6話
会場の中心部、そこから離れた位置で、私は少し前を歩く青年を追いかけていた。
周囲からある程度人がいなくなったタイミングを見計らって声をかける、予測されている、もしくは誘導されているような気もするが、今のところ乗っかって不利益な点は見つからない。
「クリフ第二王子殿下、失礼を承知で、少々お話よろしいでしょうか?」
「構わないよ、近衛の若き参謀殿?」
「それは過分な名ですので、ご遠慮したいところですが、殿下が望むのであれば断る理由はありませんよ」
先ほどまでの人の良さそうな表情とは打って変わり、言葉を選ばず言うなれば、イタズラ小僧のような、人に何か仕掛けて喜ぶような、よく言えば少年のようで、今のクリフ殿下は実年齢よりも少し若く見える。
確かご年齢は18と少しだったと記憶している、姉様よりも2つ年上で、ラウド兄様より1つ下のご年齢だ。
私の返した言葉に、心底楽しそうに、声を抑えながら笑うと、指を一度鳴らしてから語り始める、一瞬体を抜けていった魔力と、周囲に張り巡らされた魔法の気配から結界系の魔法を使ったのだろう、遮音結界だろうか、無詠唱での発動、速度に制御能力、どれを上げても私よりも上だとわかる、まだまだ精進が足りないみたいだ。
「どういう理由で声をかけてきたのかな?僕はただ2人の邪魔をしてはいけないと思って、あの場を離れたのだけれど」
顎に手を当てながら、こちらの返答を待っている、その目は期待に満ちているようで、私が答えるのを心待ちにしているようだ、それが望みなのなら、色々と建前を並べるつもりだったが、いらないだろう。
「エレノアール様にかけられていた魔法、殿下がかけましたね?目的はフェリア姉様とエレノアール様、どちらと婚約するかを見定めるため、そこから推察するに、フェリア姉様にもあの魔法を使いましたね」
「証拠は?」
「私視点からしかありませんよ、先ほどの殿下の魔力が、エレノアール様の中に埋め込まれていた魔力と一致したことが一つ、エレノアール様に問題を起こさせたいだけならあんな回りくどい魔法をかける必要がなく、思いついた推論とその点が合致したことが二つです、断罪するつもりも、現実性もないので、これ以上は必要ないかと」
少し長ったらしい説明の後、クリフ殿下の顔を見る、満足げな笑みだ、少なくとも及第点は取れたらしい、とほんの少しだけ安心できる。
「満点だ、驚いたよ、親しみを込めてダイン君と呼ばせてもらっても良いだろうか、ダイン君、噂に違わず聡明だ、そこまで思い至ってたからこそ、少し怒っているのかな」
「確かにフェリア姉様にまで手を出したのは要因の一つですが、魔法をかけられたあとのことを考えなかったことも苛立ちますし…何より、追い詰められた姿はその人の本性ではないのだと、伝えたかっただけです」
何が狙いだったのかはわからない、目的は2人を比べるためだったのだろうが、その真意はわからない、ただ魔法を使ってまで罪のない人間の優劣を決めようという性根が、それが私にとっては気に入らない。
その言葉を聞いて思うことがあったのか、それとも私に反抗とも言えるような態度を取られたのに驚いたのか、先ほどから変わらず感情が読めない、少しばかりの沈黙が結界によって閉じられた、限りある空間を支配する。
それからしばらく、数秒か数十秒かして、クリフ殿下が口を開く、その顔は先ほどと同じように笑顔をたたえているが、どこか真面目な印象を感じてしまう、不安定なような、矛盾しているような顔。
「それは申し訳なかった、誠心誠意謝罪しよう、そして、こういうやり方はもうしないと約束する」
「…ありがとうございます、意外と、話がわかる方なんですね」
「まさか君に諭されるとは思わなかったけれどね、君とは仲良くできそうだよ、ダイン君」
「やったことは許しませんが、そこは否定しません…不敬でしょうか」
どうやら反省?してくれたのだろうか、もう少し悪辣で、どうしようもない人間を想像していた。
何かしらのお眼鏡に適ったのか、心底愉快そうに、楽しそうに笑いつつ、語りかけてくる。
「そう言ってくれると嬉しいよ、そうだな、君に手紙を送ろう、フェリアのことも記すし、君と直接やりとりをしたい、義弟と仲良くすることはなんら不思議ではないだろう?」
「…そういうことでしたら、私の文鳥を送りつけておきます、登録しておいてください、それと、エレノアール様のことも気にかけてあげてください、まだ精神的には未熟なところもあるとは思いますが、あんなにも健気なのですから」
「ふふ、君の歳で言うことかな?でも、心に留めておくことにするよ、うん、存外いい時を過ごせた」
そう言った後、声をかけた時と同じように指を鳴らして結界を解除した。
遮音だけでなく隠密、いや認識阻害系統の結界も張られていたことに気づく、静謐性もかなりのものらしい、エレノアール様のことを言えるような身ではないことを強く実感する、が、それはそれ、もう話す気はないような、満足そうなクリフ殿下に礼をしてから、その場を後にする、どう考えてもこれから父に叱られると思うと、少し足が重くなるが、頑張って足を進める、フレア姉様、グレン姉様に詳しい説明もできていなかったし。
父様が先んじて説明をしてしまっているだろうか?だとしたらまた申し訳ないことをしてしまった、ユリフィア母様には呆れられるだろうか…ラウド兄様は褒めてくれそうだな。
そんなふうに考えながら歩いていれば、皆が集まっている場所についた、フェリア姉様は他の方との挨拶を続けている様子だし、エレノアール様もいないから、ご家族のところへ向かったのだろうか、また今度話したいところだ。
「ダイン!どこ行ってたんだ…いや、今はいいか、勝手に色々しすぎだとか、色々言いたいことはあるが、よくやったな、ダイン」
「…はい?ありがとう、ございます…?」
褒められた。
別に頭ごなしに叱るような人だと、父がそんな人間だと思っていたわけではないが、ここで褒められるとは思っていなかった、それなりにはいいことができたのだろうか、個人的にはほとんど自分のために動いた結果なので、少し居た堪れない。
「どうして困惑してるんだ、まぁダインのことだ、自分の好きなように動いた結果だ、とでも思ってたんじゃないか?」
「ラウドお兄様はダインに甘いと思うわ!でも、なんだかよくわからないけどダインも頑張った…んだもんね?偉いよ、ダイン!」
「俺もそう思う、でも危ないことはダメだと思うよ、ダイン」
ラウド兄様にフレア姉様、あまり進んで喋らない…家族の前ではそんなことはないか、そんなグレン兄様まで褒めているのか、労ってくれているのか、そんな言葉をかけてくれた、嬉しいような、不思議なような、そんな言葉にしづらい、しにくい?感情になる、少し思考がおぼつかないような気がする。
「あら、眠そうねダイン、慣れないところだったし、色々頑張ったのだから、仕方ないわ」
「ユリフィア、母様…?別に、眠くはない、のですが…」
自分で言いながら強がりだろうとわかる、現に瞼が重く、まともに目を開けていられない、頑張って開ければ、すぐに重くなって落ちてきてしまう、自分でも気づかないうちに気を張っていたのだろうか。
足に力が入らず、少しふらついたところ、ユリフィア母様が支えてくれたようだ、普通ならドレスに皺がついてしまってはいけないと思い、無理矢理目を覚ますところなのだが、我が家のドレスは滅多なことでは皺がつかない品物なのだ、それを理由に目覚めることはできない、申し訳ないがこのまま寝させてもらえないだろうか、そんな意思を持ってユリフィア母様の顔を見つめれば、微笑みながら頷いてくれた。
そうなればもう我慢する理由はなくなってしまった、瞼が落ちたまま、やがて意識が途絶えていき、私の思考は微睡の中へと沈んでいった。




