2 転校生②「白いね、真ん中がぽっかり」
三琴の家は、すぐ近所だった。俺の家から直線距離だと200mほどだ。
国道まで、と言っていたのだが、美悠と三琴の会話が弾んでいて、結局彼女の家のそばまで送っていった。
俺は親父に電話して、事の次第を説明したり、研いだ米を炊飯器に移して炊いておいてくれるように頼んだりしていたから、二人の会話はあまり聞いていなかったのだが、その間に彼女たちは「三琴さん」「美悠ちゃん」と呼び合う仲になっていた。
「三琴さん、先輩なんだから丁寧語はやめてください。」
と美悠に迫られて、三琴はぎこちなく言葉遣いをあらためていた。
長野県民がみんな図々しくてフレンドリーだと思われたら困るんだけどな。
「じゃあ、三琴さん、さようなら」
「うん、バイバイ、美悠ちゃん」
別れ際にはもう友達のように挨拶を交わして、三琴は微笑みながら手を振っていた。
俺はほとんど会話していないし、かといって何もしないのも変なので、黙って片手を挙げて挨拶した。
三琴も、俺のほうには言葉をかけず、小さく頭を下げただけだった。
俺の家との間には車の往来が激しい国道18号線が横切っている。
お盆休みのこの時期はオンシーズンだから小諸方面に渋滞ができていた。
少し待てば国道を渡れると思ったのだが、美悠に止められた。
「だめだよ、お兄ちゃん、ちゃんと横断歩道で渡らないと。」
坂を100mほど下った交差点まで迂回することになるが、仕方ない。
借宿交差点で横断歩道を渡ると、今度は、
「お兄ちゃん、コンビニ寄りたい!」
と、目の前のコンビニに入っていく。さらに。
「ご褒美にアイス買って。」
しまった、そういう魂胆だったか。
「なんのご褒美だよ」
「私のおかげで人助けできた。私のおかげで可愛い転入生と知り合えた。」
何言ってやがる。まあ、人助けはたしかに美悠の手柄だな。
「わかったよ。親父の分も合わせて三つ買うか。」
「えー、それだと私のご褒美にならないじゃん。だから四つ買う。」
って、高いやつ選んでんじゃないよ。美味いから許すけど。
「お兄ちゃん、今日の晩ご飯は何?」
コンビニから家までの道すがらも、美悠のテンションは衰えない。
「今日はもう面倒だから、親子丼だな。」
「いいねっ、お兄ちゃんの親子丼、美味しいよね。」
「簡単手抜き料理だから作り方教えてやろうか?」
「うん!いつか教えてね。今日は帰ったらシャワー浴びたい。」
バスケ部の練習の後だからな、今日は勘弁してやるか。
家に帰ると、親父はテレビの前でビールを飲んでいた。
「おう、おかえり。」
「ただいま。」
台所に直行。炊飯器は親父のおかげで「残り20分」と表示されていた。
出汁の鍋を火にかけたら、野沢菜の漬物と冷奴を親父のつまみに出してやる。
鍋が沸騰するまでの時間でタマネギを切る。鶏肉は唐揚げ用に切られたのを買ってきたからそのままでいいか。いや、半分に切るか。
タマネギをフライパンに敷き詰め、その上に鶏肉を乗せる。
しめじも入れたくなったから、石づきを切り落としてパラパラと上に撒く。
出汁の鍋が沸騰したら火を止めて、フライパンの中に注ぐ。
コンロに火をつけて、適当に塩をふり、蓋をする。
煮え立ったら蓋を取り、砂糖を少々、そこに醤油、みりん、酒を同量ほど加える。
隣のコンロにはやかんをかける。
味噌汁はフリーズドライ。地元スーパーのPB商品が安くて美味い。
フライパンの中をときどきざっくり混ぜる。
ボウルに卵を三つ割って溶いておく。
汁気がほどよく減ってきたところで卵を投入。固まり掛けたら火を止めて蓋をして、数分待てば完成だ。
ピー、と炊飯器が炊きあがりを知らせてくれる。手早く混ぜて蒸らしておく。
美悠がシャワーから出てきた音がしてから盛り付けを始める。
夕食、完成。
「わー、美味しそう。」
パジャマ姿の美悠、タオルで頭をごしごししながら登場。
親父も缶ビールを手に食卓に、と思ったら冷蔵庫から次の一缶を出してきて、栓を開けながら食卓に座る。
「いただきまーす」
と美悠。野菜ジュースを一気飲み。
「あ、そうだ、お兄ちゃん。夏休みの自由研究なんだけど、何にするか決めたんだ。」
え、夏休みはあと数日で終わるぞ?
「この近所のお買い物マップを作る!」
「はあ?そんなもんが自由研究になるかよ。」
「なるよ、だって家庭科っていう教科がちゃんとあるじゃん。」
「ふーん、まあいいけどね。で、残りの数日で調べまくるわけだ。」
「え、何言ってんの。今夜中に終わらせるよ。」
う、まさか、こいつ。
「だからお兄ちゃん、あとでちょっとだけ手伝って。」
やっぱり。
「高いぞ。」
「えー、私のアイスあげるから。」
って、それさっき俺が買ってやったやつだろうが。
「じゃあ、夕飯の片づけ、やっとけよ。飯食ったら俺シャワー浴びてくるから。」
「わっかりました!」
ちぇ、調子のいいやつ。親父、ニヤニヤしてないでなんとか言ってくれよ。
一時間後。
俺と美悠は事務所のパソコンの前に並んで座っていた。
「まず、お兄ちゃん、このへんの地図、描いて!」
なんてナメたことを言いやがるから、パソコンの前に連れてきたのだ。
地図サイトでこのあたりのマップを表示し、画面をキャプチャする。それを画像加工ソフトにペーストしてレイヤーをかける。ペンタブのペンを美悠に渡す。
「大きな道とか、線路とかをこのペンでなぞれ。」
「はーい。」
色や太さの変え方を教えて、と。
買い物マップと言っても、信濃追分にはあまり商店がないから、中軽井沢から信濃追分、御代田までの地図になる。しなの鉄道で三駅分だ。「地元ならではの情報」をコンセプトにするという。
大まかな地図が描けたらA3の紙に出力して、その上に店をプロットしていく。
近所のパン屋、御代田にある地元スーパー、中軽井沢の駅近くの農産物直売所。
「行きやすいように目印もつけたい」
「お買い得な商品とか、この店ではこれを買うといいよ、みたいなのも教えて」
「食べ物だけじゃなくて、日用品とかも」
「田んぼと畑もわかるようにしたいなー」
などと注文が多い。ドラッグストア、ホームセンター、酒の安売り店、洋品店や本屋なども書き加える。
「お兄ちゃんの友達のお蕎麦屋さんはどこだっけ、美味しいよね。」
買い物じゃないじゃん、と思ったけど、おすすめしといてやるか。友達のよしみで。
「フルール・ジョーヌも書き加えていいか?」
「なにそれ?」
「俺がジャムの通販を手伝ってる中軽のケーキ屋。」
「ああ、あそこか、アップルパイ美味しいよね。うんうん、書いて。」
一通り、俺がよく使う店は教えたのだが。
「なんていうか…白いね、真ん中がぽっかり。」
たしかに、地図の中央部、信濃追分駅周辺に余白が多い。
「しょうがないだろ、店がないんだから。」
「そうだけど、寂しいじゃん、これだと。」
「たしかにな。」
「お兄ちゃん、イラスト描いて、かわいいやつ」
「お前の自由研究なんだから自分で描けよ。」
「そんな冷たいこと言わないで、お願い。美術部でしょ?」
たしかに部員二名の美術部員ですが。
「ハァ、わかったよ、何描けばいいんだ?」
「電車、線路に走ってるやつ。あと駅も。ゴルフ場、美術館、コンビニ!」
はいはい。事務所にあった色鉛筆でイラストや田畑に色をつけると多少は華やかになった。
空いたスペースに「おすすめ商品」を書き入れれば、そこそこ形になりそうだ。
「あ、会社のランチを頼んでいるお惣菜屋さんはどこ?」
中軽井沢の別荘地にある店だ。お弁当を届けてくれるが店舗もあって、種類豊富な惣菜が買える。
道を書き足して、場所をプロットしたついでに、その店のマスコットになっているカエルも描く。
ま、こんなもんか。
自由研究には適さないテーマだと思っていたが、なかなか見栄えのするイラストマップが出来上がった。




