34 研修旅行⑩「残っていくのよ、ずっと」
土日二日間の休みを挟んで、翌週月曜日から俺たちは研修旅行の成果発表に向けた準備を始めた。
いや、正確には日曜日から、準備の準備が始まった。
「各自、成果発表に使えそうな材料を準備して、月曜日の打合せに参加してください。」
土曜日の夜、そんなチャットが俺たちのグループチャットに配信されたためだ。
送り主はもちろん、亜希。
昨日の今日で無茶なこと言いやがって。
と、既読スルーを決めこむつもりだったのだが、西園寺と優琉が「了解」というスタンプをすぐに返し、三琴は「わかりました」、紬は「オッケー、写真まとめとくね。」と返信していた。
これは何もしないというわけにはいかなさそうだ。
仕方がないから、各所で集めてきたパンフレットやイラスト入りの地図などをひっくり返して、マップに入れるイラストを描くことにした。
お買い物マップの時のように、直接紙に描くのはやめて、1枚ずつ、描画ソフトを使って作っていくことにした。
最初に、近江町市場で食べた海鮮丼の絵を作ったら、思いのほか上手に描けたので、調子に乗ってどんどん描いた。
金沢城、兼六園の石灯籠、旧中村邸、武家屋敷。
百万石通りや香林坊のビル群も描いた。
深田久弥の記念館や九谷焼美術館、亜希と食べたランチプレート、干拓地の牧草ロール。
海の日没は、実際に見た風景よりもきれいに描いた。
新幹線やいしかわ鉄道の電車、街中を走る路線バスやら、大型タクシーなどなど、小さなものも合わせると30点くらいになった。
俺が行かなかった、二日目の四人組の訪問地は後日に回した。
月曜日の放課後。
まあ、こんなもんだろう、と思って打合せに臨んだのだが――。
紬の写真は場所ごとに分類されて500枚くらい。
三琴は、行動記録を緻密に記録してきていた。等高線入りの地図には薄く色を塗り、土地の高低がわかるようにしている。
西園寺は、金沢という町の歴史的な成り立ちをまとめてきていたし、優琉も十カ所以上の観光施設の特徴や「長野県民なりの」見どころなどを簡単に整理したものを作ってきた。
亜希は江戸時代の加賀藩による産業振興政策をはじめ、時代ごとの行政施策と、それが現在の観光資源、文化資産に与えている影響などを書き出していた。
「むしろ比較される長野県のことのほうが知らないよな。」
「そこも少し調べた方がいいな。」
「成果物の形態はどうしようか。まさかマップ一枚作ってペロッと提出ってわけにはいかないよな。」
「そうよね、裏づけ的な補足資料は私が作るわ。もう書きかけているし。」
そんな具合に議論も熱を帯びていく。
「ほかのグループの様子とかも聞いて、レベルはある程度合わせた方がいいんじゃないか?」
と言ってみたのだが、
「よそはよそよ。」
と亜希に軽く一蹴された。
「それよくお母さんに言われるー」
と紬は笑ったが、俺にもうっすらとそんな記憶がある。
「あ、ごめん、下田君…」
俺に母親がいないことを思い出して、紬が恐縮した。
「ん?ああ、気にしなくていいよ、俺にだってそのくらい言われた経験はあるから。」
フォローで言ったのに、紬はよけいに悲しそうな顔になった。
「紬ちゃん、本当に大丈夫よ。この人、そういう感性が抜け落ちてるから。」
亜希が実に的確な解説をし、優琉が「そうそう」と同意した。
三琴も口元を押さえていたが、笑っているようだ。
その後は順調に話し合いが進んだ。
成果物は全部で三つにまとまった。
背景資料となるレポート。
A2サイズのイラストマップ。裏面に解説を載せる。
イラストマップをもとにしたホームページ。
担当分けも行われた。
レポートは亜希と西園寺。
イラストマップは表側が俺と三琴。裏が優琉。
ホームページは俺が土台を作って、コンテンツは紬。
「私と西園寺君はそれぞれ単独作業でいけそうね。優琉は紬ちゃんと話し合って。悠生と三琴ちゃんはまずイラストマップからお願い。」
亜希が作業手順まで指示してくれて、終了となったのだが。
「ね、悠生と優琉に相談があるのよ。」
と、亜希が言い出して、二人だけ居残りとなった。
「ホームページのほうだけど、報告会の後、生徒会で譲り受けたいの。」
「譲り受けたい?なんで?」
「だって、せっかくホームページの形にするのに、公開しなきゃもったいないじゃない?」
「まあ、そうだな。」
優琉がすかさず同意して、俺に抵抗の隙を与えない。
簡単に言うけど、わかってるのか。
「もちろん、受け取った後はこちらでやるわ。デジタル研究会の協力は取りつけてあるの。」
まあ、それなら大丈夫か。
作成ソフトに何を使うのがいいのかだけ、確認しておいてもらおう。
内容を更新したい時、編集作業に苦労させては申しわけない。
「校外にも公開する、ってことだよな?」
「もちろんそうよ。御代田高校生徒会として、生徒会が持っているホームページの中に入れるわ。」
「そうなると、写真には掲載許諾が必要なものも出てくるぞ?」
「それはもちろん生徒会が交渉する。慣れているもの。」
これも亜希が言っていた「何カ月も前からの準備」に含まれていたのだろうか。恐ろしい奴だ。
「後輩たちにも受け継いでいくってことか?」
優琉が言うと、亜希は頷く。
「そうね、引退する時、きちんと引継ぎはするつもり。その後どうなるかはわからないけど。」
「俺たちが卒業した後も残っていくってことか、面白いな。」
「でしょ?」
「で、悠生のほうはそのつもりで、ってことだと思うけど、俺は何をすればいいんだよ。」
「優琉には、成果報告会が終わったら、他のグループが作ったものをもらってほしいの。」
「なるほど、体験学習とか、面白そうな情報があるよな。」
「そう、これは運動部のつながりのほうで集めてほしいのよ。」
「まあ、なんとかなるだろ。他のクラスのもあった方がいいんだろ?」
「うん、助かる。」
亜希の野望は果てしない。石川の県立高校の生徒会長とも話をつけて、今後は情報交換をしていくつもりらしい。それにはさすがの優琉も首を傾げた。
「情報交換って、石川県の高校は長野に研修旅行には来ないだろ?」
「まあそうなんだけど、こちらから観光客を送りこむだけっていうのは不公平じゃない?」
「そうかもだけどさ、あっちにはメリットがないんじゃないの?」
「それがそうでもないみたいなのよ。石川県の人にとっても、長野は遠い場所だったけど、新幹線の開通でぐっと身近になったじゃない?だから長野の県立高校と協力してお互いの県の魅力を紹介し合うということには前向きなの。」
「そういうものか。」
「代々、受け継いでいけるものができるのは嬉しい、って言ってくれたわ。」
「ふーん、亜希はほんとにすげえな。」
優琉が感心して唸っている。
「じゃあ、俺、部活いってくるわ。」
と、優琉が出て行くと、亜希は俺を見ながらニヤニヤと笑っている。
「なんだよ。」
「ね?私、あなたのことが大好きって言ったでしょ?」
小声でささやく。
「どういうことだ?」
「私があなたと一緒に作ったものが残っていくのよ、ずっと。」
その言葉は、「こんなことでしか残せない」と言っているようにも聞こえた。
亜希は、俺と過ごした高校生活の足跡を何かしら、どこかに刻み付けておきたいのかもしれない。
それから亜希は「ふふっ」と妖艶な笑みを浮かべて、席を立っていった。
俺は親父が言った「尾根伝いに歩く」という言葉を思い出していた。
亜希が歩く尾根からは、どんな景色が見えているのだろう。
あいつは、どの麓をめざして降りていくのだろう。
俺は美術室に寄って帰ることにした。
後輩の加藤七海に、研修旅行のお土産を渡すためだ。
11月の初め、七海が東信地区高校美術展に出品した作品は、惜しくも選に漏れ、県展に進むことはできなかった。
この前美術室を覗いた時は「基本に立ち返ってデッサン力を見直します」と意気込んでいた。
「あ、先輩、珍しいですね。」
ドアを開けると、七海はスケッチブックを広げて、ヒツジのぬいぐるみをデッサンしていた。
「よ、おつかれ。この前描いてたのはタヌキのぬいぐるみだったよな。」
「いいえ、クマです!」
「あ、そうだった、すまん。」
「先輩、部長なんですから、我が美術部からたった一つだけ出品した作品のことくらい覚えててくださいよ。」
もっともな指摘だ。こいつは来年、いい部長になるだろう。
「悪い悪い、お詫びにこれをやろう。」
金沢銘菓の最中だ。
「ありがとうございます!お、かわいいですね。」
赤い包みには「起き上がり小法師」の絵柄が描かれている。
出産祝いなど、お祝いの品としても喜ばれる、と説明に書かれていた。
「七転び八起きだ、頑張れ。」
「え、私、これからまだ6回も転ぶんですか?高校卒業しちゃうじゃないですか。」
「こまめに転んでおけば大丈夫だろ。」
「そうですね、頑張ります。」
何を頑張るんだか。
どうもこの後輩と話していると調子が狂う、というか、調子が出る、というか。
「また可愛らしいものを描いてるな。」
ヒツジのぬいぐるみを手に取る。もこもことした毛糸で作られていて、黒くて丸い目と、口の下についた赤いリボンが愛くるしい。リボンのところに小さな鈴がついていて、チリンと小さな音を立てた。
「かわいいでしょう、やっぱりデッサンするなら可愛くないと。」
おどろおどろしい暗い絵ばかり描く奴のセリフじゃないと思うが。
七海が最中の包みを開けて、起き上がり小法師を頭からかじっている隙に、スケッチブックも覗き見る。
写実的にしっかりデッサンできているようだ。
少し陰影がはっきりしすぎているのは彼女の作風、ということにしておこう。
「お、うまっ」
七海は最中を褒めてから、
「それはそうとですね。二年生に、超美人の生徒会長と、超可愛い転校生がいるらしいんですよ。」
と話を振ってきた。例の噂が耳に入ってきたようだ。
「ああ、知ってるよ。」
「それでですね、その二人がどうも一人の男性を取り合ってるらしくて。」
「へえ。」
「しかもその男性がなんと!先輩と同姓同名なんです、すごくないですか?」
「まあ、下田悠生なんてどこにでもいるありふれた名前だからな。」
「そうですよね、って、そんなわけないじゃないですかっ!」
「そういうベタなやつはいらないから。じゃ、頑張ってな。」
「あ、いやいや、ちょっとくらい教えてくださいよ、実際のところ、どうなんですか?火のない所に煙は立たない、って言いますし。」
「まあ、二人ともよく知ってるよ。生徒会長は幼馴染だし、転校生は同じ駅だしな。」
「なるほど、それで煙のある所に煙が立ったってわけですね?」
「なんだよ、煙なんかないよ。俺はいいけど、二人が気の毒だからきちんと否定しておいてくれよな、頼むから。」
美術部員ということで、何かしらの情報入手を頼まれてきたのだろう。
「大丈夫です、すでに否定しておきました。」
できた後輩のように言うな。どうせ「ないない、人違いだよ、それ」とか冷たい反応で返したんだろう。
「で、二人の想い人について心当たりはないんですか?」
「さあ、知らないし、もし心当たりがあってもペラペラしゃべるわけないだろ、二人とも友達なんだから。」
「まあ、そうですよね、先輩ならそう言うと思ってました。」
「そもそも、二人が同じ人を想っている、ってこと自体、無理があるし、何の根拠もないだろ?」
「あ、そうなんですか。」
「どういう噂になってるのか知らないけどさ。俺が聞いた話だと、告白された二人の断り方が同じだった、ってだけだぞ?」
「なんだ、そうなんですね。」
「そういうことだ。また聞かれてもちゃんと否定しろよ?」
「はい!また『ないない、人違いだよ』って言っときます。」
おあとがよろしいようで。




