彼女、風邪を引く
第二十四話 「彼女、風邪を引く」
火曜日の朝。
私はベッドの中で天井を見つめていた。
「……無理」
喉が痛い。
頭重い。
寒気する。
完全に風邪だった。
原因は分かっている。
昨日、雨の中ちょっと濡れた。
帰宅後すぐ寝ればよかったのに、黒瀬さんとのLINEが楽しくて夜更かしした。
結果これである。
「社会人失格……」
私はのろのろとスマホを手に取った。
会社へ連絡。
そのあと。
LINE。
『ごめんなさい、風邪引きました』
送信。
数秒後、即既読。
『熱あります?』
『病院行けそうですか?』
『何か食べました?』
「早い……」
返信速度が保護者。
私は苦笑しながら返した。
『熱は37.8くらいです』
『病院はまだ』
『ゼリー食べました』
すると。
『行きます』
「……は?」
思考停止。
行きます?
どこに?
いや待て。
まさか。
『家、どこですか?』
「っっ!!?」
私は飛び起きかけて、頭痛で失敗した。
いやいやいや。
無理。
部屋汚い。
髪ボサボサ。
すっぴん。
今の私は“終わってる陰キャ女体調不良ver.”である。
『大丈夫です』
『寝ててください』
全然大丈夫じゃない。
だが。
『彼女が体調悪いのに放置する方が無理です』
その一文を見た瞬間。
「……ずるい」
断れなくなった。
◇
一時間後。
インターホンが鳴る。
私は毛布にくるまりながら玄関へ向かった。
開ける。
「……こんにちは」
「こんにちは、じゃないです」
黒瀬さんだった。
コンビニ袋を持っている。
マスク姿。
少し心配そうな顔。
「顔赤いですね」
「熱あるので……」
「知ってます」
そのまま自然に部屋へ入ってくる。
「お邪魔します」
「……汚いですよ」
「そんな見てないです」
「いやでも」
「瀬名さん」
「……はい」
「今は休むの優先してください」
「……」
その言い方が優しすぎて、少し黙る。
黒瀬さんは慣れた様子で飲み物やゼリーをテーブルへ置いた。
「薬は?」
「あります……」
「飲みました?」
「まだ」
「飲んでください」
「……はい」
完全に看病モード。
なんか悔しい。
でも安心する。
「とりあえず座って」
「……はい」
ソファへ座る。
すると黒瀬さんが額へ手を伸ばした。
「っ」
冷たい手。
おでこに触れる。
「……ちょっと熱高いですね」
「……」
「瀬名さん?」
「心臓に悪いです」
「なんで」
「急に触るので……」
黒瀬さんが小さく笑う。
「こんな時までそれ言うんですね」
「……条件反射なので」
自分でも何言ってるか分からない。
熱のせいで頭がおかしい。
薬を飲む。
ゼリーを食べる。
その間も黒瀬さんはずっと隣にいた。
「……仕事、大丈夫だったんですか」
「午前だけにしました」
「え」
「午後休み」
「……そこまでしなくても」
すると。
黒瀬さんが少し眉を下げた。
「しますよ」
「……」
「好きな人なんで」
またそれだ。
こんな状態でも心臓が跳ねる。
私は毛布へ顔を埋めた。
「……今、反則です」
「なんでですか」
「弱ってるので……」
黒瀬さんが笑う。
その声が、妙に安心した。
静かな部屋。
薬のせいか、少し眠くなってくる。
「……黒瀬さん」
「はい」
「帰っても大丈夫ですよ」
「嫌です」
「即答……」
「寝るまでいます」
私は目を瞬かせた。
そのあと、小さく笑ってしまう。
「……過保護」
「彼氏なので」
「……それ便利な言葉ですよね」
「使える時に使います」
ずるい。
でも。
弱ってる時にそばにいてくれる人がいるって、こんなに安心するんだ。
私はぼんやりしながら、黒瀬さんの肩へ少しだけ寄りかかった。
「……」
一瞬、空気が止まる。
でも次の瞬間。
すごく優しい手つきで、頭を撫でられた。
「寝てください」
「……子供扱い」
「今だけです」
私は目を閉じる。
頭痛はまだ少しある。
でも。
胸の奥は、驚くほど温かかった。




