一緒にいる。それだけ
第二十話 「“一緒にいる”だけで満たされる時間がある」
黒瀬さんの部屋は、想像通りだった。
「……綺麗」
「最低限ですよ」
「最低限でこれなら十分すぎます」
白とグレーでまとまった部屋。
シンプル。
物が少ない。
でも無機質すぎるわけじゃない。
本棚。
観葉植物。
ソファ。
そして、ちゃんと生活感がある。
「……なんか黒瀬さんっぽい」
「どういう意味ですか」
「落ち着いてる感じ」
黒瀬さんが少し笑う。
「瀬名さんの部屋は?」
「……見せられないです」
「なんで」
「ぬいぐるみ多いので」
「可愛い」
「だからそれ軽率に言うのやめてください」
黒瀬さんが楽しそうに笑う。
私は靴を脱ぎながら、そっと部屋を見回した。
好きな人の空間。
それだけで変に緊張する。
「適当に座ってください」
「……はい」
ソファへ座る。
ふわっと柔らかい。
落ち着く匂い。
たぶん柔軟剤。
ダメだ。
“彼氏の家”の情報量が多すぎる。
「コーヒー大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「砂糖入れます?」
「少しだけ」
「了解です」
キッチンへ向かう黒瀬さん。
その後ろ姿を見ながら、私はぼんやり思う。
……好きだな。
静かな部屋。
コーヒーを淹れる音。
こういう時間が心地いいと思ってる時点で、かなり重症だ。
「はい」
「……ありがとうございます」
マグカップを受け取る。
温かい。
黒瀬さんは向かいではなく、私の隣へ座った。
「っ」
距離。
近い。
いや恋人だから普通なんだけど。
でもまだ慣れない。
「緊張してます?」
「……ちょっと」
「意外と警戒心強いですよね」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「俺?」
「……好きな人だからです」
言ってから固まる。
しまった。
今のだいぶ恥ずかしい。
だが。
黒瀬さんも少し止まった。
「……瀬名さん」
「……はい」
「最近、急に火力高い時ありますよね」
「自覚ないです……」
「こっちの心臓に悪いので気をつけてください」
「お互い様では?」
すると黒瀬さんが吹き出した。
「確かに」
少し笑い合う。
その空気が、すごく自然だった。
無理してない。
気を遣いすぎなくていい。
ただ隣にいるだけで落ち着く。
それが嬉しかった。
その時。
「映画でも見ます?」
「何あります?」
「アクションとホラーと恋愛」
「恋愛は嫌です」
「なんで」
「気まずいので……」
「何を意識してるんですか」
「うるさいです」
結局、無難にアクション映画になった。
ソファに並んで座る。
映画が始まる。
でも。
正直、内容あんまり入ってこなかった。
近い。
肩が近い。
たまに腕が触れそうになる。
意識しない方が無理だ。
すると。
不意に、黒瀬さんが小さく笑った。
「瀬名さん」
「……はい?」
「映画よりこっち気にしてません?」
「っ」
図星。
「……集中してます」
「主人公の名前言えます?」
「……」
「言えないんだ」
「うるさい……」
黒瀬さんがまた笑う。
その笑い声を聞いてると、悔しいのに安心する。
その時。
映画の爆発音にびくっと肩が揺れた。
「あ、ごめんなさい」
反射的に少しぶつかってしまう。
すると。
「……」
黒瀬さんが自然に肩を寄せた。
軽く触れる距離。
でも離れない。
私は息を止めた。
「……黒瀬さん」
「はい」
「これ、映画集中できないです」
「俺もです」
「……」
「瀬名さん近いので」
ダメだ。
もう本当に。
私は顔を隠すようにマグカップへ口をつけた。
でも。
隣から伝わる体温が、嫌じゃない。
むしろ落ち着く。
こんな風に誰かと静かな時間を過ごす未来なんて、昔の私は想像もしていなかった。
恋愛ってもっと、派手で疲れるものだと思ってた。
でも。
“ただ一緒にいるだけで幸せ”な時間もあるんだ。
私はそっと、黒瀬さんの肩にもたれた。
一瞬だけ。
黒瀬さんが息を呑む気配。
そのあと、すごく優しい声が落ちてくる。
「……可愛い」
「今それ言うの禁止です……」
でも。
小さく笑う声を聞きながら、私は思った。
たぶん今、人生で一番満たされてる。
(続く)




