勝手に嫉妬した人
第四十六話 「元嫉妬相手、再来」
金曜日。
私は機嫌が良かった。
理由は単純。
先週潰れたデートの埋め合わせが今日だからだ。
仕事も順調。
残業もなし。
完璧である。
「瀬名」
「何」
「顔」
高橋が言う。
「めちゃくちゃ分かりやすい」
「何が」
「今日デートでしょ」
「……」
「当たりだ」
この人、本当に嫌である。
◇
定時。
私は会社を出た。
駅前。
待ち合わせ場所。
そこには当然蓮が――
「お待たせしました」
「全然待ってないよ」
いて。
そして。
隣に誰かいた。
「……」
女性だった。
長い髪。
仕事帰りらしいスーツ姿。
見覚えがある。
いや。
かなりある。
私は数秒固まった。
そして思い出した。
「あ」
その女性も私を見る。
「あれ?」
同時だった。
「もしかして」
「もしかして」
そして。
「「あの時の」」
声が重なった。
◇
蓮だけが状況を理解していなかった。
「知り合い?」
「いや」
「いや」
私と女性が同時に答える。
そして微妙な沈黙。
女性が先に笑った。
「初めまして」
「瀬名紗雪です」
「結城です」
結城だった。
あの結城。
第八話の結城。
私が勝手に嫉妬した相手。
本人は何も悪くない。
むしろ被害者。
◇
「えっと」
結城が首を傾げる。
「どこかで会いました?」
「……」
会ったというか。
一方的に見た。
しかも嫉妬した。
言えない。
絶対言えない。
私は視線を逸らした。
「気のせいじゃないですか」
「そうですか?」
結城は不思議そうだった。
助かった。
と思った。
その時。
「いや」
蓮が言った。
「たぶんあの時ですよね」
「……」
嫌な予感。
「どの時?」
結城が聞く。
蓮は悪気ゼロで答えた。
「たまたま朝の電車が同じだった時」
「……」
「紗雪が見てた」
終わった。
◇
「え?」
結城が私を見る。
「え?」
私も見られる。
「何で?」
「……」
「何で見てたんですか?」
言えるか。
付き合ってもないのに嫉妬してました、なんて。
言えるか。
しかし。
蓮が続ける。
「たぶん気になってたんだと思う」
「へぇ」
結城がニヤッとした。
やめろ。
その顔は危険だ。
「黒瀬」
「はい」
「それって」
「うん」
「嫉妬?」
「たぶん」
やめろ。
◇
私は顔を覆った。
無理。
二十六歳。
社会人。
営業事務。
それなりに大人。
なのに。
過去の黒歴史が掘り返されている。
「瀬名さん」
結城が楽しそうに言う。
「可愛いですね」
「やめてください」
「その時は付き合ってなかったんですよね?」
「……」
「付き合ってなかったのに嫉妬したんですか?」
「……」
否定できない。
事実だから。
◇
すると。
蓮が少し困ったように笑った。
「結城」
「ん?」
「その辺で」
「あ、ごめん」
結城が笑う。
でも全然反省していない。
絶対面白がってる。
◇
「でも安心しました」
結城がふと言った。
「安心?」
私が聞く。
「黒瀬、昔からモテたんですよ」
「……」
聞きたくない情報。
「でも仕事ばっかりで」
「……」
「恋愛よりパソコンって感じだったので」
蓮が小さくため息を吐く。
「言い方」
「事実じゃん」
即答だった。
◇
「だから」
結城が笑う。
「今の黒瀬見てると結構驚く」
「?」
「めちゃくちゃ彼氏してる」
私は思わず蓮を見る。
蓮は少しだけ気まずそうだった。
「そんなにですか」
「そんなに」
結城は断言する。
「昔の黒瀬知ってる人ならみんな驚くと思う」
「……」
「紗雪さんのこと好きすぎるし」
蓮が顔をしかめる。
珍しい。
ちょっと面白い。
◇
その後。
結城とは駅で別れた。
「またねー」
手を振る結城。
私は会釈する。
そして。
彼女の姿が見えなくなった頃。
私は隣の蓮を見た。
「……」
「何ですか」
「別に」
少しだけ笑う。
「良い人でした」
「でしょう?」
蓮も笑う。
◇
しばらく歩いてから。
私は小さく呟いた。
「……あの時」
「うん」
「本当に嫉妬してました」
蓮が吹き出した。
「知ってます」
「何で」
「顔に書いてありました」
最悪だった。
◇
「でも」
蓮が手を握る。
「嬉しかったですよ」
「……」
「その頃から好きだったんだなって分かったので」
私は少しだけ照れながら手を握り返した。
確かに。
あの時は認めていなかった。
一目惚れなんて認めたくなかった。
でも。
今なら分かる。
あの嫉妬は。
恋の始まりだったのだと。
そしてそれを本人に知られるのは。
やっぱり少しだけ悔しかった。




