3 転校生③「だって見ればわかるじゃん」
あとは美悠が俺の教えた「おすすめ商品情報」を書き入れるだけだ。俺は先に寝るとするか。
時計を見たらもうすぐ日付が変わる時刻になっている。
「ねえ、お兄ちゃん、鶏の丸焼き屋さんは?」
「あー、あそこはこの地図には入らないな、軽井沢銀座だから。」
高崎の鶏肉店が、鶏の丸焼きと卵、精肉を売る店を春から秋までオープンしている。
しっかりと下味をつけて焼いているから美味いし、肉を削いだ後の骨で上質のガラスープが取れる。
「じゃあ、軽井沢銀座のマップも作ろう。」
「えっ、観光客目当ての店は除外するんじゃないのかよ。」
「そうだけど、地元の私たちだって買う店ならオススメできるでしょ?」
「そんなのみんなだって知ってるだろ。」
「いいの!スーパーでまとめ買いするだけじゃつまらない、ってお兄ちゃんの口癖じゃん。」
「まあ、そうだけど。」
あらためて軽井沢駅から軽井沢銀座にかけての地図を作って出力する。
「チーズ屋さんはどこだっけ。あと、ソーセージ屋さんは?」
ときどき、美悠を連れて買い出しに行く店だ。軽井沢銀座の周辺ではその三店しか行かない。
美悠も、その三店を書き入れたら満足したようだ。
あんなにたくさんの店があるのに、三つだけというのは気が引けるんだが。
「軽井沢のほうが栄えてるのに、この地図だとすごく寂れた感じに見えるな。」
「うーん、じゃあ、お兄ちゃん、町並みのイラスト描いて。アウトレットも。」
「えー、めんどくさ」
「いいから手を動かして。私はさっきの地図に情報書きこんでるから。」
あれ、俺は手伝いなんだから先に寝ていいんじゃないの?
いつの間にか共同作業者にされている。
結局、二人の作業は明け方近くまで続くことになったのだった。
・・・。
数時間後。
10時まで寝坊して、まだ眠い目をこすりながら起きていくと、美悠は先に起きていて、居間で何か作業をしている。
「おはよ、何やってんだ?」
「あ、お兄ちゃん、おはよー。作った地図、お父さんに頼んでカラーコピーしてもらった。」
「ふーん。まあ鉛筆書きじゃサマにならないからな。」
「そうでしょ?」
二枚のイラストマップをくるくると巻いて、筒状にしたものに赤いリボンをかけている。
俺は冷蔵庫から牛乳を出してマグカップに注ぎながら、ブランチに何を作るか考えていた。
「よし、完成。どう?かわいい?」
コピー用紙の筒を赤いリボンで止めただけのものをかわいいかと言われてもなあ。
「まあいいんじゃないの?」
適当に返事をしておく。
「だよねっ!じゃあ、三琴さんちに届けてくる!」
ん?今なんて?
ちょ、待て待て待て。
止めようと思ったが、牛乳をこぼしかけたから出遅れてしまった。
その隙に、美悠は風のように家を飛び出していく。
さすがに寝起き姿のまま追いかけるのは思いとどまった。
たしかに引っ越してきたばかりの八木家にとって、俺が数年にわたって培ってきた買い物ノウハウは多少の役に立つかもしれない。美悠のやつ、初めから自分の宿題とご近所へのお節介を兼ねるつもりだったのか。
洗面所で顔を洗うと、少し目が覚めてきた。
待てよ?中学の時に自由研究なんて宿題、あったか?
…少なくとも俺の時はなかったはずだ。
美悠が帰ってきたら問い詰めよう。
俺の家では、朝食は各自で勝手に食べることになっている。「食べて片付ける」がルールだったように思うんだが、親父も美悠も、台所のシンクに食器を入れるところまでしかやってくれない。
親父は納豆ご飯に生卵、漬物も食べたらしい。美悠はシリアルとプロティンか。
俺は台所が片付いていないと料理する気にならない性質で、手早くシンクの食器たちを洗う。
これが家族を甘やかす原因なのはわかっているのだが。
食器を洗い終わったら、美悠が駆け戻ってきた。はやっ。
「ただいまー」
「美悠、お前、夏休みの宿題って言ってなかったか?なんで八木さんの家に持ってくんだよ。」
「宿題なんて言ってないよ。自由研究って言ったじゃん。」
う、そう言われるとたしかに…。
「私が自由に研究したんだよ。昨日、三琴さんと話してて、地元のことがわからないから教えてね、って頼まれたし。」
そうかいそうかい、勘違いした俺がバカだったよ。
「で、持って行ってどうだったんだ?」
「三琴さん家ね、すごくかっこよかった。新築、ピカピカ。」
「そんなことは聞いてない。」
「ん?三琴さんに、はいこれ!って渡して帰ってきたよ?」
「えっ、なんの説明もせず?」
「うん、だって見ればわかるじゃん。あ、お兄ちゃんと作ったから参考にしてください、とは言った。」
「お前なあ…」
賢いんだがアホなんだか。さぞかし驚かせたにちがいない。
二学期から同じ高校だと言っていたから会うことがあったら謝っておこう。
俺は毒気を抜かれて、朝昼兼用の炒飯を作ることにした。
「じゃあ寝よ~っと」
あくびをしながら、美悠は二階の自室に上がっていった。
午後からは親父の会社の手伝い。
こちらは無償奉仕ではなく、きちんとバイト代が支払われる。
親父によると、下田家は数百年前からこの地に住んでいて、江戸時代は中山道の宿場で半農半宿、つまり農業と宿屋を営んでいた。
先祖代々、見切りが早い家系のようで、明治時代に鉄道が開通すると宿屋を廃業して桑を育て始めたり、生糸産業が凋落すると印刷業に転換したりと、時代とともに生業を変えてきたという。
浮き沈みはあったものの貧困に喘ぐこともなく、さほど裕福になることもなく今に至っている。
現在の「アド・シモダ」は広告代理業。東京の大手広告代理店のような華々しい仕事は皆無で、チラシ、ポスター、ダイレクトメールといった商業印刷物の企画、印刷やら、看板やノボリのデザインやら、雑多な仕事をかき集めている零細企業だ。
二十年ほど前からインターネットビジネスに参入して、ネット広告、ネット通販、ホームページ制作、動画編集などを手掛けているのも、見切りの早い血筋ならではなのかもしれない。オフセット印刷機が今も一台だけ残っているが、ほぼ稼動していない。
俺の仕事のメインは、中軽井沢のケーキ屋「フルール・ジョーヌ」の通販サイトの運営だ。
焼き菓子とジャムが主力製品で、特にジャムのほうはSNSで評判になったこともあって好調だった。
事務所にジャムの在庫を持っていて、発送業務も請け負っている。
今日はそれとは別に、動画編集の仕事があった。
昨年オーナーが変わったペンションで、お手製のホームページを作っていたのだが、営業の藤田さんが口説き落としてホームページのリニューアルを受注したのだという。
この夏、ペンションの内外や近くの観光スポットを撮影して動画素材がたまったから2分程度の紹介動画に仕立てて掲載したい、ということだった。数時間分の素材を早送りで見ながら、使える部分を切り出して繋ぐ。地味で根気のいる作業だ。
明日にはいくつかの案を一次納品する予定だ。その前に社長である親父のチェックを受けるから、「16時」と締切りが設定されている。親父が手直しする時間が見こまれている、というわけだ。
「なんかしっくりこないんだよなあ。」
と、独り言。それなりにキレイにできたが、逆に言えば「キレイなだけ」だ。いかにも素人臭いのは高校生アルバイトがやってるんだから当たり前だが、親父に大幅な手直しをされてしまうのは悔しい。
ダメだ、ちょっと気分を変えよう。
動画にはBGMも必要だから、商用の音楽素材サイトで使えそうな曲をいくつか選んであった。
イヤホンを耳につっこんで、目を閉じて曲を再生する。ペンションの外壁が白いから、白のイメージ、それと高原、緑、風…。軽快で爽やかな曲がいいけど、あまり無難でもつまらない。
と、思っていたら肩を叩かれた。
目を開けると、事務の美佐枝さんだった。「肝っ玉母さん」というお題で描いたイラストを、そのまま実写化したような女性だ。昨日で夏休みが終わって、今日から出社している。
「悠生君にお客さんよ。」
なんですか、その薄笑いは。しかも俺にお客?
美佐枝さんのふくよかな体の後ろを見ると、事務所の入口に三琴が立っていた。
昨日の普段着とは違って、今日は膝丈よりも少し長めな薄水色のワンピース。ハーフアップに髪をまとめ、清楚で上品なお嬢さんという雰囲気だ。
「あ、八木さん、こんにちは。美悠なら家のほうにいるんで、呼んでこようか。」
「いえあの、お仕事中にごめんなさい。」
なんといじらしいこと。美悠にも少しは見習ってほしいものだ。
「悠生、お前ちょっと休憩していいぞ。煮詰まってんだろ。」
と社長。なんだ、気を使ってんのか。親父らしくもない。
昨日の俺の電話と、夕食の時の兄妹の会話で、だいたいの事情は察しているのだろう。
「じゃあ、八木さん、こちらにどうぞ。」
事務所を通り抜けてもらってもいいのだが、一度外に出て、すぐ並びにある家のほうの玄関に案内する。
「うちは母親がいないから散らかり放題だけど、遠慮なく入って。」
「お邪魔します。」
俺は先に上がって居間を通り抜け、階段の下から大声を出す。
「美悠ー、八木さんが来てくれたぞー、起きろ!」
二階から「はぁい」と美悠の寝ぼけ声が小さく聞こえた。




