16 クラスマッチ⑧「スポーツに正々堂々なんてないからな」
亜希たち女子バスケチームは、残念ながらC組に惜敗したらしい。
B組4点、C組6点。
それだけに、俺たちミニサッカーが優勝したことは大きな意味を持った。
そして、決勝点を挙げた下田悠生は、クラスの中ではちょっとしたヒーローになった。
といっても、同級生男子たちからの手痛い祝福がほとんどで、女子人気はすっかり優琉がさらっていった。
もともと、長身イケメンのサッカー部で、明るくて気づかいもできる優琉は三バカの中で唯一のモテキャラだ。
スコアボードにはB組6点、C組4点が加算された。
これで、二年B、C、D組の得点は20点。横並びとなった。
「駅伝で決着かあ」
誰かが言った。その通り、駅伝の順位で総合優勝が決まる。
「八木さん、大丈夫か?」
三琴は顔を強張らせていた。
「ううん、緊張でどうにかなりそう。」
B組の駅伝チームは、第1区の女子にテニス部の高城真帆、第2区の男子に陸上部の宮原慶介を置いて、先行逃げ切りの作戦を立てたようだ。
「翔太の言ってた通りだな。」
俺がそう言うと、優琉は笑って、
「それ、違うよ、悠生。」
と言った。
「あれは翔太の陽動作戦。先行逃げ切りにされたくなかったんだよ。」
「どういうことだ?」
「あいつの練習、見てただろ?」
翔太の練習風景はもちろん見ていた。
大きな体を揺すりながら、ドタドタと加速する。しばらくすると失速して、ペースが落ちる。
ペースが落ちたらまた加速する、という感じだ。
「ああ、なんだかムラの多い走り方してたな。」
「そう、あれが翔太の作戦なんだよ、たぶん。」
「作戦?あれが?」
「ああ。なんせ将棋部だし、あの体型だ。走れるようには見えない。だけどあいつはけっこう速い。農作業で足腰鍛えてるからな。」
「ああ、それで?」
「あいつと一緒に走るランナーはみんな思う。こいつにだけは負けない、ってさ。」
「まあそうだろうな。」
「前に翔太が走っていたら、こいつだけは抜こう、と思う。そうだろ?」
「ああ、間違いない。」
「でも抜けない。加速するから。」
「なるほど。」
「抜けないと焦る。ペースが乱れる。まずいと思って整え直すと、今度はあいつが失速する。」
「それでまた追いかけっこになるのか!」
「そういうこと。あいつと同じ区で走る奴らには同情するよ。」
「翔太、何区だろうな。」
「そんなの二区に決まってるだろ。」
「まさか、肉が好きだから、なんてダジャレじゃないだろうな。」
「あははは、うまい!でも違う。その作戦は混戦じゃないと機能しないからさ。」
「そうか、せっかくの作戦も、走者がバラけてたら意味がないな…。優琉ってさ…、運動のことになると頼もしいな。」
「今さらかよっ。まあ、スポーツに正々堂々なんてないからな。」
「それで、B組は先行逃げ切りか。」
「宮原を説得するのは大変だったよ。駅伝は陸上部のアピールの場だからな。」
「たしかに優勝テープを切らせてやりたいな。」
「まあな、400mリレーで2点でも取ってくれてればそれでもよかったけどさ。」
「ごめん、優琉、訂正するわ。お前って、運動のことになると非情なんだな。」
「あはは、だって、優勝したいじゃないかよ、このクラスで。」
「そうだな。八木さんは5区だっけ?」
優琉との会話をやめて、三琴のほうに向き直る。
「う、うん…。」
優琉の解説を聞いて、三琴はますます緊張しているようだ。
「あ、そうだ、八木さん、いいこと教えてやるよ。」
「何?」
「翔太の畑なんだけどさ、あれね、1周500mって言ったけど、ほんとは520mなんだ。」
これは気休めでもなんでもない。
昨日、事務所でこのあたりの地図、それも国土地理院発行の2万5千分の1の地図を発見したから、試しに測ってみたのだ。
「つまり、八木さんが毎日記録していたタイムは、2000mじゃなくて、2080m。」
「そうなの?本当?」
「ああ、本当。八木さんは普通に走れば、去年までの区間記録とほぼ同じに走れるよ。」
「う、うん、わかった。」
「だからリラックスして、頑張れ。」
「うん、ありがとう。」
三琴がようやく少し表情を崩して笑いかけた時、俺は突然ぐいっと腕を引っ張られた。
けっこうな勢いだったから、少し後ろによろけると、誰かが今俺のいた場所に体を滑りこませた。
亜希だ。
唖然としていたら、亜希はそのまま三琴に近づいて、ハグした。
いや、ハグなんて柔らかいものじゃなく、思いきり抱きしめた。
「え、え、亜希ちゃん…?」
亜希は三琴を抱きしめたまま、一緒にくるりと半回転して、俺に顔を向けた。
「悠生、優しくすることと、甘やかすことは違うのよ。」
それは三琴への接し方に戸惑っている俺にとっては強烈な一言だった。
亜希はそれから、三琴を抱いた手に力をこめた。
「三琴ちゃん、ごめんね、三琴ちゃんを駅伝に推薦したのは私なの。いろいろ悩ませちゃったみたいだけど、私にはあなたが大人しいだけの女の子には見えない。ちゃんと強いところを持ってるって思った。」
三琴は亜希に体を預けて、小さく頷いた。
「それにごめん、バスケ負けちゃって…。」
三琴は、今度は小さく首を振る。
「でも私、優勝したいの、このクラスで。だからね、信じてる。ここで信じて待ってる。一緒に勝とう。祝勝会しよ。」
三琴の瞳に力が戻った。やっぱり亜希にはかなわない。
「うん、亜希ちゃん。わかった。力いっぱい頑張ってくる。」
亜希の抱擁から解放されると、三琴は俺のほうに振り返った。
「下田君、ありがとう。おかげで、亜希ちゃんの言葉、素直に聞けたよ。」
「お、おう、そうか。」
亜希に叱られるのはいつものことだが、三琴にフォローされてしまった。
(たしかに俺のは優しいっていうのとは違うよな…)
優しい男になりたいわけじゃない。妹の美悠を甘やかしている自覚もある。
だけど、甘やかすことしかできない男、っていうのは、なんだか情けない気がした。
駅伝の最初のランナーたちがスタートラインに並んだ。12クラス、12人。
スターターは二年B組の陸上部、岩瀬菜々美だ。
パンッ、という乾いた音がして、ランナーたちが走り出していく。
少し遅れて、かすかに火薬の匂いが漂ってきた。
1区は女子、で男女が交互に走る。アンカーは男子だ。
学校を出て、近くの電子部品工場の周り、2kmのコースを走ってスタート地点に戻り、襷をつなぐ。
だから厳密には、駅伝というより長距離リレーに近いのかもしれない。
区間記録は男子が5分35秒、女子が6分11秒。
2区のランナーが準備を始める。優琉の予想通り、翔太は2区のランナーだった。
翔太の策が外れてさぞかし悔しがっているだろう、と思いながら、優琉と一緒に翔太の表情を見ていると、翔太はにっこりと笑って、それから俺たちを指差し、腹を抱えて笑うようなポーズをして見せた。
「優琉、あいつ、なんか笑ってるぞ?」
「そ、そうだな…。」
優琉は深刻な表情で、黙りこんだ。いや、口の中で何か言い始めた。
「なんだ、まだあるのか、何か見落としてるのか…」
耳を寄せて聞いたら、そんなことをブツブツと呟いている。
ランナーたちはもうすぐ、工場を一回りして、学校までの長い直線道路に出てくるはずだ。
そこに運営委員がいて、順位を告げると校内スピーカーから声が流れる。
その順位に従って、次のランナーが準備する、という仕組みだ。
「1位、二年B組、…2位、二年D組、…3位、二年C組」
歓声が上がる。生徒たちはひしめき合って、直線道路を走ってくるランナーの姿を見ようと首を伸ばす。
トップで駆け戻ってきたのは、B組の高城真帆だ。
「よし、そのままそのままっ!」
「ラスト、気合っ!」
同級生が口々に大声を出す。
2位の選手を引き離して、宮原に襷をつなぐ。
宮原が駆け出していく。
先行してリードを持ち、あとは逃げ切る、という作戦だから、エースである宮原がどれだけ差をつけて戻ってくるかが注目されるところだ。
直線道路でC組がD組を抜き、C組の塚越翔太が2位で駆け出していく。
農家をなめちゃいないが、さすがに陸上部には追いつけないだろう。
ここで翔太が3位以下に駆け引きを仕掛けて、ペースを乱してくれれば、宮原のリードはさらに大きくなるはずだ。
3位のD組が翔太の後を追ってスタートする。その後を、一年生、三年生が続いていく。
最後に特進クラスの走者が来る。
「…10位、1年A組、11位、2年A組、12位、3年A組」
特進は特進で、学年対抗レースのようになっていて、10位の3点を獲得するために真剣さを見せている。6人のメンバーを一定レベルで揃えるのは難しいのだが、それなりに速い選手もいて、後半の盛り上がりを演出してくれることがある。
最後の襷リレーが行われると、すぐにまたスピーカーから音声が流れる。
「1位、2年B組・・・」
「よっしゃあ!」「さすが宮原!」「速い速い!」
宮原は力強いフォームで、ぐんぐんと近づく。
「2位、2年C組、3位、2年D組・・・」
翔太は2位をキープして戻ってきたようだ。直線道路のかなたに、その姿が見えた。
ドタドタと地面を踏み鳴らすように走ってくる。その後ろを、D組のランナーが追う。
「抜けないとなんだか気まずい思いするんだろうなあ」
「そうだな、タイムを見れば納得するだろうけど、あのデブくらい抜いて来いよ、って思うよな、普通。」
翔太はまだ後ろを気にする余裕があるらしく、D組の選手が近づいてくると加速して距離を離した。
「順調だ、だけど順調すぎてなんか引っ掛かる…」
優琉はまだ翔太の笑いの意味に悩んでいるようだ。
そうしているうちに、B組の襷は3区の北原菜摘に渡る。
翔太が戻ってくる。
「1分13秒差か。」
時計を見ながら優琉が言う。
「ここで1分以上の差があれば勝てる、って想定してはいるんだけどな…」
1区2区で作ったこの大きなリードにも、優琉は素直に喜べていないらしい。
(将棋ならともかく、スポーツでの読み合いで翔太に負けるのはプライドが許さないんだろうな。)
「…10位、1年A組、…11位、2年A組、…12位、3年A組」
特進同士の争いも、2区で差が開いたようだ。
「あっ」
優琉が時計を見て、息を呑んだ。
「これかっ!」




