26歳、青春
第三十九話 「二十六歳、今さら青春を感じてしまう」
それは、高橋の一言から始まった。
「瀬名ってさ」
「……何」
昼休み。
いつもの社員食堂。
私はうどんを食べながら顔を上げた。
「今めちゃくちゃ青春してるよね」
「ぶふっ」
危うく出汁を吹くところだった。
「何言ってるの」
「いや普通に」
高橋が笑う。
「好きな人と毎日会って」
「……」
「会いたいって言ったり」
「……」
「嫉妬したり」
「……」
「休日デートしたり」
「やめて」
言葉にされると破壊力が違う。
高橋は全く止まらなかった。
「名前呼びで照れたり」
「やめて」
「友達に紹介したり」
「やめて」
「彼氏の友達と会ったり」
「高橋」
「青春じゃん」
私は静かに机へ突っ伏した。
否定できないのが悔しい。
◇
その日の帰り。
私は高橋の言葉を引きずっていた。
青春。
青春って。
高校生とか大学生とかがするものじゃないのか。
少なくとも二十六歳の社会人が考えることではない。
……はず。
「紗雪」
「……はい」
隣を歩く蓮さんがこちらを見る。
「今日ずっと考え事してますね」
「……」
「何かありました?」
私は少し迷った。
でも。
言わないと余計気になる。
「……高橋に」
「うん」
「青春してるって言われました」
一瞬。
蓮さんが固まった。
そして。
「ふっ」
笑った。
「笑いましたね」
「いや」
「笑いました」
「ちょっとだけ」
ちょっとじゃない。
普通に笑ってた。
私は不満そうに睨む。
すると。
蓮さんが口元を押さえながら言った。
「ごめんなさい」
「……」
「でも分かるなって」
「裏切り者」
「何でですか」
楽しそうである。
悔しい。
◇
電車へ乗る。
幸い座れた。
並んで座る。
窓の外を見ながら、私は小さくため息を吐いた。
「……だって恥ずかしくないですか」
「何がですか」
「青春って」
私は視線を落とす。
「二十六ですよ」
「はい」
「社会人ですよ」
「はい」
「今さらそんな」
すると。
蓮さんが少しだけ首を傾げた。
「別によくないですか」
「……え」
「何歳でも」
「……」
「好きな人ができて、嬉しくなったり不安になったり」
「……」
「会いたいって思ったり」
「……」
「それって普通じゃないですか」
私は言葉に詰まった。
確かに。
そう言われると、その通りだった。
「でも何か」
「うん」
「学生みたいで」
すると。
蓮さんが少しだけ笑った。
「紗雪」
「……はい」
「この前、俺の過去に嫉妬してましたよね」
「っ」
「あと名前呼びで真っ赤になってました」
「やめてください」
「友達に紹介する時も緊張してました」
「やめてください」
「青春ですね」
「蓮さん」
本気でやめてほしい。
私は顔を覆った。
だが。
蓮さんは完全に面白がっていた。
◇
その後。
駅からの帰り道。
少しだけ遠回りして歩いていた。
夜風が気持ちいい。
人通りも少ない。
「でも」
蓮さんが不意に口を開く。
「俺は好きですよ」
「……?」
「今の紗雪」
私は足を止めそうになった。
「……何ですか急に」
「昔の紗雪も素敵だったと思いますけど」
「……」
「今の方が楽しそうなので」
胸が少し熱くなる。
私は視線を逸らした。
「……そんなに変わりました?」
「変わりました」
即答だった。
「前より笑うし」
「……」
「甘えてくれるし」
「……」
「ちゃんと頼ってくれるし」
「……」
「可愛いです」
「最後いらないです」
即ツッコミ。
でも。
少しだけ嬉しかった。
◇
帰宅後。
私はベッドの上で天井を見ていた。
青春。
昔の私は、そういうものと無縁だった。
恋愛も。
誰かに依存することも。
面倒だと思っていた。
でも。
今は違う。
好きな人からLINEが来るだけで嬉しいし。
会える日は少し楽しみだし。
名前を呼ばれるだけで心臓が跳ねる。
「……」
恥ずかしい。
ものすごく恥ずかしい。
でも。
少しだけ思う。
もしこれが青春なら。
今からでも悪くないかもしれない。
その時。
スマホが鳴った。
蓮さんからだった。
『今日はありがとうございました』
『好きです』
「……」
私は静かに枕へ顔を埋めた。
——やっぱり恥ずかしい。
でも。
嫌じゃなかった。
昔の紗雪=付き合いたての頃の紗雪




