26 研修旅行②「長野県民は海への憧れが強いからさ」
「え、地図?」
三琴のスマホを真っ先に覗きこんだ西園寺が、驚いたように言う。
「イラストマップみたいね。」
ぐっと顔を近づける紬。
「うん、こういうのが作れたら面白いかな、って。これね、この周辺の地図の上に、お店が書かれていて、そのお店のおすすめ商品なんかも書きこまれてるの。」
「あれ、これ、うちの店だな。」
優琉の蕎麦屋?
え、まさか三琴、それ…。
出遅れていた俺は慌てて三琴のスマホを覗きこんだ。
(やっぱり…)
「い、いや、そういうのはもう、サイトとかにたくさん載ってるんじゃないかな。」
と言ってはみたのだが、
「あっ、これか、悠生と美悠が作ったお買い物マップ!」
優琉が思い出したように言った。
「うん、ちょっと待ってね。」
三琴はカバンの中を探って、二つ折りの紙を取り出す。
「コピーしてきたの。」
「え、『これ』って何?剣持は知ってるわけ?」
事情を知らない西園寺と紬は説明を求めた。
「今、悠生が説明する。」
と優琉。俺が説明するのか?
「わかったよ。…夏休みも終わりに近づいたある日、俺は妹の美悠を迎えに信濃追分駅に行きました。」
「そこからかよ、まあいいか。」
俺は道に迷ったお嬢様のことから、三琴と知り合ったこと、美悠がお買い物マップを作ると言い出したこと、明け方までの作業のあらましまで、経緯を説明した。
「それで、悠生君の妹さんが届けてくれたのが、これなの。」
三琴がコピーされたお買い物マップを机に広げた。
「えー、すごくきれいに作ってあるね。」
「あ、そうそう、この店といえばこれだよな。」
「この道沿いにも農産物の直売所があってさ。」
「電車の絵がかわいいね。」
などと、マップの中身についてのリアクションがしばらく続いた。
「それで、三琴ちゃん、こういうお買い物マップの金沢編を作りたい、っていうこと?」
亜希もしばらく静かに見ていたが、やがて顔を上げた。
「うーん、それは難しいかもしれないけど、こういう雰囲気のもの、っていうか…」
三琴の提案はどうやら、実地取材をもとにイラストマップ的なものを作る、ということらしい。
「じゃあさ、長野県民のための金沢観光マップ、みたいなのはどうよ?」
と、西園寺。
「長野県民のための?」
優琉が聞き返すと、
「そう!海なしの長野県民は海への憧れが強いからさ。金沢観光っていうと市街地のイメージがあるけど、海も近いだろ?長野県民が喜びそうな場所を見つけて、紹介するんだよ。」
西園寺が答え、
「いいね、それ。ホームページみたいにしたら面白いんじゃない?クリックすると写真が見られる、とか。」
紬がアイデアを重ねていった。
「動画でもいいよね。」
三琴も楽しそうにそんなことを言っていた。
…それ、俺の作業量が膨大になっていくような気がするんだが。
イラスト作成、Webサイト構築、動画編集。
うちの会社の営業の藤田さんなら数十万円の見積書を作りそうだ。
「金沢港って港があるんだな。あ、海浜公園とか展望台なんかもあるみたいだ。」
優琉はスマホをいじりながら、さっそく海辺の観光施設を探し始め、紬は机の上の「お買い物マップ」を隅々まで見てから、ふと言った。
「二回目って入れたらどうかな。」
二回目、とは?
メンバーが首を傾げていると、紬は解説してくれた。
「ほら、金沢って長野からはすごく行きやすいじゃない?でも、有名な観光地は金沢城の周辺に固まっているから、一回の旅行でだいたい見て回れると思うのね。だからもっと穴場的なスポットを探して、一度行った人でもまた行きたくなる、って感じにしたらどうかな。」
「アイデアとしては面白いよ、でも穴場なんてそう簡単に見つけられないだろ。だからこその穴場なんだし。」
と優琉が言うと、亜希が、
「地元の人に聞いてみればいいんじゃない?」
とさらりと言った。
「いや、亜希、それはさらに難しいだろ。」
「ううん、そうでもないかも。生徒会ってね、他校の生徒会ともいろいろと繋がりがあるのよ。」
「金沢の高校とも?」
「それはないけど、高校に電話して『生徒会長さんに繋いでほしい』って言うと、取り次いでもらえることもあるわよ?」
「それって…職権乱用なんじゃ…」
「そうね。でも何か考えてみるわ。」
さすがは全力少女。持てる力はフル活用するらしい。
「あんまり無茶するなよ、亜希。」
と、一応釘を刺しておく。
「うん、ありがとう。」
いや、亜希を気遣ったわけではないんだが。
俺は鍋をつつきながら、そんなやり取りを美悠に話した。
「あのお買い物マップがそんなことになるなんて。さすが、私。」
と、美悠は得意げだ。
「美悠がやった『余計なこと』が飛び火したって話なんだけど?」
「えー、余計なことでもないし、飛び火でもないじゃん。ねえ、お父さん。」
親父は急に話を振られて苦笑していたが、俺のほうに顔を向けて、
「まあ、悠生。できることを持ち寄って成果物を作るのはいいと思うぞ。」
と、美悠の行動には関係のない一言でお茶を濁した。
(でもまあ、それも一理あるな。)
用意された実習プログラムを体験して学びを得るというのも高校生らしいが、高校生なりに、やってきたことや好きなこと、できることを仲間で出し合って何かを作り上げる、というのも悪くない。
美悠のほうは親父の賛同が得られたと解釈して、大きく頷く。
「親父が言ったのは研修旅行の課題のことであって、美悠と作った「お買い物マップ」のことじゃないからな?」
「えー、マップだって私とお兄ちゃんができること持ち寄って作ったじゃん。」
美悠が持ち寄った「できること」はほんのわずかだったけどな。
まあ、美悠なりに一生懸命書きこんでいたし、企画と総指揮は美悠がしたことだからいいとするか。
「三琴のご家族にも喜んでもらえたしな。」
「そうだよ、亜希ちゃんだって喜んでたもん。」
「だからなんでそこで亜希が…、ん、喜んでた?」
「うん、三琴さんにはコピーを持って行ったけど、亜希ちゃんにはオリジナルをあげたんだ。」
「なんで?」
「え、欲しいって言われたからだけど?」
「俺聞いてないぞ?」
「うん、言ってない。だってあれ、私のでしょ?」
まあ、そうかもしれないが。
「あ、コピーなら持ってるよ?お兄ちゃんも欲しい?」
「いや、そういう意味じゃなくて、どういうやり取りでそうなったのか、ってことだよ。」
「えっとねー、…あれ、どうだったかなあ、忘れちゃった。」
話しかけてやめたな、美悠のやつ。亜希に口止めされていたのを思い出した、ってところか。
(亜希があまり驚いてなかったのは見たことがあったからか。)
打合せの時、亜希だけが「お買い物マップ」にリアクションしていなかった。
関心がなかったわけではなくて、内容を知っていたかららしい。
(亜希もそれならそうと言ってくれりゃいいのに。)
まあ、美悠に口止めしたくらいだから言わないか。
(というか、欲しがった?)
他所から来た人には多少の役に立つだろうが、成川家にとっては大したものでもないだろうに。
三琴が転校してきた当初、亜希がそれはもう甲斐甲斐しく世話を焼いていたから、そのなかの会話で何か気になることがあったのかもしれない。
(そうか、逆にマップに足りてない情報を伝えてくれたのかもな。)
それなら納得がいく。
亜希は、俺たちが作ったものでは不十分だろうと予想して、マップを見てみたかった。
でも俺や三琴から手に入れるわけにはいかないから、さりげなく美悠に頼んだ。
まさか「出来の悪いところを指摘するために欲しかった」とも言えないから喜んでみせた。
そして、美悠には口止めした、と。
(うん、だぶんそんなところだろう。)
俺や美悠に気を使いつつ、さりげなく三琴をフォローしてくれるとは、さすが亜希だ。
(美悠に口止めしたってことは、俺が知ってたらいけないってことだよな。)
うっかりお礼を言ったりしないように気をつけよう。
夕食を終え、後片付けをしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
(こんな時間に誰だろう。)
うちの呼び鈴は、ほとんど鳴ることがない。
近所の人ならだいたい勝手に入ってくるし、宅配便の配達の人も顔見知りだから呼び鈴を鳴らさない。
事務所が開いている時間なら、自宅ではなく事務所のほうに訪ねてくるから、そもそも自宅に誰か来るということがきわめて少なかった。
玄関に出て行くと、ちゃんと鍵がかかっていた。
寝る前に一応チェックをしているが、今日は美悠がかけたのだろう。
(それでか。)
と思いながら、鍵を開けてドアを開くと――三琴が立っていた。
「あれ、どうした?こんな時間に」
三琴はどこか悄然としていて、ただならぬ雰囲気を感じた。




