37 追分①「さすがに現実味がなさ過ぎて」
「以上で、私たちの報告を終わります。」
研修旅行の成果発表会は、木曜日の午後、ロングホームルームの時間まで使って行われた。
最後に亜希がそう結ぶと、一瞬の静寂の後「おー」という地鳴りのような声が響き、拍手が起こった。
西園寺が教室の灯りをつけて、室内が明るくなると、配られたマップを広げるバサバサという音が広がった。
「なにこれ?印刷?」
「え、でかっ」
「おー、本格的だねえ」
同級生たちはA2サイズのイラストマップに驚きを見せた後、それぞれに自分たちのグループの思い出を語ったり、感想を言い合ったりしていた。
「あっ、ここ行ったよね、きれいだった」
「お前がコケたとこじゃん」
「加賀棒茶のアイス食べたよね」
「あー、ここ行かなかった、行けばよかったな」
俺たちの発表は、「長野県民がまた行きたくなる金沢観光ガイド」と名前を少し変えて行われた。
持ち時間が10分しかなかったため、亜希と西園寺がまとめた「レポート」部分がメインで、イラストマップと「ホームページ構想」は紹介する程度になったが、最初にマップを全員に配っておいたのだ。
(ちょっと悪ノリが過ぎたけどな)
学校のプリンターではA3までしか出力できないし、用紙もコピー用紙になる。
が、うちの会社「アド・シモダ」と付き合いのある印刷会社にお願いして、A2の光沢紙にデジタル印刷してもらった。四つ折り加工までしてくれて、仕上がりA4サイズで配布したのだった。
観光地で配られている印刷物と見た目はほぼ変わらない。
優琉が「みんなの度肝を抜いてやろうぜ」なんて言い出したせいだ。
もちろん、費用がかかったが、社長のご好意で格安にしてもらった。
俺たちの発表が最後だったから、担任の原田先生の簡単な講評と連絡事項で授業が終わると、教室内の喧騒は一段と大きくなった。
席が隣同士の亜希と三琴のもとには、女子が集まっていたし、紬の周りには写真好きが、西園寺の席には歴史好きが数人寄り合って、小さな人だかりができた。
優琉と俺の周りも例外ではなく、陸上部の宮原やサッカー部の上野原、ロボこと相田などがやって来た。
「まさに圧巻の発表だったな。」
「お前たちが最後でよかったよ、あの後に発表させられるのはつらすぎる。」
「俺たちも海に行ったけど、寒くなる前に撤収したのはもったいなかった。」
などなど、予想以上に好評だった。
成果発表会は優劣を競うものではないし、学業成績にも直結しないから、グループ同士の対抗意識もない。
「あっ、そうだ、ロボ。これってもう持ってるか?」
俺はロボ相田に渡そうと思っていたものをずっと忘れていたことに気がついた。
大聖寺の「深田久弥 山の文化館」で買った深田久弥の著書「日本百名山」だ。
「登山好きだって言ってたよな。」
「あ、恥ずかしながら読んだことがなかったんだ。買ってきてくれたのか。」
「財布なんか出さなくていいよ、強歩大会の時は世話になったからな、お土産だ。」
「おお、ありがとうな、下田。」
クラスマッチで一緒にベンチを温めた香取もやってきた。
「このマップって下田の会社で印刷したのか?」
そういえば、香取にはうちが広告印刷業をやってるって話したな。
「いや、付き合いのある印刷会社の社長に頼んで作ってもらった。」
うちにあるのはオフセット印刷機だから小ロットには向かない、なんて言ってもしょうがない。
「このマップ、これからもっと情報足してさ、生徒会のサイトで公開しようと思ってるんだけど、お前らのグループの情報とか写真も提供してくれない?」
優琉がさっそく素材集めの協力を求めると、
「ああ、もちろん。」
「使ってくれるならむしろ嬉しいよ。」
「俺たちもこれで終わりってのは虚しいしな。」
「あれだけ準備して旅行も行って、報告会が10分じゃなあ。」
といった反応で、順調に集まりそうだ。
それから徐々に教室の熱気は収まっていき、人も減って静かになった。
優琉もサッカー部に行ったから、俺は美術室に向かった。
加藤七海は今日も一人、熱心にデッサンをしている。
今日の相手はイルカのぬいぐるみのようだ。
「こんにちは、先輩。」
「よう、これ、研修旅行土産の第二弾だ。」
さっき教室で配ったイラストマップを渡す。
「あ、金沢の観光マップですか?…あれ、もしかして自作?」
「ああ、成果発表会で作ったんだよ。加藤たちも来年、たぶん行くだろ?」
「ありがとうございます。データも欲しいです。」
「先輩の成果物を流用しようとするな。」
「いえいえ、勉強させていただこうと思いまして。」
「うそつけ。」
「でもすごいですねー。あっ、これが《下田ハーレム》の成果ですね?」
「下田ハーレムだと?」
「聞きましたよー、生徒会長と転校生と、サッカー部のイケメンをはべらせてたって。」
例の噂は尾ひれがついて、とんでもないことになっているようだ。
「あははは、そんな話になってるのか。」
亜希と三琴だけでなく、優琉まで俺のハーレムに入っているらしい。
「写真部ではもうそういうことになってるみたいですよ?四人一緒の写真も飾られてるらしいです。」
紬かっ!そう言えば写真部の紬がときどき俺たちにカメラを向けていたのを思い出した。
「まあ、さすがに現実味がなさ過ぎて、ギャグ扱いですけどねー。」
それはよかった。いや、いいのか?
なんにせよ、どうやら紬は面白おかしくすることで妙な噂の鎮静化を図ってくれているようだ。
「私も週に一度、誰もいない美術室で先輩と逢瀬を重ねているのに、ちっとも噂になりませんね。」
「人聞きの悪い言い方をするな。じゃ、頑張れよ。」
「はーい、おつかれさまです。」
七海のペースに巻き込まれると無駄に時間が浪費されるから早々に退散する。
昨日までは報告会の準備で忙しかった。
イラストマップの仕上げと裏面のレイアウト、文字や写真の配置、印刷会社へのデータ送信。
ホームページの大枠作りとページ構造の設計。
昨日は小諸にある印刷会社に刷り上がったマップを受け取りに行った。
「いやあ、プロ顔負けの出来栄えだよ、下田さんのとこも将来安泰だねえ。」
と笑う社長のお世辞にお礼を言って、代金のほかに謝礼のお菓子を渡した。
会社の仕事のほうも「フルール・ジョーヌ」が焼き菓子の種類を増やすということで、通販サイトの改修があって作業量が多かった。
それに今日からは金沢の高校のホームページに載せてもらうイラストも描いていく必要があった。
亜希が仲介してくれて、直接メールのやり取りもあった。
石川県立金沢安原高校の生徒会長は進藤園美という人で、名前からして女子のようだ。
「御代田高校生徒会の皆さまからいただきました候補地につきまして当校にて検討のうえ下記を選定させていただきました。」
と、とても丁寧な一文の下に、30カ所の観光地や観光施設が並べられていた。
優琉がみんなからの情報や写真を集めてくると、それをマップに入れたり情報ページの追加もしなくちゃいけないから、その前にイラスト作成は終わらせておきたい。
それに、後期中間考査、いわゆる中間テストも迫っている。
いつも通りの日課を終えてから、また一人、事務所のパソコンに向かった。
あらためて候補地リストに目を通す。
軽井沢周辺が多いからだいたいは知っているが、いくつか行ったことのない場所も含まれていた。
知っている場所から手をつける。
参考になりそうな画像を探して、下絵を描く。
その上にレイヤーを乗せて清書し、色をつける、という作業を繰り返す。
何枚か描いたらバランスを見て、細々と調整する。
色使いや線の細かさなどがバラバラだと、並べた時に統一感がなくなるからだ。
一日では終わらず、翌日の金曜日の夜も同じ作業を続けた。
途中で、美悠が冷やかしにやって来た。
「パソコンでイラスト描くのはこうやってやるんだねー。」
ひと通りの手順を説明してやると、
「輪郭の線はどうして灰色なの?」
と聞いてくる。お買い物マップの時は鉛筆で描いたから、色の薄さに気づかなかったようだ。
俺は描画ソフトを操作して、輪郭線を黒く変える。
こういうことが瞬時にできるのもパソコン描画のいいところだ。
「あー、なんかぼってりしたね。」
旧軽井沢の「聖パウロ教会」を描いていたところだったから、そのイラストで説明する。
「壁の色を濃くしたら?」
と言うので、特徴的な赤茶色の木目部分を濃くすると、やたらに主張の強い印象になる。
「うーん、わかった、線がぶっといのが悪いんだ。」
輪郭線を細く変えると、ぱっきりと鮮やかなイラストになった。
「そっかぁ、これはこれでありかもしれないけど、なんか固い感じになるね。」
「そうだろ?」
元の絵に戻す。
「うん、たしかにこの方がお兄ちゃんっぽい。」
そういえば亜希も「逞しいのに柔らかい」と表現していたな。
美悠が飽きて家のほうに戻っていってからも作業は続き、残りが二つになった。
進藤会長からのメールにあった「海野宿の町並み」と「海野宿本陣跡」だ。
海野宿は、北国街道の宿場町で、長野善光寺と軽井沢宿の間にある。
加賀百万石の前田家の殿様も参勤交代の道中で泊まったという。
もちろん調べれば写真はいくらでも見つかるのだが、建物の質感や町の空気感が今ひとつよくわからない。
先延ばしにしていたことに追い詰められるのはよくあることだ。
旅行会社のホームページに載っていた写真を見ながら描いてはみたものの、どうもしっくりこない。
(うーん。行ってみるか…)
そこまで求められていないのは承知の上だが、これは性分だ。
遠い場所ならあきらめるが、海野宿は小諸の少し先、しなの鉄道で行ける。
ブラブラ歩いて空気を感じるだけだから準備もいらないし、明日の土曜日は授業もない。
(誰か誘うか?)
優琉はサッカー部の練習だろう。翔太は暇かもしれないが、隣の組だ。
(じゃあ三琴か?)
三琴が来てくれたら都会感覚でアドバイスしてくれそうだし、助かるかもしれない。
しかしこれは亜希と石川県の高校から頼まれたことで、三琴にはなんの関係もない。
なんだかイラスト作りにかこつけて週末デートに誘うみたいで、気が引ける。
(とすれば亜希?)
それもなんだか、気が重い。
亜希の気持ちを知った俺が、今何か踏みこんでいくようなことをしたら、それは亜希の負担になるだろう。
一時的には喜ぶのかもしれないが、亜希の決意を揺さぶってしまいそうな気がした。
(ま、一人で行くか。)
出かける時に誰を誘うか考えるなんて、まるで俺らしくない。
このところ、単独行動が少なかったせいでそう思ったのだろうが、行きたいところがあるならただ行けばいい。
俺は一人苦笑しながらデータを保存し、静かにパソコンの電源を落とした。




