会いたい
第二十八話 「“会いたい”を言えるようになるまで」
付き合って一ヶ月。
私は新たな問題に直面していた。
「……会いたいって、どうやって言うの」
昼休み。
いつもの社員食堂。
向かいの高橋が、もはや条件反射みたいに笑った。
「また?」
「だって……」
「付き合って一ヶ月でそこ?」
「そこです……」
私はうどんを見つめながら項垂れた。
黒瀬さんとは平日ほぼ毎日会っている。
朝の電車。
帰り道。
休日もたまに一緒にいる。
十分だと思う。
思うんだけど。
最近、ちょっとおかしい。
休日の夜とか。
寝る前とか。
ふとした瞬間に。
“今会えたらいいのに”と思ってしまう。
「重くないかなって」
「あー」
高橋が頷く。
「瀬名って、好きになればなるほど遠慮するタイプだよね」
「……そうかも」
「嫌われたくないから?」
「……」
図星だった。
黒瀬さんは優しい。
ちゃんと好きって言ってくれる。
大事にしてくれる。
でもだからこそ、負担になりたくなかった。
「でも黒瀬さん、普通に喜びそうだけど」
「……そうかな」
「むしろ待ってそう」
それは、ちょっとだけ分かる。
あの人、私が素直になると妙に嬉しそうにするから。
◇
その日の夜。
私はベッドの上でスマホを見つめていた。
『今日もお疲れ様でした』
『風邪ぶり返してないですか?』
黒瀬さんからのLINE。
優しい。
好き。
会いたい。
「……」
私は顔を埋めた。
ダメだ。
言えない。
でも。
会いたい。
数分悩んだ末、私は意を決して打ち込んだ。
『……黒瀬さん』
『はい?』
早い。
絶対スマホ見てた。
私は深呼吸する。
『今週、どこか空いてますか』
送信。
数秒。
既読。
『空いてます』
『会います?』
「っ」
先に言われた。
私は布団へ顔を埋めながら、小さく唸る。
『……会いたいです』
送信。
終わった。
恥ずかしい。
もう今日はスマホ閉じたい。
だが。
数秒後。
『今、めちゃくちゃ嬉しいです』
「…………」
無理。
通知だけで心臓が壊れる。
さらに。
『瀬名さんから言ってくれるの、かなり破壊力あります』
「知らないですそんなの……」
私は小声で呟きながら、でも少し笑ってしまう。
その時。
着信。
「っ」
黒瀬さん。
私は慌てて通話へ出た。
「……もしもし」
『もしもし』
落ち着く声。
耳に届くだけで安心する。
『今、顔真っ赤ですよね』
「なんで分かるんですか」
『なんとなく』
「エスパー……」
電話越しに笑い声が聞こえる。
その音だけで、胸がじんわり温かくなった。
『でも本当に嬉しかったです』
「……」
『“会いたい”って言ってもらえるの』
その声が、思った以上に優しくて。
私は少し黙ったあと、小さく言った。
「……だって会いたかったので」
『っ……』
今度は向こうが黙る。
「あれ」
『……ちょっと待ってください』
「え」
『今、普通に心臓やばいです』
「……」
珍しい。
黒瀬さんがこんなに動揺してるの。
私は少しだけ口元を緩めた。
「……お互い様ですね」
『ですね』
小さな笑い声。
静かな夜。
でも。
好きな人の声があるだけで、世界が少し柔らかくなる気がした。
『瀬名さん』
「……はい」
『もっと遠慮しなくていいですよ』
「……え」
『会いたい時、会いたいって言ってください』
「……」
『俺、かなり嬉しいので』
胸の奥が、じんわり熱くなる。
私は昔から、人に甘えるのが苦手だった。
欲しいって言うのも。
寂しいって言うのも。
全部迷惑になる気がして。
でも。
黒瀬さんは、そんな私の言葉をちゃんと喜んでくれる。
「……頑張ります」
『はい』
「……少しずつ」
『それで十分です』
優しい声だった。
私はスマホを耳に当てたまま、小さく目を閉じる。
——“会いたい”って、こんなに温かい言葉だったんだ。




