好き
第十八話 「“好き”って言葉、破壊力が高すぎる」
付き合って二週間。
私は新たな問題に直面していた。
「……“好き”って、どうやって言うの」
昼休み。
社員食堂の隅。
向かいの高橋が盛大に吹き出した。
「今さら!?」
「だって言ったことないし……」
「告白の時なんて言ったの?」
「“多分好きです”」
「保険かけすぎだろ」
うるさい。
でも事実だった。
私は昔から、自分の感情をストレートに出すのが苦手だ。
好き。
嬉しい。
寂しい。
そういう言葉を飲み込む癖がある。
だから今も、“好き”をちゃんと口にできていなかった。
「黒瀬さんは普通に言うんだよな……」
「あー、言いそう」
『好きな人といるので』
『一番好きなのは瀬名さんなので』
『ちゃんと大事にしてますよ』
火力が高い。
自然体で言うから余計に強い。
「で、なんで急に?」
「……昨日」
「うん」
「電話で、“好きです”って言われた」
「おお〜〜〜〜〜」
高橋がニヤニヤする。
私は机に突っ伏した。
「無理だった……」
「何て返したの?」
「……“ありがとうございます”」
「会社のメール?」
自分でも思う。
何だ“ありがとうございます”って。
感謝祭か。
「だって急に来ると思わないじゃん……」
「瀬名、恋愛偏差値低すぎる」
「知ってる……」
でも。
ちゃんと返したいと思った。
黒瀬さんがくれる言葉に、逃げずに向き合いたかった。
◇
その日の帰り。
私は駅へ向かいながら、ずっとソワソワしていた。
今日、言えるかな。
好きって。
いや無理かも。
でも言いたい。
いやでも。
「……」
情緒が忙しい。
ホームへ着くと、黒瀬さんはもう来ていた。
「お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
隣へ並ぶ。
落ち着く匂い。
声。
距離。
もう全部が“好きな人”として認識されてしまっている。
「なんか今日、静かですね」
「……考え事してました」
「仕事?」
「違います」
「じゃあ?」
「……言いません」
黒瀬さんが少し笑う。
「気になる」
「内緒です」
電車が来る。
並んで乗り込む。
今日は少し空いていた。
吊り革を掴みながら、なんとなく視線が合う。
すると黒瀬さんが、ふっと目を細めた。
「瀬名さん」
「……はい?」
「最近、前より素直になりましたよね」
「え」
「前はもっと隠してたので」
ドキッとする。
そんな変わっただろうか。
「ちゃんと拗ねるし、嫉妬するし、嬉しい時顔緩むし」
「……観察しすぎでは」
「好きなので」
「っ」
またそれだ。
急に真っ直ぐ来る。
私は耐えきれず顔を逸らした。
でも。
今日は逃げたくなかった。
だから小さく息を吸って。
「……黒瀬さん」
「はい」
「私も」
喉が熱い。
恥ずかしい。
でも。
「……好きです」
言った。
ちゃんと。
初めて、自分から。
数秒、沈黙。
やばい。
恥ずかしすぎる。
今すぐ降りたい。
その時。
「……」
「……黒瀬さん?」
顔を見る。
すると。
黒瀬さんが、珍しく固まっていた。
「……え」
「え?」
「いや」
黒瀬さんが片手で口元を覆う。
耳が赤い。
「不意打ちすぎて、ちょっと今ダメです」
「……」
私は目を瞬かせた。
え。
照れてる?
この人が?
「……黒瀬さんでもそうなるんですね」
「なりますよ普通に」
「普通に?」
「好きな人から好きって言われたら、そりゃ嬉しいので」
「っ」
また心臓。
だが今は、それ以上に。
少しだけ嬉しかった。
私ばっかり振り回されてると思ってた。
でも。
黒瀬さんもちゃんと、私の言葉で照れてくれる。
その事実が、たまらなく愛しかった。
すると黒瀬さんが、小さく笑った。
「……なんか今日、ずっと幸せですね」
「……」
「瀬名さんが好きって言ってくれたので」
私は俯きながら、小さく呟く。
「……そんなにですか」
「そんなにです」
即答だった。
私は少しだけ笑う。
そして思う。
“好き”って、言うの怖かったけど。
ちゃんと伝えると、こんなに嬉しいんだな。
(続く)




