11 クラスマッチ③「敵チームに教えるわけないだろ」
しばらくの間、沈黙が続いた。
さすがに何も言わずに放置するのはかわいそうか、と俺が思い始めた時、三琴が先に、
「すごくわがままなのはわかっているけど、同情されたくない、って思っちゃって。」
と、小さな声で言った。
「いや、同情なんかじゃないよ、それは断言できる。だって、そもそも転校って別にかわいそうなことじゃないだろ?」
理由はわからないが、まずは三琴を「同情」という言葉の呪縛から解放してやらねば、と思った。
俺は鞄の中から、さっき配られたプリントを取り出した。各種目に割り振られた選手一覧が書かれたやつだ。
「じゃあ、女子を中心にざっと説明するけど、まず混合ソフトバレー。男子も女子も、全員が文化部で、運動はからっきしなメンバー。クラスにバレー部が二人いるのに、どちらも入っていない。完全な捨て種目だな。それは本人達もわかっているだろうし、たぶん傷ついてもいない。」
「そうなの?」
「うちの学校のクラスマッチってそういう感じなんだよ。今頃はたぶん、どんな仮装で笑いを取るか、相談してるんじゃないかな。」
「えー」
捨て種目のメンバーが仮装して笑いを取りに行くのは御代田高校クラスマッチの伝統のようなものだ。
去年はゴスロリやゆるキャラ、筋肉隆々の着ぐるみまで登場して、みな一回戦で姿を消した。
俺のクラスでも、その衣装代としてカンパが集められた。男子の400mリレーに艶やかな浴衣姿に女装した文化部員が出場し、観客の歓声と嬌声のなか全員が歩いてゴールを目指した。
「で、バレー部は、一人が駅伝、一人がリレーにエントリーされてるな。バスケも運動部中心だね。生徒会の亜希も入ってるけど、あいつはスポーツも普通にできるから。」
あらためてメンバーを見ていくと、戦略的にかなり上手く組まれている。
ロングホームルームで異論反論が出なかったのも納得だ。
一通り、競技ごとのメンバー構成と、駅伝にも十分な戦力が割り当てられていることを説明した。
「そうなんだ…、少し安心したけど、逆にプレッシャーを感じてきちゃった。」
「走れそうか?」
「陸上部の人みたいには走れないけど、ラクロス部ではよく走らされてたの。でも今年に入ってからは学校行かなくなっちゃったから、練習しなきゃ。」
「そうか、たしかに走っておいたほうがいいかもな。」
「うん。このへんだとどこを走るのがいいかな。」
「そうだなあ。」
クラスマッチの駅伝は約二キロの周回コースを走るから、同じくらいの距離のコースがいいだろう。
去年のクラスマッチでは、俺はじゃんけんに負けて駅伝に出場したから、何日か足慣らしのために近所を走ったのだが、途中が林の中を抜けるような小道で人気がなかった。
そうだな…あいつに聞いてみるか。
俺はスマホを取り出して、翔太に電話した。
「よう、翔太、今大丈夫か?」
「ああ、平気。ちょうど一局終わったとこだから。」
「部活中に悪いな。クラスマッチなんだけどさ、翔太は何に出ることになった?」
「ふん、そんなこと、敵チームに教えるわけないだろ。俺はC組の秘密兵器なんだから。」
「B組の秘密兵器は八木さんだけど、駅伝に出るんだ。」
「あ、俺も駅伝。」
「あはは、あっさり教えてるじゃねえか。」
「まあ、情報交換ってやつだ。で?」
「ああ、八木さんはラクロス経験者だけど、少しブランクがあるから練習したいんだってさ。」
「へえ、殊勝だね。俺は練習なんてしないけど。」
「嘘つけ。意外な活躍していつものセリフ、言いたいんだろ?」
「いつものセリフ?」
「そ、『農家なめんな』」
「悠生にはお見通しか。それで?今、八木さんと一緒?」
「ああ、よくわかるな。」
「悠生の暗躍は趣味だからな。」
それ、この前も聞いたな。まあいいや。
「それでさ、翔太は走るとしたら畑だろ?八木さんも一緒に走ったらダメか?」
「ああ、別にいいよー。でも走るの朝だよ?放課後は将棋部だし。」
「夜は真っ暗だしな。わかった、ちょっと待って。」
俺はいったん、スマホから耳を離した。
「八木さん、翔太が朝から畑を走るって言ってるけど、一緒に練習するっていうのはどう?」
「塚越君と?」
「ああ、このへんは女の子が一人で安全に走れるところって少ないからさ。」
「…うん、わかった。」
再び、スマホに耳をつける。
「翔太、じゃあ、頼むわ。」
「おう、でも条件がある。」
「条件?」
「悠生も一緒に来ること、八木さんの送り迎えは悠生がやること。」
それはそうか。三琴に一人で翔太の畑に向かわせるわけにもいかないし、翔太に送り迎えさせるのはさすがに申しわけない。
「わかったよ、明日からでいいか?」
その後、電話の翔太と目の前の三琴と、時間や待ち合わせ場所などを取り決めた。
翔太との電話の途中あたりから、三琴は小さなノートを取り出して、しきりに何か書きこんでいた。
たしかに、決めたことは書き留めておかないといけないな。
俺も事務所にある自分の机からメモ用紙を持って来て、三琴との待ち合わせ時間と場所、翔太との合流場所などを書きこんだ。
やがて、三琴は書くのをやめ、ノートをパタリと閉じた。
「下田君、ありがとう。頑張ってみる。」
「ああ、駅伝は最終種目で盛り上がるから、無理のない範囲で頑張ってな。」
「下田君は、ミニサッカーだよね。」
「ミニサッカーには補欠があって最低五分出れば許されるからね。」
「剣持君が許してくれないんじゃない?」
「大丈夫。ミニサッカーに呼んでもらうように頼んだ時に、言ってあるから。」
「えー、ずるーい。」
「あはは、そこは幼馴染の特権というか、金の力で。」
「えっ、賄賂でも送ったの?」
「ああ、学食のAランチ一食ね。」
「ふふふっ、安いね。」
「美術部の俺なんかが出て迷惑かけるよりいいからね。」
「スポーツは嫌い?」
「うーん、そういうわけでもないけど、運動部で練習してる奴らには遠く及ばない。」
「サッカーは経験あるの?」
「中学まではよく校庭でやったね。あと優琉のパス練習に付き合わされたり。」
俺も体がなまってるから、三琴と翔太の朝練に付き合いつつ、少しは体を動かそう。
クラスマッチまではまだ二週間ある。体さえ多少動けば、さほど迷惑を掛けることもないだろう。
そんなことより、今は三琴がいつもの表情に戻って安心した。
「仲間」と言った以上、暗い顔をしているのを放っておくわけにもいかないからな。




