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格好いいを受け入れたい

第十七話 「彼氏が格好いいという事実、そろそろ受け入れたい」


 休日デート——という名の“まだその単語を口にすると死ぬイベント”は、思った以上に穏やかだった。


 カフェへ行って。


 本屋を回って。


 雑貨屋で意味もなくマグカップを眺めて。


 ただ並んで歩いているだけ。


 なのに。


 ずっと楽しい。


「……不思議」


「何がですか?」


 本屋のレジ待ち中。


 黒瀬さんがこちらを見る。


「いや、こんなに長時間人と一緒にいて疲れてないの初めてかもって」


「あー」


 黒瀬さんが少し笑った。


「瀬名さん、基本ソロプレイヤーですもんね」


「言い方」


「でも分かります」


「黒瀬さんも?」


「一人の時間好きなので」


 その感覚が近いのも、たぶん居心地いい理由なんだろう。


 無理に盛り上げなくていい。


 沈黙が怖くない。


 それって、私にとってかなり特別だった。


 店を出る。


 外は少し夕焼けが始まっていた。


 オレンジ色の光。


 人混み。


 繋いだままの手。


「……」


 まだ慣れない。


 慣れないけど。


 離したいとは思わなかった。


 その時。


「黒瀬?」


 後ろから声。


 二人同時に振り返る。


 そこにいたのは、スーツ姿の女性だった。


 長めの黒髪。


 綺麗系。


 仕事できそう。


「あ、やっぱ黒瀬だ」


「……どうも」


 黒瀬さんが少し苦笑する。


 知り合いらしい。


 女性の視線がこちらへ移る。


 そして。


「……え?」


 一瞬、目を丸くした。


 理由は明白。


 ——私たち、手を繋いでる。


「あー……」


 黒瀬さんが珍しくちょっと困った顔をする。


「会社の人です」


「初めまして」


 私は軽く頭を下げた。


 すると女性がニヤッと笑う。


「へぇ〜〜〜」


 嫌な予感。


「黒瀬がちゃんと彼女連れてるの初めて見た」


「言い方」


「だってあんた、恋愛興味なさそうだったじゃん」


「……まぁ」


 私はちらっと黒瀬さんを見る。


 恋愛興味なさそう。


 分かる。


 正直、最初はそう見えた。


 女性はさらにこちらを見る。


「しかもめちゃくちゃ大事にしてそう」


「っ」


 急に爆弾投げるな。


 私は固まる。


 一方、黒瀬さんは小さくため息をついた。


「先輩、そういうの本人前で言わないでください」


「図星なんだ」


「……否定はしませんけど」


「…………」


 無理。


 今の無理。


 心臓が。


 私は俯いた。


 熱い。


 耳まで熱い。


 すると女性——先輩らしき人が吹き出した。


「うわ、彼女さんめっちゃ照れてる」


「からかわないでください」


「いやでも可愛いね、この子」


「……」


 やめてほしい。


 陰キャは複数人からの好意的視線に弱い。


 処理落ちする。


「じゃ、お邪魔しました〜」


 先輩は楽しそうに手を振る。


「今度ちゃんと紹介してよ」


「気が向いたら」


「その言い方絶対しないやつじゃん」


 そう言い残し、去っていった。


 沈黙。


 数秒。


 私はまだ顔を上げられなかった。


「……瀬名さん」


「……はい」


「大丈夫ですか」


「無理です」


「即答」


「情報量が多い……」


 黒瀬さんが少し笑う。


「すみません、うちの会社の人たち距離感近くて」


「……いや」


 問題はそこじゃない。


「……否定しなかったので」


「え?」


「“大事にしてそう”」


 言いながらまた恥ずかしくなる。


 何確認してるんだ私は。


 でも。


 黒瀬さんは少しだけ目を丸くしたあと、静かに笑った。


「だって本当なので」


「っ」


 終わった。


 今日何回目だ。


 私は顔を覆った。


「……黒瀬さん」


「はい?」


「自覚あります?」


「何の」


「そういうこと自然に言うの、かなり危険です」


「でも瀬名さん、ちゃんと喜んでくれるじゃないですか」


「……」


 否定できない。


 悔しい。


 すると黒瀬さんが、少しだけ手を握り直した。


「ちゃんと大事にしてますよ」


「……」


「だから安心してください」


 その声は、驚くほど優しかった。


 私はゆっくり顔を上げる。


 夕焼けの中で笑う黒瀬さんは、やっぱりずるいくらい格好よかった。


 そして私は思う。


 ——彼氏が格好いいって、こんなに心臓に悪いんだな。


(続く)

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