↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/17

16話

 視界を黒煙が覆う。

 風の魔法で煙を晴らせば、視界の先に男が見える、ヴィルヘルム・ゼムフィス、驚きに染まった彼の顔が、段々と怒りと憎悪に満ちた表情へと変わる。


「また…また、お前かぁ!ダイン・アルフレイブ!」


「貴方に名乗った覚えはない、礼儀はどうしましたか?」


 エヴァに向けて放たれた赤と黒の螺旋、それを防ぐためにちょっとした裏技を使い、彼女の前に立ってヴィルヘルムの魔法を防いだ。

 もう戦闘行動はできないであろうエヴァに、試合の終了が告げられた上で魔法を放つ、その時点で問題しかない、少なくとも私は許せる気がしない、試合が終わっていることも加味して、防御することが最善と思い、つい飛び出してしまった。


「ちょうどいい、ヴィルヘルム、そしてダイン、次の試合はお前達がやれ」


「チッ…そういうことならいいさ、痛い目見させてやるよ、ダイン」


「…どういうつもりですか、ゼノ教官」


「どういうつもりもない、ちょうど良かっただけだ」


 それ以上答えるつもりはないのか、審判役の定位置へと彼は戻っていった。

 ヴィルヘルムはやる気のようで、元の定位置に戻っていった、仕方がない、少し苛ついているところもある、本人にそれをぶつけられるとなれば、ある程度なら満足できるかもしれない、そんなふうに考えてしまうのはやはり魔法を使った後だから…これも『彼』の影響なのだろうか?


「だ、ダイン…?」


「回復魔法はかけておきますが、苦手なので、セレネあたりに頼んでおきますね、彼女は光魔法が得意ですから」


「危ないよ、だって、すごく強かったよ…?」


 大丈夫だと、そう答えてから、傷を治すように魔力で包み、駆け寄ってきたセレネに引き渡す。


「何があったのか…ううん、あとで聞かせてもらうね、今はエヴァの治療、任せて」


「お願いします」


 そう伝えてから台の上へと向かう、ニヤニヤと笑うヴィルヘルムの顔をキツく睨んでしまう、感情の制御ができていない、自分でもわかるが、まぁ抑える必要はないだろう。

 さっきは止めなかったが、次は止めてくれるだろう、おそらくエヴァとヴィルヘルムを戦わせたのは何かの狙いがあったのだろう、俺がヴィルヘルムを殺す寸前まで行けば彼は止める…殺す?ダメだ、思考がおぼつかない。


「それでは、始め!」


「【影刃】」


 ゼノ教官の言葉に被せるほどに食い気味で、目の前のヴィルヘルムが魔法を放つ。

 半身を引いてそれを躱せば、その瞬間に【火球】と【闇球】が殺到する、エヴァに対して放ったそれよりも数は2倍程度に膨れ上がっている、それぞれが別々の速度、そして遅延して発動されたものや魔力にものを言わせて加速させられた魔法、属性を偽装されたものや隠密性を重視されたもの。

 膨大な魔力によってのみ為される現象であり、そして明確に相手を殺すための魔法、相手が殺そうとしてくるのなら、こちらも…いや、それはダメだ、無力化する、それを前提に私は動く。


「【牢】」


 ただ一言、文ですらない詠唱だが、これが一番わかりやすく、自分の中では納得がいった、最も魔力を乗せて再現をしやすい言の葉。

 次の瞬間、それぞれが不規則に動いていた魔法達が、黒一色の球体に飲み込まれ、そして消えた。


「………は?」


「【凍れ(フリーズ)】」


 魔力にものを言わせる。

 彼がそんな行動をするのに返すように、私も魔力にものを言わせて魔法を放つ。

 地中、空気中から水分を抽出し、さらに水魔法でかさ増しして、前方の広範囲を凍らせる。

 正確にヴィルヘルムの体を氷の中へ捉えるが、火属性の魔力を周囲に迸らせて、身体強化の魔法で氷を砕き抜け出す、が予測していた方向に抜け出してくれたので、あらかじめ展開しておいた火と雷以外の全ての属性の魔法で作り上げた鎖で捕縛する。


「なっ!?」


 鎖に捕縛され、無防備になった腹部に向けて、身体強化魔法を集中させた拳を叩き込む。

 インパクトの瞬間にヴィルヘルムの体を覆う魔力と身体強化魔法を解除し、防御を無効化しておく、鈍い音と共に鎖が引きちぎれながら吹き飛んでいくヴィルヘルムだが、空中で風の魔法を使って体勢を整え、こちらに向き直る。

 口の端から血が流れているところから見るに、先ほどの一撃で内臓を損傷したのだろう、まぁ、後で治せばいい。


「くっ…ふざけるなよ、俺が本気を出せばここら一体吹き飛ばすことだって——」


「【転移】」


 背後へと移動する。

 空間を歪め、指定した座標へと自身の肉体が存在するかのように、世界を騙す魔法だと、教えてくれたヘリオス翁…グウェン先生が教えてくれたのは覚えている。

 構える魔法の属性は風、殺さないように威力をセーブしつつ、それでいて確実に意識を刈り取ることのできる魔法。

 空気を圧縮して巨大な槌を形作る、思い切り振り下ろすのは、少しばかり気分が晴れそうだ。


 爆発や雷撃とは、少し違った種類の轟音、そして粉塵が舞う。

 直撃する瞬間、膨大な魔力による抵抗を感じたが、それに上乗せするようにしてもう1発風槌を叩き込んでおいたので、無事ヴィルヘルムは意識を失ったようだ。

 おそらく拳での一撃でもそうだが、今回のことでさらに内臓に損傷が及んでいる可能性もある、が死ななかっただけマシだろう、少なくとも私は勝手にそんなことを思っている。


「勝者、ダイン・アルフレイブ!」


「ありがとうございまし…」


 止めようとしなかったことに感謝の言葉を告げようとした瞬間、少なくない数の歓声が湧き上がる。

 エヴァとヴィルヘルムの試合を最初から見ていた人達だろうか、エヴァへの仕打ちに怒り、今ヴィルヘルムが私によって叩きのめされたことで歓声が沸くほどには感情が昂ったのかもしれないが、ただの八つ当たりである今までの戦闘は褒められたものではない、少し居心地が悪いので、そそくさとエヴァ達のところに戻った。

 それからはエヴァの治療を粗方終えたセレネから、簡易的な部分を引き継ぎ、フレア姉様やグレン兄様、セレネの試合を観戦した後、保健室へと運んだエヴァの側にいることとした。

 恥ずかしさと、模擬戦で体を動かしたことの火照りをどうにか抑えるように顔を手で仰ぐが、なかなか引いてくれない。


「…柄にもないことをした、感情を抑える修練をもう少しすべき…ですかね?」


「いやぁ、今はそのままでもいいんじゃないかな、忘れがちだけど、君はまだ10歳の子供なんだから」


 そう言って私の問いかけに答えるのはグウェン先生。

 今しがた現れたかのような顔をしているが、実際は2分ほど前に魔力の揺らぎがあったので、おそらくその時からこの部屋自体にはいたのだろう、いつ気づくかどうかを見て、楽しんでいたような気さえする。

 こちらの方に近づいてきて、エヴァに何やら魔法をかける、これは、熟睡できるようにする魔法…だろうか。

 それはしっかりと休息を取れるようにという気遣いでもあるのだろうが、同時に今は起きてほしくない、そんなグウェン先生の思惑を感じる。


「君と話したいという人がいるんだ、ついてきてくれるかな?」


「拒否権の類はなさそうですね、行きましょう」


「流石の判断速度だ、助かるよ、同時に悩ましくもあるけどね」


 そんな言葉を呟きながら、魔法を展開するグウェン先生。

 おそらくだが、私の勉強のためか、それともただ自慢したいだけなのか、見せつけるように魔法陣を展開する。

 その正確性と静謐性は見事なもので、目の前に魔法陣があるというのに、魔力の起こりすら感知できず、今も静かに展開し続けられている魔法陣には不備も、改善できそうな場所も一つも見つからない。

 間違いなく王国において最強の魔法使いであろう彼女の魔法を目の前で見れると言うのは、存外にも幸運なことなのだろう。


「さぁ、行くよ…ふふ、もしかして悔しい?」


「少し…そんなことはどうでもいいですから、早く行きますよ」


「はいはい」


 私の一挙手一投足が面白いとでも言いたいのか、グウェン先生は愉快そうにくすくすと笑いながら、歪められた空間の向こうへ足を運ぶ。

 その後に私も続けば、そこは高級ホテルの一室だった。

 目の前の机に座るのは青みがかった銀髪を短く切りそろえた、清潔感のあるスーツに身を包んだ1人の青年、寄せられた目元の皺や、静かに、冷静にこちらを見てくる視線はどこか冷たく、どこか思慮深さのようなものを感じる。

 そしてその隣に護衛のようにして立っていた男には見覚えがある、先ほどまで模擬戦の審判を務めていたゼノ教官、彼の姿がここにはあった。


「まず、無理矢理にこんなところへ呼び立てたことを謝罪する、申し訳ない」


「いえ、どうせ私を直接連れてくるという案を提案したのはグウェン先生でしょうから、不満に思う気持ちなどありません」


「そうか、そう言ってくれると助かる…が重ね重ね申し訳ない、少し考える時間をくれ」


 そう言って彼は目頭を指先で揉みながら、何やら思案を始めた、その姿にどこか父様の姿が重なるが、家族を勝手に重ねてしまうのは失礼なのだとか、気をつけようとは思うが、一度そう思ってしまうとなかなか抜け出せない。

 どうにかその思考から抜け出そうと、彼と父様の相違点を探していると、考えがまとまったのだろう、顔を上げてこちらに向けて話し出す。


「まずは名を名乗ろう、私の名前はエヴァンス、姓はリアベル、五大商会が一つ、リアベル家の長男にして、次期当主、そして…エヴァの兄だ、君の名前はもとより知っていた、名乗りは不要だ、もちろん名乗りたいのであれば好きに名乗ってくれて構わない」


「ご丁寧にありがとうございます、エヴァンス様、端的に聞きますが、私に何をさせたいのでしょうか」


「その前に一つ聞かせてくれ、エヴァのことをどう思っている?彼女に向ける感情は、友愛か?恋慕か?それとも、打算か?」


 嫌な質問だ、おそらくこれの答えでこれからの私の進退が決まると言っても過言ではないだろう、それと同時に疑問にも思う。

 エヴァはリアベルの家ではいい扱いを受けていなかったのではないのだろうか、それとも、彼の本心とリアベル家の本心はイコールではないのか、それを聞き出すためにも、ここで間違えるわけにはいかない、嘘偽りのない本心をぶつけてしまうだけだ。


「少なくとも、打算ではないと断言しておきます、私は私の意思で、彼女のことを好ましいと思い、友人として向き合っています、そこに家も、他人の意思も介在していないと誓いましょう」


「…そうか、わかった、これまでの非礼を謝罪しよう、すまなかった…そして誠意を見せてくれた君にこそ頼みがある」


 一度頭を下げてから、顔を上げて頼み込んでくる。

 その顔や目は、縋るような、それでいて未だ希望を失っていないような、そんな表情はどこかエヴァに似ていて、そして、できる限り手を貸したいと、そんなふうに思ってしまった、やはりまだまだ未熟なのだろう、私は感情に揺り動かされる。


「…聞きましょう」


「父とエヴァの身を守りたい、手を…貸してくれ」


 その声には力が籠っていた。

 魔力ではない、心の底に溢れるほどにある強い何かが、滲み出て、声に乗っていた、それは覚悟と言うのだと、今更ながらに私は実感した気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。