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嫉妬

第三十三話 「嫉妬なんてしないと思ってた」


 月曜日。


 私は朝から機嫌が悪かった。


「……」


「瀬名、顔怖いけど」


 高橋がコーヒー片手に引いている。


 でも仕方ない。


 今朝。


 通勤中。


 私は見てしまったのだ。


 黒瀬——いや蓮さんが、会社の女性社員に笑いかけられているところを。


 しかも普通に距離が近かった。


 いや別に。


 分かってる。


 仕事だし。


 蓮さんは悪くない。


 むしろ本人は普通に対応してただけ。


 でも。


「……むかつく」


「うわ、嫉妬じゃん」


「違う」


「違わない顔してる」


 私は机へ突っ伏した。


 自覚はある。


 めちゃくちゃある。


 でも認めたくない。


「瀬名ってさ」


 高橋が笑う。


「恋愛興味ない系に見えて、意外と独占欲強いよね」


「……」


 図星だった。


 というか。


 好きになればなるほど、“自分だけを見てほしい”が増えていく。


 そんな面倒な感情、自分にはないと思ってたのに。


 ◇


 その日の帰り。


 ホームで蓮さんを待っていた私は、かなり複雑な気分だった。


 会いたい。


 でもちょっと拗ねてる。


 意味分からない。


 数分後。


「紗雪」


「っ」


 名前呼び。


 未だに慣れない。


 振り返る。


 蓮さん。


 いつもの優しい顔。


 ……好き。


 だから余計に腹立つ。


「お待たせしました」


「……別に」


「?」


 蓮さんが少し首を傾げる。


 察しがいいくせに、こういう時だけ普通の顔する。


 電車へ乗る。


 並んで立つ。


 沈黙。


 すると。


「紗雪、なんか今日静かですね」


「……普通です」


「普通じゃない時の言い方」


「……」


 鋭い。


 私は視線を逸らした。


 すると蓮さんが少しだけ近づいてくる。


「何かありました?」


「……別に」


「絶対ありますよね」


「……」


 数秒迷う。


 でも。


 このまま黙ってるのも違う気がした。


 私は小さく息を吐く。


「……朝」


「はい」


「女の人と喋ってたじゃないですか」


 一瞬。


 蓮さんが止まった。


「……あぁ」


「……」


「営業の人です」


「知ってます」


「……」


 そして次の瞬間。


 蓮さんが、ものすごく優しく笑った。


「嫉妬ですか?」


「っ」


「違います」


「即否定」


「……」


 図星なので苦しい。


 すると。


 蓮さんが少しだけ顔を近づけた。


「嬉しい」


「何でですか……」


「紗雪が俺のことで嫉妬してるので」


「……言わなきゃよかった」


 私は顔を覆った。


 だが。


 蓮さんは完全に機嫌が良さそうだった。


「でも安心してください」


「……?」


「俺、紗雪以外に興味ないので」


「っ」


 また真顔でそういうこと言う。


 心臓に悪い。


「……軽く言わないでください」


「軽く言ってないです」


 その声が、思った以上に真っ直ぐだった。


 私は少し黙る。


 すると。


 不意に、手を繋がれた。


「……」


「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫ですよ」


「してません」


「してました」


 否定できない。


 私は俯きながら、小さく呟いた。


「……だって蓮さん、モテそうだから」


「……」


「会社でも人気あるって聞いたし」


「まぁ、前に言われましたね」


「ほら……」


 すると。


 蓮さんが少しだけ困ったみたいに笑った。


「でも」


「……?」


「俺が好きなのは紗雪です」


「っ」


 ダメだ。


 真正面から来る。


「他の人じゃなくて、紗雪」


 繋いだ手に、少し力が入る。


 その温度が、じんわり胸へ広がっていく。


「……ずるい」


「何がですか」


「そうやってちゃんと言うところ」


「言わないと伝わらないので」


 その通りだった。


 私は昔、“察してほしい”ばかりだった。


 でも。


 蓮さんはちゃんと言葉にしてくれる。


 好きだって。


 大事だって。


 不安にさせないように。


「……」


 私は小さく指を握り返した。


 すると。


 蓮さんが少し嬉しそうに笑う。


「機嫌直りました?」


「……少しだけ」


「全部じゃないんだ」


「簡単には戻りません」


「じゃあどうしたらいいですか」


 私は少し考えてから、小さく言った。


「……もっと好きって言ってください」


 言った瞬間、恥ずかしくなる。


 でも。


 蓮さんは驚くどころか、すごく優しい顔で笑った。


「いくらでも言います」


「……」


「好きですよ、紗雪」


 電車の揺れより、自分の心臓の方がうるさかった。

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