28 研修旅行④「なんせ加賀百万石だからな」
金沢観光の中心ともいえる兼六園は、秋の名残と冬の気配が静かに溶け合っていた。
苔むした地面を、赤や橙に色づいた木の葉が華やかに飾りつけている。
遠くには雪吊りの施された松が整然と並び、池の水面に青い空が映っていた。
二本脚で支えられた灯籠の片足が水面に影を落とし、そのすぐ脇に添うように石の橋が緩やかな弧を描いている。観光パンフレットでもおなじみの景観だ。橋の上で写真を撮ろうと、高校生たちの長い行列ができていた。
御代田高校以外にも、研修旅行や修学旅行で金沢を訪れている高校があるようだ。
「おっ、この橋はこの角度もありだねえ。」
紬がカメラをかまえ、橋の上が無人になるタイミングを狙ってシャッターを切っている。
「三琴ちゃん、ありがとう!」
あまりの行列に俺たちがそこでの撮影を諦め、通り過ぎようとした時に、紬の肩をつついて教えたようだ。
今朝、佐久平駅から北陸新幹線に乗って金沢に着いた俺たちは、宿泊するホテルに荷物を預け、さっそく市街観光を始めていた。混み合う前の近江町市場で海鮮丼に舌鼓を打ち、金沢城を大手門から石川門へと通り抜けて兼六園にやって来たのである。
「長野には大名庭園って多くなかったよな。」
ふと呟くと、亜希がすぐに答えをくれた。
「東信地区でいうと松代に真田の庭園があるわ。でも規模はこれほどじゃないわよね。」
「そもそも、長野、というか旧信濃には大きな大名はいなかったからな。」
ゲーム好きの西園寺は、歴史ゲームの影響で日本史に興味を持ったとかで、金沢城でも、
「あの白っぽく光る瓦が、江戸城の天守閣にも使われていたらしいよ。」
といった蘊蓄を披露していた。軽口ばかりかと思っていたが、意外な一面を持っている。
「なんせ加賀百万石だからな。」
優琉がざっくりとまとめて、俺たちは渓流を模した遣水に沿って歩く。
俺たちがこの研修旅行で掲げた課題は「長野県民のための[二回目]金沢観光ガイド」。
『北陸新幹線の開通によって長野県民にとって身近な観光地となった金沢の魅力を、長野県東信地区にある観光地との歴史的、文化的な背景の違いなどから考察する。また、地勢的な観点から長野県内との景観の違いを分析することで長野県民が、訪れるたびに金沢の魅力を再発見できるような観光ガイドを制作する。』と、亜希が企画書に書いて提出した。
要するに「金沢と長野の違いから、長野県民が好きそうな場所を選んで紹介する」ということだ。
有名観光地はすでにさまざまなメディアで紹介されているから、さほど深掘りしない。到着初日に回りきってしまおう、ということで、やや急いで移動しているところなのだ。
この兼六園でさえも長居をせず、北の桂坂口から南の随身坂口へ通り抜けてしまう。
「そこまで急がなくても大丈夫よ?」
と亜希は苦笑するが、俺と三琴、西園寺、紬の四人は、強歩大会であのロボ相田に歩調を仕込まれている。気がつくと早歩きになってしまうのだ。
県立美術館の裏手、「美術の小径」と名づけられた石段を下りる。木立に囲まれた静かな場所で、兼六園の混雑を抜けてくるとホッとする。
「こういうところってさ、都会ではオアシス的な場所なんだろうな。」
と、西園寺。
「俺たちにとっては見慣れてるか。」
優琉が答えると、紬が会話に加わる。
「でも長野県民にとってちょっと安心できる場所かもね。三琴ちゃんはどう?以前は都会っ子だったんでしょ?」
「うーん。横浜みたいな大都会じゃないから、緑はけっこうあったよ。近所の公園にこういう石段があったから、ちょっと懐かしい感じもするかな。」
石段を下りきると本多公園という開けた場所になり、江戸期の茶室や明治時代に酒造業を営んだ富豪家の屋敷、美術館などが建ち並んでいた。
三琴は今降りてきた石段を振り返り、持っている地図に書きこみをしている。
等高線の入った地図をキャプチャし、プリントアウトして渡しておいたものだ。
「ともかく文化的資産の量が圧倒的よね。二回目、ってタイトルにしたけど、何回来ても見切れないくらいありそう。美術部長さんの感想はいかが?」
と、亜希がからかってくる。たしかに部員2名の美術部で部長をやっているのは俺だが、美術的素養もなければ、美術史にもさほど詳しいわけではない。と、もちろん亜希は知ってて聞いている。
「この美術館はあそこの屋敷の中村さんがコレクションした美術品を展示しているんだ。あっちの茶室も中村家の所有を経て市に寄贈されたみたいだよ。」
と、予習の成果を語ってみたものの、良し悪しを論じられるような深みがない。
「ちゃんと勉強したのね、えらいえらい。」
「一応、担当だからな。」
今日はともかくスピードを重視して、美術館なども外観だけ見て中には入らず、解説については調べた情報で補うことに決めていた。
俺は美術関連、西園寺は歴史関係、亜希は観光行政、優琉は観光施設関連、三琴は地学的な都市構造を担当して学習、調査することになっている。紬は写真担当なので、景観を中心に事前調査をしてくれていた。
ガラス張りの円形が印象的な金沢21世紀美術館、用水路を挟んだ幅の広い百万石通りを通って、香林坊へ進む。香林坊は金沢随一の繁華街だ。近年では市内に商業施設が分散し、やや衰えが見えているともいうが、人通りも多く、活気がある。
「長野県民はどこで服を買うか」という話題で、ひとしきり盛り上がる。
東信地区では、小諸、上田の市街地が寂しくなっていて、新幹線の佐久平駅周辺の開発が進んでいる。
軽井沢のアウトレットモールは観光客も多いが、県内からの買い物客も少なくない。
「金沢よりは東京のほうが近いから、お買い物で金沢へ、っていうストーリーには無理があるかもね。」
「いや、でも長野駅を起点にすると、ほぼ同じ時間みたいだよ。」
「だけど長野市内だったら何でも揃うんじゃないか?」
「どうかなあ…」
香林坊から長町武家屋敷跡へ。細い路地には澄んだ水路が静かに流れ、黄土色の塀で整えられた景観には統一された様式美を感じる。
「ともかく、どこもすごくきれいに整備されてるよな。」
優琉はしきりに感心している。
ときどき振り返ったり、周囲を見回したりしながら歩いてきた三琴は、
「町並みもきれいだけど、一軒一軒の家がどこも美観に気を配っているみたい。ゴミも落ちてないし、住宅地の掃除が行き届いている感じがするなあ。」
と、住民の美意識の高さに気づいたようだ。
「鉢植えを飾っている家も多いみたいなの。きっと季節季節に咲く花が違って、町の雰囲気も変わったりするのかも。」
「たしかに、季節性っていうのはあるわよね。その意味では今はオフシーズンだろうけど…。」
亜希は何か思いついたようだ。
「でも四季折々の紹介はできないからなあ。」
「いや、優琉。亜希のことだから何か野望を持ってるのかもよ?」
「だな。巻きこまれないように気をつけよう。」
「ふふっ」
と亜希が不敵に笑って、優琉と俺を震え上げさせる。
「実はね、ちょっと考えてることがあるのよ。」
「あっ、悠生、あっち行ってみようぜ。」
「おう、そうだな。」
「ちょっと逃げないでよっ!」
そんな俺たちのやり取りに、西園寺と紬は顔を見合わせている。
三琴は眩しそうな顔をして、笑っていた。
午後の陽射しが、水路のさざ波にキラキラと反射して、初冬の町を明るくしていた。
「休憩館」と名づけられた観光施設で休憩。
ここには金沢の観光ガイドやイラスト入りの町歩き地図、フリーペーパーなどが豊富に置かれていた。
参考になるのはもちろんだが、イラストマップを作るとなると、似過ぎないことやクオリティを保つことが求められるから、プレッシャーにもなる。
ボランティアガイドの方が話しかけてくれたので、亜希と優琉が話を聞いていた。
この界隈のことだけでなく、ボランティアガイドの取組みについてもインタビューをさせてもらっているようだ。
西園寺は、前田家での武家たちの仕事や登城の様子などに興味を持ったようで、質問したりしていた。
紬がその様子を撮影していて、俺は少し離れてそれを見ていたのだが、ふと三琴が俺の近くに来て、体を寄せてきていることに気づいた。
「うん?どうかしたか?」
「え、ううん、なんでもない…。」
周りを見回すと、どうやらここは他校の研修旅行のチェックポイントのような場所になっているらしく、制服姿の高校生がひっきりなしに出入りしている。
一人の教師らしき男性が持っている紙に、神奈川県立の高校名が書かれていた。
「もしかして、前の学校か?」
「ううん、そうじゃないけど、同じ中学校から何人か行ってる学校なの。」
あまり顔を合わせたくないらしい。
俺が今もらったばかりの観光パンフレットの中でサイズの大きなものを広げ、読むような仕草をすると、三琴はその陰に隠れた。
初日の最後は、加賀百万石の藩祖、前田利家夫妻を祀る「尾山神社」を訪れた。
明治になってから創建され、石段の上の「神門」が特徴的とされている。和漢洋の意匠が折衷された三層構造だといい、ひときわ異彩を放って、西日に照らされている。
「なんか神社っぽくないなあ。」
「キリスト教会のような雰囲気もあるわね。」
「前田利家って傾奇者だったらしいから、喜んでるかもな。」
そんな話をしながら神門をくぐって境内に入る。
馬に乗った前田利家の銅像が飾られていた。大きな母衣を背負い、槍を掲げて戦場を駆ける勇ましい姿だ。
「利家は槍の名手だったし、織田家のなかで母衣衆に選ばれることはとても名誉なことだったらしいよ。」
西園寺が解説してくれた。
「あっ、見てっ」
三琴が後ろを向いて、今くぐってきた神門の上部を指差していた。
西日が眩しくて、何を指しているのかよくわからない。
「みんなこっちに来て。」
三琴だけ、神門が作った長い影の中にいた。
俺たち四人も、その影の中に入る。
「あっ」
と声を上げたのは紬だった。
神門の最上部は登楼のような作りになっていて、そこに色とりどりのステンドグラスが嵌めこまれていた。
向こう側からの陽光を浴びて、艶やかに輝いている。
「さっすが、三琴ちゃん。」
三琴の振り返る癖はもうみんなにすっかり認知されている。
「あ、そろそろ行かないと。」
時計を見た亜希が言う。
今日はホテルに戻る門限が早くて、点呼の後、預けておいた荷物を受け取って各自の部屋に移動することになっている。
俺たちは急いで神社の石段を下りた。
「間に合うかな。」
「ホテルまで意外と距離あるよ?」
生徒会長、成川亜希のグループが点呼に遅刻するわけにもいかないだろう。
俺たちは自然に小走りになる。
「優琉、ウサギやれ。」
「お、おう。」
優琉が答えて加速していった。多少なりとも時間稼ぎをしてくれるだろう。
「速っ!」
駆けていく優琉の速さに驚いて、「カメ」の四人は揃って笑いながら、その後を追った。




