11話
〜side ???〜
王立学校エヴィエル、初代学長の名を冠した世界屈指の名門校、王都の東区に位置する王城の半分ほどの建物の大きさ、敷地の広さでいえば王城のそれに匹敵するほど。
そんな広大な敷地の中においても、広く、それでいて狭い、どこにでもあり、どこにでもない空間として隔絶された部屋の中に、学園の教員ほぼ全てが集まり、一つの長い机に並ぶようにして席についている。
「ではこれから定例会議を始める、みんなよろしく」
机の一番奥、上座にあたる場所に座る1人の女性の言葉により、会議が始まった。
その内容はもっぱらが現在の学園の様子、次年度の生徒の席次に関する話がほとんど、数時間の会議の後、まるでこれからが本番だと言うように、空気が引き締まる。
「今回の生徒はかなりの大物揃いということで、対応にも少し考える必要があるかもしれません」
「確か特別枠の生徒が首席の成績を記録したのだとか、それもアルフレイブ家の子息だったと…公開は差し止めるべきでしょうね」
話題に出ているのは今最も勢いがあると言ってもいい辺境伯家、アルフレイブ家の子息、ダインのこと。
飛び級制度の特別枠の生徒が首席の成績を叩き出す、時間にして数百年と続いてきた王立学園としても初めての出来事だ、その対処には少しばかりの会議が必要となっていた、そして問題はそれだけではないようで。
「首席が第三王女殿下というのが、なかなかに難しいところだねぇ…学長、どうするつもりなんだい?」
新たな問題を提示する老婆、彼女が疑問を呈したのは一番の上座に座る女性、最初に会議を始めると宣言した年若い女、彼女が王立学校の学長をしているようだ、そんな席の次に座る老婆も、それなりの立場にある人物なのだろう。
そんなふうに問いかけられた学長、だが特段意に介した様子はなく、なんてこともないように答える。
「公開するつもりはないよ、彼も特別枠としての入学とする、特待生分の学費免除はするけどね」
「それで納得するかね、首席としての成績だと知れば、その待遇を求めるんじゃないかい?その子が大丈夫だと言っても、家族とかがね、お貴族様ってのはそういうもんだろう?」
「彼のところは大丈夫さ、貴族としては考えられないほどお人好しだよ、腹芸ができないというわけではないが…便宜も図ると当主には別途で伝えておいたしね」
何かを思い出すように語る、どこか親しさを感じる口ぶりだが、何か接点があったのだろうか?当然の疑問をその場にいた全員が思い浮かべるが、同時に納得もする、彼ら彼女らは学長が仕事をすぐに終えたあと、好き勝手いろんな場所に飛んでいっていること、つまり学長の自由奔放さを知っているので、貴族の1人や2人と個人的な付き合いをしていてもおかしくはないのだ。
何か特別な扱いをしていれば問題があるが、そんなこともないため、誰も文句を言えたことはない。
「第三王女殿下への対応はどうするんですか?もしかして…」
「うん、もちろん伝えるつもりだよ、君は結果的に首席だよ、ってね、その方がライバル視とかして、切磋琢磨してくれるかもしれないじゃないか」
そんな言葉を放つ学長、彼女にとっては貴族、それどころか王族の一員においてもただの受験生であり、生徒のようだ。
当然王立学園においては生徒の平等を掲げているため、その対応、思想は悪いことではないのだが、彼女の行動によって不利益を被ったり、プライドを傷つけられた貴族の対応に苦労してきた教員達にとっては、少し複雑な気持ちになってしまう。
「発言宜しいでしょうか」
「構わないよデヴィットくん、何か気になるところがあったのかな」
手を挙げて発言の許可を求めるのはダインとエヴァの筆記、実技の試験の際、試験官を勤めていたデヴィット・アンダーベル、アンダーベル男爵家の次男であり、冒険者をしていたところに学長自らがスカウトした教員の1人でもある。
「成績的には良好で合格域に達していますが、素行が悪い受験生がいました、入学させていいのでしょうか」
「ゼムフィス家の次男だね、確かに聞いた話だとまともとはいえない感じだ、いいのかい?」
デヴィットの問いに答えるのは先ほどの老婆、その手元には各生徒の素行や家柄、その他試験の結果だけでは測りきれないような内容が記されている。
そこにはゼムフィス家の情勢や、教育、数年前まで在籍していた長男の成績や、試験中のヴィルヘルムの行動や発言までもが完璧にまとめられていた、受験生には預かり知らぬところではあるが、会場中に監視用の魔法がしかけられており、それによって試験中の行動は全て記録されていた、気づいていた生徒も中には数人おり、その中には先ほどから話に出ていたダイン、そして王国の第三王女であるセレネも含まれている。
「構わないよ、何か問題を起こすようなら処罰を、最悪退学にさせればいいんだ、学校生活には刺激も必要だと思うんだ」
「しかし…いえ、わかりました」
そう言って着席するデイヴィット、彼の心中は決して穏やかなものではないが、ニコニコと当然のように話している学長の声色、表情から、何を言っても彼女の意思を曲げることはできないと察して、仕方なく着席した。
その姿に満足げに頷くと、別の資料を手に取って、先ほどまでの話はもう終わりだと示すように、話し始める。
「さぁ、次は毎年恒例の課外授業の話をしよう、いつも通りいくつか候補地を探してきたから、その中から決めることとしよう」
その言葉と共に、開始してから数時間が経った会議は、さらに時間をかけて続いていくことになった。
時、そして場所は飛び、王城、そのとある一室に場面は移る。
質の良さそうなクッションのついた椅子、肌触りも艶もいいシルクの服に身を包んだ少女が腰をつけると、軽い体重でも沈み込む、しかしちょうどいい硬さのクッションはそれだけでかなりの高級品なのだろうとわかる。
ダイン達が執事に案内され、パーティへ向かう少し前を過ごしたような応接室に使用されるのであればまだわからなくもないが、そのレベルの家具を普段使いしていることから、この少女の身分の高さが窺える。
彼女の名はセレネ・セルファルト・ルフレイル、ルフレイル王国の第三王女であり、第二王子でありクリフと共同で王家直轄のルフレイル領の領主を勤め上げている才媛、そして王立学園の首席合格者でもある。
しかし彼女の顔は晴れない、こちらも質の良い黒みがかった落ち着いた色合いの木製の机、その上に置かれた便箋、そして手紙に視線が向けられている。
「私以上の成績を取った人がいるのに、別の事情で首席にはならなかったから私が首席…?そんなの納得できない…!」
机に叩きつけられた腕から光が漏れる、感情の昂りと共に普段から押さえている魔力が、慣れた属性を持って溢れ出た、それほどに納得がいっていないのだ、ただそれは自分を超える成績のものがいたというのも含めるが、大部分は別のところにある。
「王族への配慮とか、そんなことは流石にないはず、学園長が噂に聞くような人ならそんなことはしないだろうし…次席以降の人が私以上の成績とは考えられない…じゃあ…特別枠…?」
情報を整理し、真実に辿り着く。
それを確かめる術は今の彼女にはないが、自分の推理が正しいという自信と、状況証拠だけは残っていた、おそらく特別枠としての事情を優先したのだろう、これまでそんな記録もなかったから、学園側も苦労したはずだ。
そうなれば必然的に思考、そして目が行くのは特別枠においての入学者。
使用人に調べさせ、合格者のリストを見たところどうやら複数人いるそうだが、その中でも1人目につく人物がいる、兄は第三席、姉は実技試験で試験官に勝利している、そして長兄であるラウドは近衛騎士団の副団長、姉はセレネの兄であるクリフと婚約し、将来的には義姉となる魔導士のフェリア、父であるアルフレイブ家当主はその辣腕をふるい五大商会を味方につけ、数年で辺境伯家の立場を数段引き上げたと言われている。
そんな優秀な家の三男、ダイン・アルフレイブに目をつけた、おそらく彼が自身よりも上の成績を叩き出しておきながら、特別枠として入学した少年だと。
「会って、話をしてみたいな」
渡された書類に書かれた名前を指でなぞりながら、そんなふうに呟く美しき王女、彼女の真意は誰にも推し量ることはできない。




