彼女が可愛い黒瀬
第二十三話 「彼女が可愛すぎて、理性が忙しい」
黒瀬視点
正直に言うと。
最初は、こんなにハマると思ってなかった。
朝の通勤電車。
いつも同じ車両に乗っている、無表情な女性。
綺麗な人だな、とは思った。
でもそれだけだった。
話しかけづらそうで。
近寄りがたい雰囲気で。
実際、初めて目が合った時なんか、“話しかけるな”オーラがすごかった。
——なのに。
「……おはようございます」
「っ、おはようございます」
今。
俺の隣でぎこちなく挨拶してるこの人は、驚くほど表情が柔らかい。
瀬名。
俺の彼女。
「……」
ちら、と横を見る。
今日も分かりやすく照れている。
昨日キスしたからだろう。
いや、正確には。
“人生初でした”の破壊力がまだ尾を引いている。
あれは反則だった。
普通に理性が飛びかけた。
「……黒瀬さん」
「はい?」
「さっきから何かニヤニヤしてません?」
「してました?」
「してます」
鋭い。
でも理由は言えない。
“昨日の瀬名さん思い出してました”なんて言ったら、たぶんまた真っ赤になる。
いや、それはそれで可愛いけど。
……ダメだな。
最近ずっとこんな感じだ。
何しても可愛い。
拗ねても可愛い。
嫉妬しても可愛い。
好きって言うたび固まるのも可愛い。
しかも本人、自覚薄い。
危険すぎる。
電車が揺れる。
瀬名の肩が軽く触れた。
「っ……」
ほらまた反応する。
前なら絶対こんな顔しなかった。
今はもう、感情が顔に出る。
その変化を見るたび、嬉しくなる。
「……瀬名さん」
「はい」
「最近、前より距離近くなりましたよね」
「……そうですか?」
「はい」
昔なら、肩が触れただけで離れていた。
でも今は。
離れない。
むしろ、少しだけ寄ってくる時もある。
昨日、ソファでもたれてきた時なんか、本当に心臓止まるかと思った。
「……黒瀬さん」
「なんですか?」
「なんか今日、機嫌よくないですか」
「いいですよ」
「即答」
「彼女が可愛いので」
「っっ……」
あ、また固まった。
数秒フリーズしたあと、瀬名は顔を逸らした。
「……最近、遠慮なくなってきましたよね」
「好きな人には言います」
「火力が高い……」
小さく呟く声。
耳まで赤い。
可愛い。
……本当に危ない。
最初は、もっとクールな人だと思ってた。
恋愛とか興味なさそうで。
一人で生きていけそうで。
でも実際は違った。
寂しがり屋で。
不器用で。
好きなもの隠すの下手で。
でもちゃんと相手を見てる。
優しい。
そして何より。
俺に向ける感情が、全部真っ直ぐだ。
経験が少ない分、駆け引きもしない。
嫌な時は嫌そうな顔するし。
嬉しい時はちょっと口元が緩む。
嫉妬すると静かになる。
分かりやすすぎる。
でも、だから安心する。
「……」
ふと。
瀬名の手を見る。
少し迷ってから、そっと指先を触れた。
「っ」
すぐ反応する。
でも、振り払わない。
むしろ少しだけ握り返してくる。
その瞬間。
胸の奥が、じわっと熱くなった。
「……瀬名さん」
「……はい」
「好きです」
「…………」
また止まった。
でも数秒後。
瀬名は俯いたまま、小さく呟く。
「……私も」
声、小さい。
でもちゃんと聞こえた。
たぶんこの人は、一生こうなんだろう。
素直になるまで時間かかって。
言ったあと恥ずかしくなって。
でも逃げずに、ちゃんと返してくれる。
それが愛しかった。
新宿駅に着く。
人混み。
改札へ向かう流れ。
その中で、瀬名が小さく服の裾を掴んだ。
「……?」
「……人多いので」
言い訳。
でも。
離れたくないのが分かる。
俺は笑いそうになるのを堪えながら、その手を握った。
「はいはい」
「……子供扱いしないでください」
「してません」
してない。
ただ。
大事で仕方ないだけだ。
——多分俺はこれから先、何回でもこの人に惚れ直す。




