15話
窓から差し込む光で目を覚ます。
そこは教室、前方には大きな黒板があり、自分が座っていたのは木製の机に椅子。
ただ違和感を感じるのは、その全てが近いことだ、普段使っているものとは違うし、教壇は遥か下の遠くにあるわけじゃない、教室自体も狭いようで、30人程度しか入らないように思える。
周囲を観察しようとするが、その意思に反して"俺"の視線は別の方向を向く、誰かから声をかけられたのだろう、その声はくぐもっていて、よく聞き取れなかったが、教室の入り口、そこには聞こえた声のように霧がかった2人の人間。
その片方にはとこか見覚えがあるようで、懐かしい雰囲気さえ感じた、そんな2人の方へ俺は立ち上がって向かおうとして…瞬間、世界が崩れ始めた。
「…イン…ダイン!起きてダイン!」
「ん……あ、あぁ、おはようございます、エヴァ」
先ほどまで見ていたのは夢だったようだ、今目を覚ませばいつもの教室、壇上に程近い階段状の机達の中間ほど、どうやら私は授業が終わったあとに眠ってしまったのだろう、エヴァが肩を揺らして起こしてくれたらしい。
それにしても先ほどの夢はなんだったんだろうか、初めて見るような光景であったし、妙に頭に残っている、が、出てきた人物、そして突然起きた世界の崩壊、そのあたりはどこか朧げで、確実といえるような記憶にはなっていない。
「次模擬戦闘の授業!運動場に移動しないと、フレアは楽しみが勝ちすぎて先に行っちゃったから、私達もいかないと」
「フレア姉様ですもんね…起こしてくれてありがとうございます、お待たせしました」
その言葉に満足げに笑ったエヴァは、立ち上がった私の手を引いて駆けていく、私は体重が軽いので半分引きずられる形となっているが、エヴァが楽しそうなので良いとする。
入学式の日から二週間程経った、学校生活は思いのほか楽しく、充実していた。
エヴァとフレア姉様とは同じクラスであり、授業の合間にもよく話していて、放課後になれば別クラスのセレネとグレン兄様と一緒になって話をするのが日常になっていた。
ちなみにグレン兄様はセレネと気が合ったようで、よく紅茶やケーキにも手を付けず難しい政治の話をしている、私はその間大体エヴァのドレスやアクセサリーの相談に乗ったり、フレア姉様に魔法に対する対抗策や身体強化魔法の改善案について話していたが、耳に入ってくるグレン兄様達の話もかなり勉強になったと勝手に思っている。
やがて運動場に到着すれば、それなりの人数、おそらく一年生は全員だろうか?教師はデヴィット先生、そしてもう1人見た覚えがあまりない先生がいる、おそらく戦闘関係の授業を担当している教員の方だろう。
この模擬戦の授業を終えてからそのあたりの授業が始まるらしいので、まだ見かけたことがないのは納得がいく。
おそらく今回の授業に参加する生徒が全員揃ったのだろう、デヴィット先生が口を開く。
「それではこれより模擬戦闘の授業を行います、こちらにいらっしゃるのはゼノ先生、元一等級冒険者であり、現在は我が校の特別講師を務めています」
「今紹介にあずかったゼノ・グリフィスだ、俺のことは教官と呼んでもらおう、あぁ、堅苦しいのはあまり得意じゃない、礼儀には目を瞑ってもらう、魔獣や人間との命の取り合いに礼儀は関係ないからな」
そう言ってニヤリと笑うゼノと名乗った男性、大柄で筋肉質な肉体もさることながら、無造作に生えた髭や、おそらくわざと抑えないようにしているであろう圧力、その全ての威圧感に、どこか臆してしまった生徒もいるようだ。
挨拶が終わるとデヴィット先生の指示に従って組み分けが始まる、私とエヴァは同じ組み分けのようだ、フレア姉様とグレン兄様、セレネとは分かれてしまったが、観戦もできると考えると楽しめるかもしれない。
おそらく土属性の魔法で即席で作られたであろう台の上で、いくつかに分かれて模擬戦闘が始まる。
私はかなり後ろの方だが、逆にエヴァはかなり最初の方の順番なので、まずはその模擬試合を観戦することにしよう、相手は…ヴィルヘルム・ゼムフィス、確か試験の時にエヴァに暴言を吐いていた男だ、素行も試験の一環だと思っていたが、どうやら入学できていたらしい。
エヴァの方を見るが、その顔色は悪い、やはりあのヴィルヘルムという男には苦手意識があるんだろう。
「大丈夫ですか?エヴァ、顔色が悪いですよ」
「…大丈夫、ではないけど、授業だし、頑張ってくる!」
そう言って笑って台の上へと行くエヴァだが、その笑顔は私でも痩せ我慢とわかるものだった。
不安だし、心配だが、本人が頑張る、と言ったのだから、私は見守ることに徹しよう。
試合の順番や組み合わせの変更を、ゼノ教官が許可してくれるとはあまり思えないので、仕方ないとも言えるかもしれないが。
しばらくして相対するエヴァとヴィルヘルム。
エヴァは支給品の長杖に学園指定の制服、魔法によって物理防御、魔法防御ともに効果が向上されたそれは、模擬戦どころか、ある程度の魔獣との戦闘においても申し分ない。
対してヴィルヘルムの装備は今回のために用意したであろう、少し長めの短杖に、黒い魔導士用のローブ。
どちらも装備による性能差はそこまでないはずだが、ヴィルヘルムからは何か不自然な魔力の流れを感じる、勘違いかもしれないが、勘違いとするには、試験で出会った時と違いすぎるように感じる。
「模擬戦なんて久しぶりだなエヴァ、いや、あれは確かお前が的になっただけだったか?」
「………今は、違うから、今は同じ生徒、だし」
「…生意気だな」
同じ生徒、という言葉は相手の言い返しなどではなく、自分の気持ちを落ち着かせるため、言い聞かせた言葉だと思えた、ただそれがヴィルヘルムの反感を買ったのだろう、彼から立ち昇る魔力の厚みや密度が数段増す。
やはりその魔力からも、どこか違和感のようなものを感じた。
周囲でも着々と準備ができたのだろう、2人のちょうど中間あたりの距離で、離れた場所で審判を務めるゼノ教官。
彼が周囲とタイミングを合わせるようにアイコンタクトをした後、両者に確認をとってから試合開始の合図の声を響き渡らせた。
「両者準備はいいな?始め!」
「【炎槍】!!!」
先に動いたのはエヴァ、魔力を高めて収束させた魔法陣、正確性も速射性も十分なそれは一瞬でヴィルヘルムの目の前へと届く。
が、目の前へと迫る炎の槍に対して、杖を横に強く振るっただけで、膨大な魔力が炎槍のある座標を横撫でにし、その魔力や放たれた現象すら、塗り潰して掻き乱した。
ただ杖を振るっただけ、それも魔法での妨害ではなく、膨大な魔力のみで魔法を消し去る。
できないことはないが、それをするには一つの魔法を防ぐのには不相応なほどの魔力量が必要になる、はっきり言って非効率的な行為だが、ヴィルヘルムから立ち昇る魔力の波は衰えることを知らなかった。
「な、なんで…」
「それだけかぁ?エヴァ、次はこっちから行くぞ!【火球】!!」
そう言って杖を掲げる、その瞬間その周囲には十数個ほどの火球が展開される。
それは私が試験の時に見せた火球の一斉展開に似ているが、それほどの緻密さ、正確さはなく、ただ無造作に数と威力だけを重視して作り上げられた魔法。
しかしそれぞれの威力や込められた魔力量だけは本物であり、一つでも命中すればただではいられないだろう。
ヴィルヘルムが杖を振り下ろす、その瞬間に全ての火球がエヴァに向けて殺到した。
「っ!【土壁】!!!」
エヴァの黒髪が膨大な魔力によって浮き上がる。
その魔力を余すことなく使い、五枚の土の壁を半ドーム状にして即座に展開する。
その次の瞬間には1発目の火球が着弾し、すぐに2発目、3発目と続く、すぐに一枚目は壊れ、二枚目と三枚目も貫通し、四枚目がボロボロになったところで、やっと火球の嵐が止まる。
それが止まったのを見て、魔力を練り上げながら壁の横側から抜け出ていくエヴァ。
瞬間、エヴァの全身を飲み込むほどの、巨大な黒い光線が放たれ、彼女の体を遥か後方へと吹き飛ばした。
「勝者、ヴィルヘルム!」
「は、ははっ!生意気なこと言ってるからだ!お前は俺に敵わない!」
ゼノ教官の言葉によって試合の終了が告げられる、がヴィルヘルムの歩みは止まらない。
その手に握られている杖の穂先には魔法陣、闇と火の属性が複雑に混ざり合い、螺旋を描いているようなそれに込められた魔力は、先ほどまでの火球や黒い光線よりも多い。
その歩みの先はエヴァだ、黒い光線により吹き飛ばされたが、おそらく着弾の瞬間に魔力を集中させて防いだのだろう、周囲に及ぼされた破壊の規模と比べれば、エヴァ本人へのダメージは少ない。
だが、魔法による保護が施されているはずの制服はところどころが破れ、いくつかの生傷は魔力による防御を貫通したのだろう、もう戦えるようには見えなかった。
ヴィルヘルムが短杖を振り上げる、まずい、と思った瞬間、振り下ろされた短杖と魔法陣から、螺旋状の赤と黒の光線がエヴァに向かって放たれ、轟音が鳴り響いた。




