彼女っぽいこと
第十四話 「彼女っぽいこと、難易度高すぎる」
付き合い始めて三日。
私は重大な問題に直面していた。
「……彼女って、何すればいいの」
昼休み。
社員食堂の隅で、私は真顔で呟いた。
向かいに座る高橋が爆笑する。
「知らんがな」
「だって経験ないし……」
「まぁ瀬名だもんねぇ」
「今すごい失礼だった」
高橋は味噌汁を飲みながらニヤニヤしていた。
「で? 進展は?」
「……特に」
「手繋いだ?」
「事故みたいな感じなら」
「事故?」
「電車揺れて」
「あーはいはい」
高橋が完全にニヤついている。
私は顔を伏せた。
「……なんか、全部慣れない」
「まぁ最初なんてそんなもんでしょ」
「距離感が分かんない」
「例えば?」
「LINEの頻度とか……」
「あー」
それが今、一番困っていた。
黒瀬さんはちゃんと連絡をくれる。
『おはようございます』
『仕事お疲れ様です』
『ちゃんと昼食べました?』
優しい。
優しいんだけど。
私は返信するたびに悩んでいた。
『了解です』
←冷たくない?
『ありがとうございます』
←会社のメール?
『☺️』
←無理。
絵文字を打った瞬間、自分じゃない何かになる。
「恋愛って難しい……」
「瀬名、真面目すぎるんだって」
高橋が笑う。
「もっと適当でいいの。好きな人との会話なんて」
「適当って難しくない?」
「難しく考えるから難しいんだよ」
私はスマホ画面を見る。
昨夜のトーク。
『明日寒いらしいので、暖かくしてください』
黒瀬さん。
なんかもう、彼氏というより保護者感ある。
「……黒瀬さん、距離感うまいんだよな」
「瀬名が初心者すぎる説もある」
「否定できない」
◇
その日の帰り。
私は駅へ向かいながら、スマホを見ていた。
『今日は少し遅れます』
黒瀬さんからのメッセージ。
『先に乗ってても大丈夫ですよ』
私は数秒悩んでから返信した。
『待ってます』
送信。
「…………」
送ったあとで恥ずかしくなる。
重くない?
大丈夫?
でも数秒後。
『嬉しいです』
その返信を見た瞬間。
「っ……」
無理。
口元が緩む。
私は慌ててスマホを伏せた。
そして十分後。
改札前。
「すみません、お待たせしました」
「……いえ」
黒瀬さんが小走りで来た。
少し髪が乱れてる。
珍しい。
「仕事大変だったんですか?」
「会議長引いて」
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
並んで歩く。
自然に隣へ並ぶ距離感が、まだ少し照れくさい。
すると黒瀬さんが、ふとこちらを見た。
「瀬名さん」
「……はい?」
「今日、なんか機嫌いいですね」
「え」
「顔柔らかい」
またバレてる。
私は視線を逸らした。
「……別に普通です」
「いや、多分“嬉しいです”が嬉しかった」
「っ」
直接言うな。
そんなこと。
黒瀬さんは少し笑った。
「瀬名さんって、たまにストレートですよね」
「どこがですか」
「たまに不意打ちで可愛いこと言うので」
「言ってません」
「言ってます」
ダメだ。
会話のたびに体温が上がる。
その時。
人混みで軽く肩がぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
通行人が去っていく。
その流れで、少しだけ身体がよろける。
すると。
自然に。
本当に自然に。
黒瀬さんが私の手を取った。
「……っ」
指先。
温度。
一瞬で心臓が跳ね上がる。
「人多いですね」
黒瀬さんは普通に言う。
でも。
手、繋いでる。
普通に。
私は完全にフリーズした。
「瀬名さん?」
「……ちょっと待ってください」
「また処理中ですか」
「容量が足りない」
黒瀬さんが吹き出す。
「ふはっ、そんなに?」
「そんなにです……」
私は俯いたまま、小さく手を握り返した。
すると。
一瞬だけ。
黒瀬さんが少し驚いた顔をした。
そのあと、すごく優しく笑う。
「……」
その顔を見た瞬間、思う。
彼女っぽいことなんて、まだ全然分からない。
でも。
こうやって隣にいる時間が嬉しいって気持ちだけは、本物だった。
(続く)




