初めての彼女面
第十五話 「初めての“彼女面”、自己嫌悪セットでお送りします」
土曜日。
私はソファの上でスマホを睨んでいた。
『今日は大学時代の友達と飲み行ってきます』
黒瀬さんからのLINE。
送られてきたのは一時間前。
問題はそのあとだった。
『女も何人かいるので、一応報告だけ』
「……」
私は無言でクッションに顔を埋めた。
何その“ちゃんとしてる彼氏”みたいな連絡。
いや、ちゃんとしてるのは良いことだ。
良いことなんだけど。
問題は私の心である。
「……気になる」
めちゃくちゃ気になる。
誰。
女って誰。
何人?
可愛いの?
黒瀬さんと仲いいの?
距離近かったりする?
「うわ最低……」
まだ付き合って一週間も経ってないのに、独占欲みたいな感情が出てきてる。
重い女じゃん。
私は天井を見上げた。
でも仕方なくない?
好きなんだから。
……いやでも。
信じろ。
黒瀬さんはそういう適当な人じゃない。
分かってる。
分かってるんだけど。
スマホを開く。
閉じる。
また開く。
「何送ればいいの……」
『楽しんできてください』
←彼女として正解っぽい。
『飲みすぎ注意です』
←保護者?
『女の人と距離近かったら嫌です』
←重い。却下。
私は十分くらい悩んだ末、結局。
『楽しんできてください』
だけ送った。
そして五秒後。
『瀬名さん』
『今ちょっと拗ねました?』
「っっっ!!?」
なんで分かるんだこの人。
エスパーか?
私は即座にスマホを伏せた。
顔が熱い。
返信どうしよう。
いやでも否定したら嘘になる。
肯定するのも恥ずかしい。
結果。
『……少しだけ』
送ってしまった。
「終わった……」
彼女面した。
完全にした。
だが数秒後。
『可愛い』
「うるさい!!!!」
思わず声が出た。
私はクッションへ顔を埋めながら足をバタつかせる。
何なんだこの人。
情緒を壊しに来てる?
さらに通知。
『でも安心してください』
『一番好きなのは瀬名さんなので』
「…………」
私はスマホを見つめたまま固まった。
数秒後。
「無理……」
顔が熱い。
心臓うるさい。
語彙力消滅。
そして。
気づけば私は、ソファの上でニヤけていた。
◇
その夜。
二十二時過ぎ。
『今帰りです』
黒瀬さんから連絡。
私はすぐ返信した。
『ちゃんと帰れてえらいですね』
送った瞬間、少し後悔する。
何その返信。
彼女というより母親では?
だが。
『瀬名さん、たまに言い方おばあちゃんですよね』
「誰がおばあちゃんですか」
即返信してしまった。
するとすぐ既読。
『怒った』
『可愛い』
「だからそれやめてください……」
送信。
数秒後。
『今電話しても大丈夫ですか?』
「…………は?」
私は固まった。
電話。
電話???
難易度が急に上がった。
LINEですら毎回悩んでるのに。
音声?
リアルタイム?
無理では?
だが断る理由もない。
むしろ声聞きたい。
私は数十秒悩んでから。
『……大丈夫です』
送信した。
そして数秒後。
着信。
「っ……」
私は深呼吸してから通話ボタンを押した。
「……も、もしもし」
『もしもし』
耳に直接届く黒瀬さんの声。
近い。
いや距離は遠いけど。
感覚が近い。
無理。
『緊張してます?』
「……してません」
『嘘だ』
「……してます」
黒瀬さんが電話越しに笑う。
その声だけで、また心臓が跳ねた。
『なんか不思議ですね』
「……何がですか」
『こうやって電話してるの』
「……確かに」
『でも声聞けるの、結構嬉しい』
「っ」
ダメだ。
この人、本当にさらっとそういうこと言う。
私はクッションを抱き締めながら、小さく息を吐いた。
「……私もです」
数秒、沈黙。
でも嫌な沈黙じゃない。
むしろ、落ち着く。
すると黒瀬さんが、少し優しい声で言った。
『瀬名さん』
「……はい」
『今日、ちょっと嫉妬してくれて嬉しかったです』
「……っ」
『ちゃんと彼女なんだなって思えたので』
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。
彼女。
まだ慣れない単語。
でも。
黒瀬さんの“彼女”なら、少しだけ嬉しいと思ってしまった。
(続く)




