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お家デート

第十九話 「彼氏の家に行くというイベント、難易度設定がおかしい」


 金曜日の夜。


 私はソファの上でスマホを見つめていた。


『明日、もし予定なかったらうち来ます?』


「…………」


 私は五分前から停止していた。


 うち来ます?


 うち。


 家。


 つまり。


 黒瀬さんの家。


「無理では???」


 思わず声が出た。


 いや待て落ち着け。


 別に深い意味じゃない。


 たぶん。


 映画見るとか。


 コーヒー飲むとか。


 そういう健全なやつだ。


 でも。


 “彼氏の家”という単語の破壊力が強すぎる。


 私はクッションを抱えながら天井を見上げた。


「早くない……?」


 付き合ってまだ二週間ちょっと。


 いやでも社会人だし普通なのか?


 分からない。


 恋愛初心者、基準が存在しない。


 だが問題はそこじゃない。


 ——行きたい。


 めちゃくちゃ行きたい。


 好きな人の部屋とか、気になるに決まってる。


 どんな音楽聴くんだろう。


 本棚あるのかな。


 部屋綺麗かな。


 生活感あるのかな。


「……」


 想像した瞬間、急に恥ずかしくなった。


 なんか。


 距離が近い。


 “恋人”感が強い。


 私はスマホを抱えて転がった。


『……行きたいです』


 送信。


 数秒後。


『よかった』


『片付け間に合って』


「普段は片付いてないんだ……」


 ちょっと安心した。


 ◇


 翌日。


 私は駅前で死にそうになっていた。


「帰りたい……」


 いや帰らないけど。


 でも緊張する。


 服装これで合ってる?


 重くない?


 気合い入りすぎてない?


 逆に地味すぎる?


 考えすぎて分からなくなった。


「瀬名さん」


「っ」


 黒瀬さんが歩いてくる。


 ラフな私服。


 ニットにデニム。


 休日感。


 その自然体がまた格好いい。


「おはようございます」


「……おはようございます」


「緊張してます?」


「してません」


「嘘だ」


「……してます」


 即バレた。


 黒瀬さんが小さく笑う。


「そんな警戒しなくても」


「いやだって……」


「だって?」


「……好きな人の家、初めてなので」


 言った瞬間、恥ずかしくなる。


 でも。


 黒瀬さんは少し目を丸くしたあと、ふっと笑った。


「……なんか今の、結構嬉しいです」


「なんで」


「特別感あるので」


 ずるい。


 そうやってすぐ喜ぶ。


 でも。


 嬉しそうな顔を見ると、私も少し安心した。


 電車に乗る。


 休日だから少し空いていた。


「そういえば」


 黒瀬さんがこちらを見る。


「瀬名さんって、男の人の部屋に警戒心あります?」


「……一応あります」


「よかった」


「え」


「全くなかったら逆に心配なので」


「……」


 なんか。


 そういう感覚ちゃんとしてるところ、本当にずるい。


 安心する。


 でも安心したせいで、余計に好きになる。


 最寄り駅へ着く。


 住宅街。


 静かな道。


 並んで歩く。


 すると黒瀬さんが少しだけ笑った。


「瀬名さん、さっきからずっとキョロキョロしてますよ」


「……落ち着かないので」


「可愛い」


「何でもそれで済ませようとしないでください」


 だが本当に落ち着かなかった。


 好きな人の生活圏。


 知らない黒瀬さんがいっぱいある気がする。


 そして数分後。


「ここです」


「……」


 マンション。


 オートロック。


 普通にちゃんとしてる。


 なんか急に現実味。


 エレベーター。


 沈黙。


 心臓うるさい。


「……瀬名さん」


「はい」


「顔赤いです」


「放っておいてください……」


 チン。


 扉が開く。


 廊下。


 鍵を開ける音。


 そして。


「どうぞ」


 黒瀬さんの部屋。


 私は数秒固まったあと、小さく息を吸った。


「……お邪魔します」


 その瞬間。


 ふわっと、柔らかいコーヒーの匂いがした。


 ——ああ。


 好きな人の空間って、こんな感じなんだ。


(続く)

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