手に取るユリフィア母様、ちなみに少し前に聞いた、というのは『彼』からだ、服飾や色の知識に富んでいたようで、その知識も、アルフレイブ家の商売に活かされている、あまり自分のことは話してくれるような人、人…?ではなかったが、『彼』の言う前世とやらではそういう仕事をしていたのだろうか。
結局ユリフィア母様は元々手に取っていたネックレスと、私が色の説明をした後に手に取った別の色のネックレスの両方を買った、最初の方も欲しかったのだろうな、少し失敗だったかもしれない、ユリフィア母様は気にしなくていいと伝えてくれたが、相手のことを慮れる人間になりたいものだ。
ちなみに武器屋に直行したフレア姉様だが、私が行った頃にはなぜか店主の方に気に入られたのか、入荷したばかりだという火山地帯にしか存在しない鉱石を見せてもらっていた、ここの店舗はどうやら工房としてもあるようで、自分たちで作った武器や武具を、ここで販売しているのだとか。
私はフレア姉様と一緒になって話を聞いていただけなのだが、武器を持ってきたら一度無料で整備してやると店主は言ってくれた、フレア姉様はかなり喜んでいて、おそらく王都にいる間は常連になるのだろう。
フレア姉様はまだ武具を見ていない、ということだったので、ユリフィア母様にグレンの様子を見てきてくれないかと言われたのを理由として、図書館へと向かうことにする、本屋もあるにはあったが、そこではグレン兄様を見つけることができなかった。
面白そうな冒険小説や、王都周辺の植生について書かれた図鑑などは、後で買いにくるのもいいかもしれない。
図書館はそれなりの歳であろう人から、王立学校の生徒らしき人で、賑やかではないものの、それなりの人が過ごしている。
学園といえば、本来入学するのはフレア姉様とグレン兄様だけだったのだが、試験を受け、相応しいと見なされれば、10歳からでも入学できると知った父様が、2人と一緒に私も入学させようと言ったらしい、つまりは横着である、サクラ母様は反対したそうだが、父様と、ユリフィア母様が説得してくれたらしい。
私個人としては少し寂しいような気もするが、同時に早いうちから学びを得ることができるのは、とても嬉しいことだと思っている。
閑話休題、音をたてないよう静かに図書館の狭い通路を歩いて行く、少し特殊な形をしていて、すり鉢状になっている図書館、その奥の歴史書などが置かれているあたりで、棚の下のあたりに座り込んで、分厚い本を読んでいるグレン兄様を見つけた。
「どれくらいいる予定ですか?」
「これを読み終わったら行くよ、また今度でも来ることができるから」
「わかりました、ではごゆっくり、あとで感想を聞かせてくださいね」
私の言葉にグレン兄様が頷いたのを確認してから、図書館を出る、本を読んでいる間はあまり話しかけられたくないのだろう、自分でもそう思うことがあるので、それに関しては間違ってはないはずだ。
しかし少しばかり暇になってしまった、ユリフィア母様は服を見に行くと言っていたが、武具類を見終えたら合流するとフレア姉様が言っていたので、私がいない方がいいだろう、となればやはりやることがなくなってしまった、何か美味しい料理などがあればいいが…流石に食べ歩きができるような出店はなさそうだ。
そんな風に周囲を観察しながら、王都を散策していると、少し離れた場所、位置としては記憶が正しいなら路地の方向、その場所で隠蔽されているが、大きな魔力の反応があった、それから意識してその辺りを探ってみると、それ以外にもいくつかの小さな魔力の反応がある。
「王都内で戦闘…?そんなことあるのかな」
自分で口に出してみても信じられないが、路地、それも奥の方となれば王都とはいえ治安が悪いのだろうか、少し興味がある、近づいてみるぐらいなら問題はないだろう。
そう思って大通りから少しズレて、裏路地の方向へと向かってみる、同時にまた別の魔力の反応がしたと思えば、足跡と共に1人の少女、そしてそれを追う3人ほどの黒い影が現れた。
「っ、貴方誰!?いやそんなのは関係ない、早く逃げて!!!」
歳はあまり変わらないだろう、それこそフレア姉様やグレン兄様と同じぐらいの年齢、美しい黒髪が目に残るが、そんな少女が大の大人3人組に追いかけられている時点で只事ではない、どうにかして事情を聞き出そうと思った…が、その瞬間、視界が闇に包まれる。
「今だ、やれ」
3人の男のうち、一番離れた位置にいた細身の男が端的に指示を放つ、それとほぼ同時に他の2人の男達が魔力を練り上げ、初めて見る魔法を発動させた、それにより視界が闇に包まれ、閉じ込められる。
少女が閉じ込められると同時に魔法を発動するが、一定の距離を進んだところで、闇に紛れて消えてしまう。
「っ、もう!どうして私がこんなことに、貴方のせい…なんてことは言っちゃダメだよね、ごめん…大丈夫?」
「大丈夫です、こちらこそ申し訳ない…これはどういう?追われてたんでしょうか」
「…説明するのも難しいし、説明してる時間もあまりないの、早くここから出て、母さん達を助けに行かないと…!」
そう悲痛そうに叫ぶ少女はどこか苦しそうな、悔しそうな顔、母さん達、と言っていたのだから、元々家族でいたところで先ほどの男達に襲われたのだろうか。
不安そうで、今にも泣き出してしまいそうな少女を放って置けるほど、私は甲斐性なしではないのだと実感する、こういったところは父に似たのだろうかと思う、サクラ母様やユリフィア母様が父様は誰にでも関わり口説く女誑しだと愚痴っていたのを思い出してしまうが、べつに口説いているだとか、そんなつもりはないのだと、誰ともしれずに頭の中で言い訳する。
「ここから出られれば、説明はしてくれるのでしょうか?」
「それはいくらでもする、つもりだけど…できるの?」
私は10歳の少年であり、少なくとも歳上であろう彼女からすれば頼りないだろう、だがそんな存在にも縋るような、そんな状態らしい。
その言葉に頷いてみせ、周囲に魔力を流す。15mほどまで届いたところで、魔力が吸収される感覚がして、魔力感知が途切れてしまった、おそらく対象の魔力を吸収して魔法の維持に利用する、捕獲用の闇と空間の複合魔法と言ったところだろうか、魔獣や害獣の捕獲用の魔法を対人間用に改造したのだろうか?ある程度の仕組みや魔法体系の推測はできるが、術式に関しては外部から見ないとわからない、だがこの魔法に関しては、仕組みがわかればあとは簡単だ、こういう魔法にはキャパというものがある、そのキャパの上を、叩き出してしまえばいいのだ。
「では、行きます」
言葉と共に、これから起こす行動の意思表示としたものを、詠唱の代わりとして意識を定める、井戸の底から汲み上げるように、水面が揺れる水瓶をひっくり返すように、底の底から魔力を練り上げる。
目視で確認できるほどの魔力が陽炎のように視界を歪めている、それを溜め込み、パーティの時と同じように圧縮してから、解放する。
闇の魔法は膨大な魔力を吸収し始めるが、絶えず訪れる魔力の波にだんだんと空間が軋み始め、やがて音を立てて崩れ去る。
専用の道具か何かで運ばれていたのだろう、先ほどとはべつの場所に突然現れたかのように私たちが出現したため、男達が一瞬虚を突かれたように驚く。
「【凍れ(フリーズ)】」
空中に投げ出されるような形になったが、少女の体を支えながら舗装されていない路地の地面を踏み締め、地中から引き摺り出した水分と空気中の水分を結合させ、近くにいた2人の男の体を凍結させる。
「なっ、お前ら何を…っ!?」
「【土壁】!!!」
先導していた男がこちらの状況に気づいて、魔法を発動しようとした瞬間、少女が放った土魔法により路地の壁にぶつけられ、その衝撃で気絶した。
練度に魔法の速射性も十分、だなんて考えてしまうのは、やはりフェリア姉様やラウド兄様に言われたように、私は魔法が好きすぎるのだろうか。
「…ねぇ、貴方名前は?」
「?、ダインと言います、が」
「じゃあダイン、お願い、私と一緒に来て母さん達を助けてくれないかな」
まだ泣きそうな彼女、まだ時間はあるだろうか、そろそろユリフィア母様とフレア姉様が合流した頃だろうか、そんなことを考えながらも、私の気持ちは決まっていた、ここまできたなら、最後まで彼女に手を貸してみよう。




