25 研修旅行①「静かな町もロマンチックよね」
11月の軽井沢町は、周辺の町々より一足早く冬を迎える。
晴れた夜などは、明け方の気温が氷点下になることもあった。
紅葉が終わり、枯れたモミジの葉が路面に落ちて、上を歩くとカシャカシャと音を立てる。
「11月になるとさ、急に静かになるよね。」
美悠を駅まで迎えに行った帰り道。二人並んで坂道を上がっていく。
「ああ、別荘の人たちもどんどんいなくなるしな。」
軽井沢の別荘地は避暑地として発展したが、最近は引退後に春や秋も過ごす人が増えている。それも10月末までのことで、朝夕の冷えこみが厳しくなると都会に戻っていくようだ。
伊豆方面に冬用の自宅を持っている人もいるという。
「美悠は静かな町も嫌いじゃないけど…」
「去年は冬は寂しいからいやだ、って言ってなかったか?」
「そうだったかしら。でも静かな町もロマンチックよね。」
…なんかおかしいぞ。
「お前…なんかしゃべり方変えてるけど、何かあったのか?」
「あ、わかる?美悠はね、あざとい女、めざしてるの。」
またわけのわからんことを…。
「それはまたどうして?」
一応、理由を聞いてみる。
「うん、佐那がね、美悠ちゃんのお兄ちゃんは甘々だって言うんだよ。」
佐那というのは美悠の幼馴染。同じ町から同じ中学に通っている。
苗字はえーと…忘れた。
「それでね、お兄ちゃんに甘やかされている美悠は、将来なかなか恋人ができないんだって。」
「ふーん。」
「だから、男を上手く操れるように、あざとい女になるんだよ。」
「へえ、まあ頑張れ。」
「あー、もう、まったく心がこもってない。あれ、私、全然甘やかされてないじゃん。」
「いや、だけどそうやっていつまでもおバカ妹キャラやってると恋人ができないっていうのは合ってる。佐那の言う通りだ。」
「なによー、お兄ちゃんこそ私が可愛すぎて恋人作れないくせに!」
「あ、そうなのか、俺に彼女ができないのは美悠のせいか。じゃあこれからはかまわないようにしないとなぁ。」
「もうまた意地悪言って、そんなことできないのにっ!」
と、後ろから跳びかかってくる。美悠の体重だけならともかく、スポーツバッグの重みもあるからけっこう重い。
そのまま、おぶるような格好で家に入る。
「おお、おかえり」
と珍しくこの時間からソファでビールを飲んでいた親父が、がばっと体を起こす。
「どうした!美悠、捻挫でもしたのかっ?」
――下田家は今日も平和である。
(彼女、ねえ…)
夕飯の仕度をしながら、心の中で呟く。
優琉と翔太は、俺が三琴を意識している、恋しようとしている、と言っていた。
たしかに、三琴は客観的に見て、魅力的な子だと思う。
頼られれば助けてやりたいし、穏やかに暮らせるよう、俺にできることがあるならしてやりたい。
でも彼女とか恋人っていうのは、もっと別の存在なのではないだろうか。
亜希にしてもそうだ。
幼馴染として理解し合えているし、容姿の美しさだってちゃんと感じる。
だが、独占したい、とか、いつも二人きりでいたい、というのとは違う。
(亜希と二人きりになるってことはあまりないしな。)
朝の電車で会う。教室も一緒だ。
でも亜希は毎日生徒会だし、帰りの電車も違う。何より、そもそも降りる駅が違う。
「あ、そういえば、さっき亜希ちゃんに会ったよ。」
亜希のことを考えていたところに、美悠が突然言うから驚いて、あやうく包丁で指を切るところだった。
サトイモは滑るから危ない。
「お兄ちゃん、職員室に呼び出されたんだって?」
「そんなこと聞いたのか。」
「うん、亜希ちゃんが改札から出てくるところだったから、突撃して話したんだよ。」
別に突撃しなくても話せるだろうが。
「で、亜希ちゃんが真剣な顔で『悠生、今日職員室に呼び出されてたわよ』って教えてくれた。」
亜希の口真似らしいがあまり似ていない。亜希め。いたいけな妹をからかいやがって。
「ねえ、お兄ちゃん、何したの?なんかバレた?」
バレて困るようなことはしていないが?
「この前、強歩大会の時にな、」
「わかった、不正したんだ。タクシーにでも乗ったの?」
「そんなことするか。ちょっと人助けをしたんだよ。」
転倒していた老女を介抱して救急車を呼んだという説明をする。
「で、その時に、俺が駐在さんに名前と学校名を言ったからな、今日ご家族がお礼に来たんだよ。」
おばあさん、腰の骨にヒビが入っていて、しばらく入院することになったらしい。
「お礼?何かもらったの?お菓子とか?」
「ああ、これ。」
「これ?包丁?」
「ばか、サトイモだよ。」
お礼に来たのは息子さんだったのだが、申しわけなさそうに「母が持っていけと言うもので」とサトイモの段ボールを差し出した。俺が「今度来た時に」と口にしたのを覚えていてくれたらしい。
いただいた大量のサトイモは班員で分配した。
「こんなにはいらないなあ」と呟いた西園寺が、自分の分の半分くらいをビニール袋に入れ、小野のところに持って行ったのは可笑しかった。
「小野、強歩大会では俺たちの力が足りず、負けてしまって申しわけなかった。お詫びに俺たちの戦利品を受け取ってくれ。」
芝居がかったセリフでビニール袋を渡され、小野は露骨に顔をしかめていた。
西園寺はときどきそうやって同級生を勝手に巻きこんで笑いを取りに行くから、熱血運動部員たちは苦手にしているようだ。
小野は舌打ちでもしそうな顔をして、ビニール袋の中を見ると、目を見開いて黙ってから、
「ありがとう、好きなんだよ、これ」
と顔を赤らめていた。
そんなわけで今夜、俺は「山形風芋煮鍋」を作っている。
美悠が風呂から上がってくるのを待って、夕食が始まった。
「あ、お兄ちゃん、亜希ちゃんと旅行に行くんだって?」
「はいはい、研修旅行な。亜希と同じグループになったんだよ。そんな話もしたのか。」
「うん、えーと…、亜希ちゃんがね、悠生と同じグループになれてうれしい、って伝えといて、って言ってた。」
「うそつけ。」
あの亜希がそんなことを言うはずもない。せいぜい「悠生の面倒は見ておくから安心して」とかそんなことだろう。
「ほんとだよ!」
「わかったわかった。それはな、便利な小間使いがいて嬉しい、って意味だぞ、たぶん。」
「お兄ちゃんはわかってない。亜希ちゃんは私にはいつも素直な気持ちを話すんだよ。それにお兄ちゃんの話をする時はいつも嬉しそうだもん。」
「まあ、共通の話題といえば俺のことくらいだしな。」
一人っ子の亜希は、中学二年生になった美悠との会話に苦労しているのだろう。
「もういい。反応が亜希ちゃんの言ってた通りすぎて腹立つ!」
亜希のやつ、我が家の会話までコントロールするのはやめてほしい。
「研修旅行、だっけ、どこに行くの?」
「ああ、金沢だよ。新幹線で。」
「どんなグループ?」
「亜希と優琉、三琴、あと美悠の知らない二人、だな。」
美悠が両手で口を覆った。熱いものでも口に入れたのかと思ったら、
「三琴!三琴ですって!」
「お前なあ…。この前、お前もいただろ、三琴が名前で呼び合いたいって言ったんだぞ?」
「だって、お兄ちゃん、呼べなかったじゃない。」
こいつ、意外に鋭いな。
「あの時は呼ぶタイミングがなかっただけだろ?その後はちゃんと呼んでるよ。」
「あの後だって全然呼べてなかったじゃない。ちゃんと、って何よー」
美悠は可笑しそうに笑う。
「本人の希望に沿って、っていう意味だろ。」
我ながら言いわけがましい。
「わかった、わかりました。そのうち私がなんとかする。」
「なんとか?美悠、余計なことするなよ?」
「うん、しないよ、余計なことなんて。」
これは何か企んでる笑顔だ。警戒しておこう。
11月の末に、金沢への二泊三日の研修旅行がある。
生徒の自主性を重んじる御代田高校では、往復の北陸新幹線と金沢駅近くのホテル宿泊以外はすべて生徒の自主的な計画に委ねられている。
まず、最小五人、最大八人のグループを生徒同士で決め、「歴史」「文化芸術」「産業・経済」「観光」「伝統工芸」「食と暮らし」の6テーマの中から一つを選ぶ。
次に、選んだテーマからさらに一段、企画内容を細かくして、具体的な課題名と概要を教師に提出する。
承認が得られれば、事前の調査・学習と現地での取材を行い、学校に戻ってから成果報告会を行う、というものだ。
俺は、優琉と亜希、三琴と、強歩大会で一緒だった椎名紬、西園寺海斗の六人でグループを作った。
金沢市は修学旅行や研修旅行の受け入れに熱心で、モデルコースはもちろん、伝統工芸の体験や特産品の工場見学など、実習プログラムが豊富に準備されている。
そうした半日程度の実習プログラムに申しこみ、残りの時間を観光に充てるというのが一般的で、多くのグループがその前提で課題検討を行っていた。
また、現地では別行動することを前提に、二つの三人組が「提携」して六人のグループを作ったり、四人組がいわゆる「ぼっち」をスカウトして五人のグループを作ったりするケースもあった。
「そういうのもなんか味気ないよな。」
と優琉が最初に意見を言うと、亜希が
「それもそうね。」
と珍しく同意を示した。
「俺はともかくいろんな場所を見て回りたいんだよね。」
という西園寺には、
「私も。実は金沢には去年、家族で行ったんだけど雨でさ、いい写真が全然撮れなかったのよね。」
と写真部の紬が同調する。
「だとすると、選択するテーマは『観光』か。」
俺には特別に希望もないし、他のメンバーに合わせるつもりだった。
「もう、悠生はほんとに主体性がないんだから。行ってみたいところとかないの?」
と、亜希は今日も手厳しい。
「そうだな、美味い海鮮は食いたいな。」
海なし県人の思いといえば、やはり新鮮な海の幸だ。
他のメンバーには「そんなのあたりまえ」という顔をされたが。
「三琴ちゃんはどう?」
俺から名案を引き出すのは無理と判断した亜希が三琴に聞く。
「うん、えっとね、見てほしいものがあるんだ。」
それまでニコニコと聞き役に回っていた三琴がスマホを取り出し、みんなに一枚の画像を見せた。




