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9 クラスマッチ①「完走を目指します」

 全校集会は体育館で行われた。当たり前だが御代田高校の全校生徒が集まっている。


 今日までが任期の三年生役員達の挨拶が終わると、次期生徒会役員の選挙となる。

 選挙で選ばれるのは生徒会長、生徒会副会長、文化祭実行委員長、風紀委員長の四名だ。


「本年度も、各役員の立候補者が一名しかおりませんので、信任投票となります。選挙演説は割愛して、各候補者から一言ずつ自己紹介をしていただきます。」


 選挙管理委員から説明があった。

 それはよかった。形式的な選挙演説は時間の無駄だ。

 各候補者が本当に一言ずつ、自己紹介をして、投票の段取りとなった。


「今回は、デジタル研究部の協力により、タブレットで投票し、即時開票します。三年A組より、順番に進んでいただき、タブレットの信任、または不信任のボタンをタッチしてください。」


 舞台下に四台のタブレット端末がセットされた。一台ずつに役職名の札が貼ってある。紙で。

 生徒が行列になり、一台ずつタブレットにタッチしていく方式だ。それぞれに選管委員のスタッフがついて、一票ごとに投票画面をリセットするらしい。手で。

 よほどのひねくれ者でもない限り、四台の端末で「信任」のボタンを押すだけだから、行列は順調に進んで、投票が完了した。


「それでは、投票の結果を発表します。」


 文化祭実行委員長にだけ、なぜか三票の不信任票が投じられていたが、あとの三役は満票で信任された。

 選ばれた四名の新役員が、壇上で就任の挨拶をする。生徒会長は最後に大トリを務める。


「このたび生徒会長に選任いただきました、二年B組の成川亜希です。」


 まったくもって、堂々たる風格だ。


「この御代田高校にはさまざまな個性が集まり、互いの個性を尊重し合う校風があります。」


 たしかに、よく言えばそうとも言える。


「開校以来の伝統を受け継ぎながらも、新しい風に柔軟に対応して、本校生徒の高校生活がより充実したものとなるよう、生徒会長として全力で、」


と、そこまで言って、壇上の亜希は言葉を切った。


「と、申し上げるつもりでいたのですが」


 マイクの前で、亜希が笑ったように見えた。いや、たしかに笑っている。


「実は先日、友人から忠告されまして、どうも私は全力すぎる、やりすぎる性格のようです。なので、あまり力を入れすぎることのないよう楽しく生徒会を運営し、より自由で闊達な高校にしていきたいと思います。皆さん、ぜひ協力してください。」


 体育館に柔らかな空気が流れ、大きな拍手が起こった。一番強く拍手をしていたのは生徒会の面々だったから、パワフルすぎる新生徒会長に危惧を抱いていたメンバーが多かったのかもしれない。


「悠生、そんなこと言ったんだ、勇者だねえ。」


と優琉が横から俺をつつく。亜希の家に行ったことはまだ話していなかったのだが、亜希の演説で悟ったらしい。


「いつまで持つか、わからんけどな。」


「たしかに」


 俺達は二人で肩を揺らして笑い合い、全校集会はつつがなく閉会したのだった。



 この日はさらに、放課後のロングホームルームで学校行事に関わる話し合いが行われた。

 九月下旬に行われる「クラスマッチ」の班分けだ。


 御代田高校ではいわゆる体育祭がない代わりに、スポーツ競技のクラス対抗戦「クラスマッチ」が催される。 各クラスに男女一名ずつの「クラスマッチ委員」がいて、彼らが議長役を務める。

 我が二年B組の委員は、女子テニス部の牧村陽菜(まきむらひな)と、サッカー部の剣持優琉。


 委員の二人がプリントを配ってから、教壇に並んで立った。


「今年も二日間、六つの種目で行われます。男子のミニサッカー、女子のバスケットボール、男女混合のソフトバレー、男子と女子の卓球、400mリレー。最後が男女混合の駅伝です。」


 陽菜が説明し、優琉は横で「うんうん」と頷いている。


「ルールと、各競技の人数はプリントを見てください。例年、優勝は二年生ですので、今年はこのB組で優勝を狙いたいと思っています。」


 クラスマッチは三学年各四クラス、計十二クラスで争われる。

 特進のA組は問題外として、同じ二年生のC組とD組がライバルになるわけだ。


「各種目とも、種目と同じ競技の部活からは一名しか出場できません。」


 陽菜が各競技のルールを簡単に説明してくれた。その後、優琉が一歩進み出る。


「えっと、先週、五つの部活に入っている人たちと相談して、各種目のメンバーの案を作ったんだ。これから読み上げるから、まずそれを聞いてほしい。意見や異論、変更の希望はその後聞くんで。」


 大事なところは優琉が説明するんだな、と感心していたら、陽菜が黒板に割り振り案を書いている。きれいな文字だ。そういう理由か。

 運動部や経験者が割り振られ、不足しているところを文化部と帰宅部が補う、という構成で案が作られていた。


 亜希はバスケットボールに、三琴は駅伝に、そして俺はミニサッカーにエントリーされていた。

 実は俺は事前に、優琉に根回しをしておいた。ミニサッカーには補欠があって、最低五分以上出場すれば許される。


 教室内はしばらく騒然としていたが、人選の意図や優勝に向けた戦略がわかるにつれて静かになった。


 どうやら優琉たちはソフトバレーの戦力を少し落として、他の競技で上位を狙っていく作戦を立てたようだ。全六種目、計八競技のうち三競技で優勝すれば総合優勝が狙える。残り五競技のうち二種目で準優勝すれば間違いない、と言われているから、三競技は勝てなくてもいい。

 ただし、対戦の組み合わせは開催日前日に行われる抽選会で決まるから、そのくじ運に大きく左右されることになる。


 結局、委員が中心になって作った案の通り、すべての同級生の出場種目が決定して解散となった。


 ロングホームルームの後は毎週、俺は美術部に顔を出すことにしていた。

 美術室は特別教室棟の三階にある。


 御代田高校の文化祭は七月の初めに終わっているから、今は特に手掛けている作品があるわけでもない。

 しかしその文化祭で四人の三年生が引退してからは部員は二人しかいないし、一人は一年生女子だから、俺は一応部長という立場だ。


「あ、先輩、こんにちは。」


 特別教室棟に向かう渡り廊下で、後輩の加藤七海(かとうななみ)と一緒になった。


「よう、おつかれ。」


「先輩、クラスマッチの種目決まりました?」


「ああ、今日決めたよ。俺はサッカーになった。」


「えっ、二年生って優勝目指す、って聞いたんですけど、先輩のクラスは違うんですか?」


「どういう意味だよ。サッカーには補欠があるからな、五分出場すればいいんだよ。」


「なるほどぉ。私はリレーになりました。捨て種目です。」


 リレーは三クラスの予選でトップにならないと決勝に進めない。決勝に進めなければ得点にならないから、あえて運動が苦手な生徒を揃えるクラスが少なくない。


「くじ運がよければ残れるかもしれないぞ。」


「それはないですね、私のほかは漫研と書道部と文芸部ですから。」


「いや、リレーを捨て種目にするクラスは多いからな。去年も三年の特進クラスが決勝に進出してたし。」


「わかりました。完走を目指します。」


「おいおい、リレーって100mだぞ?」


「知ってます。完走を目指します。」


「そうか、まあ怪我しないように気をつけてな。」


 そんな馬鹿話をしながら階段を上がって三階の美術室に入る。

 中学時代から美術部だった七海は、中肉中背だが見るからに筋肉が乏しく、運動には縁がなさそうな体格だ。

 今もイーゼルをいかにも重そうに持ち上げて運んでいる。


 彼女は今、十一月に開催される「北信高校美術展」に出展する作品を描いていた。

 本来であれば、先輩として、部長として、指導や助言をしなくてはならないのだろうが、七海は油絵の抽象画、俺は水彩の風景画だから教えられることはない。せいぜい構図のバランスとか細かいデッサンについて意見を言うくらいで、ほぼ役に立っていなかった。

 もっとも、顧問の宝田先生が熱心に指導してくれているから、特に出番はないと言える。


「ところで先輩、本当に北信展に出さないんですか?」


「ああ、俺は展覧会とか興味ないから。」


 部活にあまり時間が取れないという理由もあるが、もともと「絵が少し上手くなったらいいな」という程度の軽い気持ちで入部しただけだから、文化祭に展示する絵を何枚か仕上げた経験しかない。

 それに、きちんとした活動をしている他校の美術部員と比べられるなんて遠慮したいところだ。


 七海の作品は前衛的で、暗い。

 外見は大人しそうだが、内に秘めた心の闇でもあるのかと心配になる。

 今回の出品作品はまだ下絵の段階だが、中央の小さな椅子にクマのぬいぐるみが座っていて、その周りを人の眼が無数に取り囲む構図になっていた。きっとぬいぐるみは古ぼけて傷んでいるのだろうし、背景は暗い灰色に深い赤か群青色で不気味な模様が描かれるに違いない。


「加藤の作風はブレないな。」


「先輩だってブレないじゃないですか。」


「俺のは作風なんて域には達してないよ。」


 なんせ部活では浅間山の絵しか描いていない。

 ふと、七海の絵を見ていて感じたことがあった。


「この眼って、みんな同じ?」


 この前、三琴に言われて気がついた「ストーリー性」があってもいいかもしれない。


「えっ、同じじゃないですけど、眼というより視線をイメージしてて。」


「県展に進みたかったら、って話だけど、眼に感情が必要かもな。」


 県展というのは長野県高校美術展の略で、この地域だと北信展の入選作が県展に進み、そこでまた入選すると全国高校総合文化祭に進む。運動部の地区予選と県大会、インターハイと同様だ。


「感情、ですか。」


「ああ。ぬいぐるみのクマが大勢に見られてる、って絵なんだろ?」


「ありふれてますかね。」


「そうは言ってないけど、デッサン力を見られるからさ。周囲の老若男女がどんな感情で見てるのか、が伝わった方が物語っぽくなって面白いかもな、って思った。」


「そうですね…、ちょっと考えてみます。ありがとうございます。」


「ま、参考程度にな。じゃ、おつかれ。」


「え、もう帰っちゃうんですか?」


「ああ、また来週来るよ。」


 一応顔も出したし、後輩にアドバイスっぽいこともしたので、今日は帰ることにした。

 今出れば17時4分発の電車に間に合う。その次は40分後だから、できれば乗りたい。

 高校から駅まで、正面から西日を浴びながら俺は少し早足で歩いた。

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