表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/50

帰り

第三十八話 「知らなかった過去と、今の安心」


 相沢さんとの食事会が終わった帰り道。


 私は少し静かだった。


 蓮さんも無理に話しかけてこない。


 ただ隣を歩いている。


 その気遣いが、逆に落ち着かなかった。


「……」


「……」


 駅までの道。


 夕方の風。


 繋がれた手。


 いつもなら安心するはずなのに、今日は少しだけ胸がざわついていた。


 原因は分かっている。


『今まで彼女できても長続きしなかったし』


 相沢さんの一言。


 別に。


 当たり前だ。


 蓮さんだって社会人だし。


 私と付き合う前に恋人がいたことくらいある。


 頭では分かっている。


 でも。


 感情は別だった。


「……紗雪」


「はい」


 蓮さんが小さく呼ぶ。


 最近、名前で呼ばれるたびに少しだけ嬉しい。


 そして少しだけ恥ずかしい。


「気になってます?」


「……」


 図星だった。


 私は小さくため息を吐く。


「……少し」


 蓮さんが足を止めた。


 駅前のベンチ。


「座ります?」


「……はい」


 並んで腰を下ろす。


 夕方の光が少し柔らかい。


 蓮さんは少し考えるように視線を落としたあと、静かに話し始めた。


「相沢が言ってた話ですよね」


「……はい」


「別に隠してたわけじゃないんです」


「うん」


「ただ、話す機会がなかっただけで」


 私は黙って聞く。


 蓮さんは、いつもこうだ。


 逃げない。


 面倒な話も。


 不安になる話も。


 ちゃんと向き合ってくれる。


「二人付き合ったことがあります」


「……」


 思ったより少なかった。


 いや比較対象がないから分からないけど。


 なんとなく。


 もっと多いと思っていた。


「どっちも学生時代です」


「社会人になってからは?」


「ないです」


「……」


 少しだけ安心してしまった自分がいる。


 我ながら単純だ。


「長続きしなかったのは」


 蓮さんが苦笑する。


「たぶん俺が悪かったです」


「え」


「仕事とか勉強とか、自分のペースを優先しすぎてました」


 私は少し驚いた。


 今の蓮さんからは想像しにくい。


 風邪を引けば飛んでくるし。


 会いたいと言えば時間を作るし。


 むしろ世話焼きなのに。


「昔は今よりずっと不器用でした」


「……今も十分不器用ですよ」


「ひどい」


 少し笑う。


 張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。


 すると。


 蓮さんがこちらを見る。


「でも」


「?」


「紗雪と付き合ってから、結構変わったと思います」


「……」


「会いたいとか」


「うん」


「大事にしたいとか」


「……」


「ちゃんと伝えたいって思うようになったので」


 胸が少し熱くなる。


 その言葉が。


 変に嬉しかった。


「だから」


 蓮さんが手を握る。


 少しだけ力を込めて。


「昔の話は昔の話です」


「……」


「今好きなのは紗雪だけですよ」


 真っ直ぐだった。


 逃げ道のないくらい。


 真っ直ぐ。


 私は数秒黙ったあと、小さく呟く。


「……ずるい」


「何がですか」


「そういうことちゃんと言うところ」


「言わないと不安にさせるので」


「……」


 本当にずるい。


 でも。


 その言葉で、胸の中のざわつきが少しずつ消えていく。


「蓮さん」


「はい」


「私」


「うん」


「ちょっと嫉妬してました」


 言った瞬間、恥ずかしくなった。


 でも。


 今日はちゃんと伝えたかった。


 すると。


 蓮さんが少しだけ笑う。


「知ってます」


「……」


「顔に出てたので」


「最悪です」


 私は顔を覆った。


 だが。


 次の瞬間。


 頭にぽん、と手が乗る。


「でも嬉しいです」


「何でですか」


「紗雪がそれだけ俺を好きってことなので」


「……」


 反論できない。


 悔しい。


 でも。


 少しだけ嬉しい。


 夕方の風が吹く。


 私は蓮さんの肩へ軽く寄りかかった。


 以前なら絶対できなかったこと。


 でも今は自然だった。


「……蓮さん」


「はい」


「相沢さん、面白い人ですね」


「でしょう?」


「高橋と同じ匂いがしました」


「それは否定できないです」


 二人で笑う。


 そして私は思う。


 好きな人の過去を知るのは、少し怖い。


 でも。


 それ以上に。


 今の気持ちをちゃんと伝えてもらえる安心の方が、大きかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ