幸福と羞恥で死ぬ
第十六話 「恋人っぽいことをすると、幸福と羞恥で死ぬ」
日曜日。
私は昼前に目を覚ました。
「……」
天井を見る。
数秒後、枕の横のスマホを手に取る。
通知。
『おはようございます』
黒瀬さん。
送信時刻、8:12。
「早い……」
でも口元が少し緩む。
付き合う前は、休日に連絡が来るなんて考えもしなかった。
今は違う。
朝起きて、一番最初に確認する相手になってる。
重症だ。
私は布団に潜りながら返信した。
『おはようございます』
少し悩んでから、追撃。
『昨日、飲み会お疲れ様でした』
送信。
するとすぐ既読がつく。
『ありがとうございます』
『今日は予定あります?』
「……っ」
心臓が跳ねる。
この感じ、まだ全然慣れない。
私は数秒悩み、正直に返した。
『特にないです』
『じゃあ、少し出かけません?』
「…………」
私はスマホを見つめたまま固まった。
出かける。
二人で。
休日に。
それってもう、かなりデートでは?
「……」
いや今さらか。
付き合ってるんだし。
でもやっぱり慣れない。
私は顔を覆ったあと、ゆっくり返信した。
『……行きます』
◇
二時間後。
私は駅前で死にそうになっていた。
「服、これでよかったかな……」
鏡の前で三回着替えた結果、結局シンプルなニットとロングスカートになった。
頑張りすぎ感を出したくない。
でも地味すぎるのも嫌。
結果、“悩んだ痕跡だけ残る服装”になった。
その時。
「瀬名さん」
「っ」
振り返る。
黒瀬さん。
私服。
白シャツに黒ジャケット。
シンプルなのに格好いい。
ずるい。
「お待たせしました」
「いや、俺も今来たところです」
嘘だ。
絶対ちょっと前からいた。
でもそういう気遣いする人だ。
「……」
「……」
一瞬、沈黙。
付き合ったのに、未だに最初の数秒は緊張する。
すると黒瀬さんが少し笑った。
「今日、なんかいつもより静かですね」
「……緊張してるので」
「素直」
「今さら取り繕っても仕方ないかなって」
「それは助かります」
黒瀬さんが優しく笑う。
ダメだ。
休日の破壊力が高い。
会社帰りより柔らかい雰囲気で、余計に心臓に悪い。
「とりあえず、どうします?」
「……黒瀬さん、休日いつも何してるんですか」
「カフェ行ったり、本屋行ったり」
「……なんかオシャレ」
「偏見ですよね、それ」
「ちょっとだけ」
少し笑いながら歩き出す。
並んで歩く。
それだけなのに、妙に照れくさい。
ふと横を見ると、黒瀬さんも少しだけ口元が緩んでいた。
「……黒瀬さん」
「はい?」
「なんか今日、機嫌よくないですか」
「バレました?」
「ちょっと」
すると黒瀬さんは、あっさり言った。
「好きな人と出かけてるので」
「っっ……」
無理。
心臓がもたない。
私は反射的に顔を逸らした。
「……そういうの、さらっと言うの禁止にしません?」
「なんでですか」
「耐性ないので……」
「じゃあ少しずつ慣れてください」
「横暴だ……」
黒瀬さんが笑う。
その時。
人混みの中、自然に距離が近づく。
肩が軽く触れた。
「……」
意識する。
すると黒瀬さんが、少しだけこちらを見た。
「手、繋ぎます?」
「…………」
思考停止。
唐突。
直球。
私は数秒固まったあと。
「……人、多いですしね」
意味不明な返答をした。
黒瀬さんが吹き出す。
「理由付けしないと無理なんですね」
「うるさいです……」
でも。
差し出された手を、私はちゃんと取った。
指先が触れる。
絡まる。
その瞬間。
胸の奥がぎゅっと熱くなった。
「……っ」
「瀬名さん、顔赤い」
「今言わないでください……」
「ふはっ」
楽しそうに笑う声。
悔しい。
でも。
その手の温度が、嬉しかった。
こんな風に誰かと歩く未来なんて、少し前の私は想像もしていなかった。
——一目惚れなんて、くだらないと思ってたのに。
今の私は、その“くだらない始まり”に救われている。
(続く)




