4 転校生④「うんうん、いいと思う」
俺は三琴を居間のソファに座らせて、りんごジュースをグラスに注いだ。
「あ、えっと、突然ごめんなさい。」
なんか話しにくそうだな。
「八木さん、俺たち同い年だし、もうすぐ同じ高校の同学年になるんだから、タメ口でいいよ。」
「う、うん、そう、だね。わかった。」
俺はソファに並んで座るわけにもいかないから、食卓の椅子に腰かけた。
といっても広い家ではないから、さして離れて座ったわけでもない。
「それに、このへんは気軽に行き来する感じだから、あまり遠慮しなくていいよ。あ、そんなことより、今朝は美悠が突然訪ねて驚いたんじゃないか?ごめんな。」
「ううん、あ、驚いたことは驚いたけど、そのことで。」
もしかして抗議、まではいかないだろうけど、ありがた迷惑的な?
「美悠ちゃんが持って来てくれた地図ね、お母さんも私もビックリしちゃって、感動して」
いやいや、感動は大げさだろ。都会ではそういう表現はよく使うのかな。
「とにかくお礼に、来たの。それであの、これ、ほんとに大したものじゃなくて申しわけないんだけど」
三琴はテーブルに、小さな紙の手提げ袋を置いた。お菓子かな。
「そんな気を使わなくてよかったのに。」
なんせ、こっちは原価0円だったんだから。
「昨日の夜さ、美悠が突然、夏休みの自由研究をする、って言い出して。ご近所の買い物マップを作る、って。」
昨夜の顛末を、簡単に説明した。
「考えてみたら中学に自由研究なんて宿題はなかったのに、まんまと乗せられたよ。」
「でも、あんなに綺麗に、時間がかかったでしょう?」
「美悠の注文が多くてねえ。あ、でも俺は八木さんのためにやってるって自覚がまったくなかったわけだから、お礼を言われる資格はないよ。」
そういえば美悠のやつ、降りてこない。また寝やがったな、たぶん。
「あ、ジュースどうぞ。」
「ありがとう、いただきます。それであの、下田さん」
「下田さんじゃなくて下田君、な。」
「あ、うん、下田君は、あの地図でどの部分を作ってくれたの?」
「美悠が作業した分を説明したほうがいいかもしれないけど、あいつは地図の道路をパソコンでなぞって、あとは文字を書いたね。」
「えっ」
「あ、でも総監督も美悠だね。あの店も入れろとか、イラスト描けとか。あと旧軽の地図を増やすとか。」
「えーっ、あの可愛いイラストも下田君が描いたの?すごい」
「あ、俺ね、美術部なんだ。部員は二人しかいない弱小部だけど。」
といっても部活で描いているのは水彩画で、イラストは趣味程度なのだが。
「お母さんなんて、すぐにでもお買い物に行きたくなる、って言ってた。」
「あはは、それはよかった。」
その時、ふと思いついたことがあった。
「そうだ、八木さん、よかったらさ、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど、いいかな。」
「えっ、私に?できることだったら大丈夫だけど…」
「さっきやってた仕事で、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ。感想を言ってくれるだけでいいから。」
ペンションの動画を見て感想を言ってもらったら、何かのヒントが得られそうだ。
この土地に慣れている俺では、何が都会の人に響くのか、宿選びに何が必要なのかがわからない。
俺は戸惑う三琴を連れて事務所に戻った。
「社長、助っ人連れてきた。ペンションの動画、機密情報じゃないから見てもらってもいいよな。」
「ああ、いいぞ。お嬢さん、申しわけないですね、無理言って。」
と親父。わざわざ席を立ってきて、三琴に名刺を渡している。
「悠生と美悠の父親です。」
「あ、八木三琴です。よろしくお願いします。」
名刺もらったって、高校生なんだから扱いに困るって。
三琴は名刺を受け取って、それから事務所の中をくるりと見回した。
「じゃあ、ここ座って。このペンションなんだけど。」
まずリニューアル予定のホームページの説明。サービス内容や予約方法、宿泊費、アクセスマップなどはサイト上に書かれているし、外観や部屋の写真、食事のメニュー例なども載っている。
「それで、この部分に2分間の紹介動画を載せるんだ。」
「うん…」
「で、その動画として、今作ってるのがこれ。」
2分に編集し終えた動画を再生する。三琴がそれを真剣な表情で観てくれる。
高原の花と風景、外観、部屋や浴室、窓からの夕景。最後にオーナー夫妻が登場してお出迎えのシーンでホワイトアウトして、ペンションの名前入りのロゴが映って終了、という流れだ。
「これ、下田君が編集したの?すごくきれい。」
「うん、そこなんだよね。なんか、きれいにできてるだけで、物足りないっていうか。」
「そうかな、私はいいと思ったけど…。」
「ペンションの紹介にはなってるけど、お客さんにこのペンションに決めて予約しようと思わせるメッセージが足りない気がするんだよなあ。」
「うーん、もう一回見せてもらってもいい?」
「ああ、もちろん。」
もう一度、再生。三琴は同じ動画を瞬きもせずに観てくれた。
「今、すっごく」
動画が終わると、三琴はさっきより少し低い声で
「意地悪な気持ちになりきって観たんだけど。」
と言った。うんうん、それが助かる。
「下田君の言うことも少しわかるような気がした。ここに泊まりたい、とは思うんだけど、軽井沢にはいろんなホテルやペンションがあるじゃない?」
「うんうん。」
「その中から、ここじゃなくちゃいやだ、って思えるかというと、そこまでじゃないかな、と思った。」
すごく意地悪なモードでその程度ですか。でもたしかに。
「ここに泊まらないと損するよ、って思わせるくらいでもいいかも、って。」
なるほど。
「そっか、顧客体験か…。体験ストーリー的な感じかなあ。」
少し前に、親父がそんなようなことを言っていた。なんだっけ、「CX」だったかな?
「あ、うん、そうかも。お迎えのシーンが最初にあって、ここに泊まった人はこんないい体験をして帰るんだよ、って。」
そういえば、動画素材の中に奥さんが食事を供してくれるシーンがあったな。急いでそのシーンを探す。
素材の順番を入れ替えて、切り替えのエフェクトを少し付け加える。少し冗長だったシーンを短くして、と。
「ラフだけど、もう一回観てもらえる?」
「えっ、もう?」
再生ボタンを押す。
最初は白地にロゴ、高原の花、ペンションの玄関が開いてオーナー夫妻が出迎える。部屋を見せながら窓からの夕景や浴室のカットが重なる。食事を供すシーンがあって、風景、外観。
「うん、泊まってる気分になれるかも。あっという間にすごいね。」
「いま観てて夜景とか夜の部屋の感じとかも入れたくなった。ぐっすりお休みできますよ、って感じの。」
「うんうん、いいと思う。」
「おお、ありがとう。いいヒントがもらえて助かったよ。」
やっぱりユーザー目線は大事だよね。俺も精進しなくては。
「ふふっ、よかった。」
そんな屈託のない笑顔もできるんだ、この子。
その時、住居スペースのほうから足音がして、
「あ、いた、三琴さん、いらっしゃいませー」
と美悠が顔を覗かせた。
「お兄ちゃん、まさか三琴さんに手伝わせてるんじゃないでしょうね?」
「いや、実はちょっと手伝ってもらった。」
美悠、髪の寝ぐせがすごいぞ。別にいいけど。
「ううん、お兄さんのお仕事見せてもらって、感想を言っただけだよ。それより美悠ちゃん、朝はありがとう。」
「えへへ、お役に立ちそうですか?」
「うん、すごく。あ、下田君、じゃあお仕事の邪魔になるから。」
「ああ、うん、ありがとう。」
三琴が美悠のほうに立っていき、事務所は静かになった。
俺はさっきのアイデアを急いで動画に作りこんで、二種類のBGMをつけ、社長に提出した。
「社長、送ったよ。」
「おう、観とく。」
動画にかまけて通販サイトのほうを忘れていた。今日の注文は十件来ている。一件は焼き菓子だからお店に転送。残り九件はジャムだから発送処理をしなくては。
伝票書きと梱包を繰り返して、一時間ほどで九箱の発送品を作り上げた。
「おい、悠生。お前の作った動画のままペンションに送ったから。返事が来たら教える。」
親父の手直しはなし、ということだ。やったね。
俺はちょっとした達成感に、小さくガッツポーズした。




