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終わってる検索履歴

第三話 「陰キャ、検索履歴で終わる」


 昼休み。


 私は社員食堂の隅で、一人スマホを睨んでいた。


『通勤電車 一目惚れ 脈あり』


『毎日会う男性 話しかけるべき?』


『電車 笑いかけてくる 男性 心理』


 終わってる。


 検索履歴が終わってる。


 しかも出てくる記事がさらに地獄だった。


『目が合うのは好意のサイン♡』


『偶然は必然かも?』


『恋はタイミング!』


 うるさい。


 なんだそのキラキラしたフォント。


 こっちは人生で恋愛イベントが発生してなさすぎて、耐性ゼロなんだぞ。


 私はスマホを伏せ、机に突っ伏した。


「何やってんだろ……」


「珍しいね、瀬名がそんな顔してるの」


「っ!?」


 声に飛び上がる。


 顔を上げると、同期の高橋が立っていた。


 二十六歳。営業部。


 コミュ力の化身みたいな女。


 茶色い巻き髪にネイルばっちり。社内の人間関係を全部把握しているタイプだ。


 対して私は、人類との接触を最低限にしたいタイプ。


 水と油。


「いや別に……」


「いや、“別に”の顔じゃないって」


 高橋は向かいの席にどかっと座った。


「仕事でミス?」


「違う」


「上司?」


「違う」


「じゃあ男?」


「っぶ——!?」


 危うく味噌汁を吹きそうになった。


 高橋の目が細くなる。


「うわ、図星じゃん」


「違っ……いや違くはないけど……」


「あるんだ」


「聞き方が刑事なんだよ」


 高橋はニヤニヤしながら箸を動かす。


 まずい。


 この女、勘が鋭い。


「で? 誰?」


「いや別に何もない」


「“何もない”って言う時点で何かあるんだよなぁ」


「……」


 私は視線を逸らした。


 言えるわけがない。


 通勤電車で見かけた男に一目惚れしました、なんて。


 しかも二日連続会えた程度。


 だが高橋は逃がさない。


「職場?」


「違う」


「マチアプ?」


「違う」


「じゃあ何。ナンパ?」


「違うって」


「じゃあ運命の出会い系?」


「その言い方やめろ」


 高橋が笑う。


「で?」


「…………電車」


 一瞬、沈黙。


 その後。


「えっっっっっっっっっっっっっ」


 食堂に響きそうな声が出た。


「声でかい!!」


「瀬名が!? 電車で!? 恋愛イベント!?」


「イベント扱いすんな!!」


 高橋は腹を抱えて笑っていた。


 失礼すぎる。


「いやだって瀬名って、“恋愛とかコスパ悪い”みたいな顔して生きてるじゃん」


「そんな顔してない」


「してるしてる。常に“人類信用してません”って顔」


 否定できない。


 私は無言で唐揚げを噛んだ。


「へぇ〜……で、どんな人?」


「……普通の人」


「絶対普通じゃないじゃん、その反応」


「普通だって」


 嘘だ。


 普通に格好良かった。


 あと笑顔が危険だった。


 でもそれを言うのは負けな気がする。


「話したの?」


「少しだけ」


「連絡先は?」


「知らない」


「名前は?」


「知らない」


「年齢は?」


「知らない」


「何を知ってるの?」


「……顔」


「顔じゃねぇか」


 正論パンチが重い。


 私はぐったり机に伏せた。


「だから嫌なんだよ……」


「何が?」


「一目惚れとか……。結局見た目じゃん……」


 すると高橋が少しだけ真面目な顔になる。


「別によくない?」


「……は?」


「最初なんてそんなもんでしょ。むしろ最初から中身全部分かる恋愛の方が怖くない?」


「いやでも……」


「瀬名ってさ、“ちゃんと好きになる理由”を求めすぎなんじゃない?」


「…………」


 言葉に詰まる。


 高橋は続けた。


「顔が好きでも、声が好きでも、雰囲気が好きでも、別に入り口は何でもいいじゃん」


「……」


「そっから中身知っていくんでしょ、普通」


 その言葉が、妙に残った。


 私は今まで、“ちゃんとした理由”がない恋愛を見下していたのかもしれない。


 でも。


 あの人を見た瞬間、心臓が変になったのは本当だ。


 理屈じゃなく。


 ただ、本当に。


「……まぁでも」


 高橋が急にニヤッと笑う。


「瀬名が恋してる顔してるの、ちょっと面白い」


「帰れ」


「ちなみに明日も同じ電車乗るの?」


「……」


「乗るんだ」


「うるさい」


 その夜。


 私はコンビニで新作スイーツを買い、帰宅してベッドに倒れ込んだ。


 スマホを見る。


 時間は23時17分。


 そして気づく。


 ——明日の服をまだ決めてない。


「…………」


 私は天井を見上げた。


「……恋愛って、こんなに面倒だったっけ」


 誰に言うでもなく呟く。


 するとその時。


 スマホに通知が入った。


 高橋からだった。


『明日ちゃんと可愛くしてけよ』


 続けてもう一件。


『あと電車で転ぶな』


「……うるさい」


 でも少しだけ、笑ってしまった。


 そして翌朝。


 私は昨日より十分早く家を出ていた。


 ——もう完全に負けていた。


(続く)

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