痕跡
第四十話 「彼氏の部屋に、自分の痕跡が増えている件について」
土曜日。
私は黒瀬家に来ていた。
最近ではもう珍しくない。
最初は緊張で死にそうだったのに、人間とは慣れる生き物である。
「お邪魔します」
「どうぞ」
鍵を開ける蓮さん。
部屋へ入る。
そして。
「……」
私は違和感に気付いた。
「どうしました?」
「……何か増えてません?」
蓮さんの部屋を見回す。
すると。
蓮さんが一瞬だけ固まった。
怪しい。
「何がですか」
「いや」
私は棚を見る。
そして発見する。
「あ」
「……」
「これ」
小さな猫の置物。
以前、私と猫雑貨店へ行った時に買ったものだった。
色違いで二つ買った。
私は白。
蓮さんは黒。
その黒猫が本棚の上に置いてある。
「飾ってたんですか」
「はい」
何でそんな普通に言うんだ。
私は少し照れながら別の場所を見る。
そして。
「あれ」
今度はマグカップ。
以前私が誕生日にプレゼントしたもの。
普通に使われている。
「……」
さらに。
ソファの端には小さなクッション。
これも一緒に買ったやつ。
「……」
「紗雪?」
「何か」
「うん」
「思ったより私いますね」
部屋に。
蓮さんは数秒黙った。
そして。
「いますね」
認めた。
◇
「だって」
私はソファへ座る。
「前はもっとシンプルだったじゃないですか」
「そうですね」
隣へ座る蓮さん。
「物少なかったですし」
「はい」
「今、何か」
私は部屋を見回した。
「私の知ってる物が増えてる」
すると。
蓮さんが少しだけ笑った。
「当たり前では?」
「え」
「紗雪と過ごした時間の物なので」
「……」
「残したいですし」
「……」
さらっと言った。
心臓に悪い。
「それに」
「?」
「紗雪もやってません?」
「何を」
「俺の痕跡増やすやつ」
私は固まった。
「……」
「図星ですね」
「……」
図星だった。
◇
私の部屋にもある。
猫カフェで撮った写真。
一緒に取ったお土産。
蓮さんからもらった小物。
意識していなかったけど。
確かに増えている。
気付けば。
部屋の中に蓮さんがいる。
「……」
「ほら」
蓮さんが笑う。
「同じです」
「……」
反論できない。
悔しい。
◇
しばらくして。
私は本棚の前へ移動した。
何となく眺める。
仕事関係。
小説。
資格の本。
真面目だ。
蓮さんらしい。
すると。
「ん?」
一冊のファイルが目に入った。
表紙に付箋。
そこには。
『行きたい場所』
と書いてある。
「何ですかこれ」
「あ」
後ろから蓮さんの声。
少しだけ珍しく焦っている。
私はファイルを開いた。
そして。
「……」
固まった。
猫カフェ。
水族館。
夜景スポット。
温泉。
カフェ。
公園。
ドライブコース。
「……」
「……」
「何ですかこれ」
もう一回聞いた。
蓮さんが観念したように答える。
「デート候補です」
「……」
「紗雪と行きたい場所」
私は静かにファイルを閉じた。
無理。
心臓が無理。
「ちなみにまだ半分くらいです」
「増やさないでください」
「何でですか」
「多いです」
「足りないです」
意味が分からない。
◇
その後。
ソファへ戻る。
私はクッションを抱えながら蓮さんを見る。
「……蓮さん」
「はい」
「私たち」
「うん」
「結構付き合ってますね」
自分でも変なことを言ったと思う。
でも。
そう思った。
最初は他人だった。
電車で見かけるだけだった。
それが今では。
お互いの部屋に痕跡があって。
友達を紹介して。
将来行きたい場所の話までしている。
蓮さんが少し笑った。
「そうですね」
「……」
「かなり付き合ってます」
その言い方に思わず笑う。
すると。
蓮さんが自然に肩を引き寄せた。
「これからも増えますよ」
「何がですか」
「痕跡」
「……」
「思い出も」
私は少しだけ照れながら肩にもたれる。
窓の外は穏やかな午後。
部屋の中は静かだった。
でも。
その静けさが心地よかった。
気付けば私は思う。
――この部屋、前よりずっと好きになったな。
たぶん。
私がいるからじゃない。
ここに蓮さんとの時間が増えたからだ。




