6 百道浜ダンジョン その4
「……時間か」
腹や腕、足など全身を何十回と暴力を振るわれ、それでもはたから見れば怪我をしているようには見えない俺。取り巻き達が順番に試験官の評価を受けに行っている間、すでに抵抗する気がない俺は敢えて体を差し出していた。防具のある場所であれば暴力を受けた跡は見えないし、多少なりともダメージを減らせる。
痛みと屈辱に耐え忍ぶのは最終試験を穏便に終えるため。反抗して本当に再起不能にされてしまったら?もしこの暴力沙汰が試験官に知られて試験が中止にでもなってしまったら?二階堂たちが叱られようが法で裁かれようがどうでもいいが、俺の攻略者デビューが無くなってしまうような事態だけは避けたい。そしてそれは二階堂達も同じ気持ちだったのだろう。そろそろ最後の面談者の芳井が戻ってきても良い頃合いで、二階堂は暴力をふるうのをやめた。
「お前ら、もういいぞ」
額に汗を流している二階堂は取り巻き達に俺を離すよう指示する。やっとこれで終わりかと思った矢先、二階堂はとんでもないことを口にする。
「俺様のマジックバッグをなくした罰だ。お前がマジックバッグになれ」
「え?」
何を言っているかわからなかったが、その意味はすぐ理解することとなる。二階堂は俺のバッグから今回の攻略でドロップした魔石を取り出す。合計5つの魔石は見た目こそ石やガラス玉のように千差万別ではあるが、どれもダンジョンから生まれたれっきとした魔石である。俺がマジックバッグになるということはすなわち、
「口を開けろ」
「は……はい」
俺は痛む身体に苦しみつつ、何とかそう返答する。最悪だ。魔石を俺に食べさせるつもりだ。巷では魔石を食べると体が爆発するなんて噂があるが、実際のところはそんなことはない。口から入れば消化もされずにおしりから出てくるだけ。ただ常識的に考えてそんな目にあいたいかと言われたらNo一択である。いくらダンジョンが好きだからと魔石を食べるなんて冗談じゃない。
「さっさとしろ。芳井が戻ってくるだろうがっ!」
「うっ…!」
俺が口を開けるのをためらっていると二階堂の容赦のない蹴りが腹に突き刺さる。反射的に口も開き、そこへ二階堂の持つ魔石がすべて口の中に詰め込まれた。
ゴクン。
魔石が喉に詰まりそうになりながらも嚥下する。死にはしないと自分に言い聞かせる。ただ数日後に排泄する大便が大変になるだけだ。ただそれだけだ。ちゃんと飲み込んだことを二階堂たちに確認され、ようやく解放される。胸や腹に何か違和感があるので、湧き水でも飲んで違和感を軽減させる。タポンタポンと腹が鳴るが、これで少しは気はまぎれるだろう。ついでに汚れた顔も洗っておく。
そうこうしているうちに最後の面談が終わり、試験官と芳井が戻ってくる。俺は二階堂たちの暴力行為などなかったかのように毅然とした態度を装う。
「皆さんすでに出発の準備ができているようですね。行動が早いのは何よりも大事です。引き際でも攻める瞬間も、後れを取らないことこそがダンジョン攻略のカギです。その調子で後半戦の攻略も進めていきましょう」
新人の評価をしていたためか、より指導者っぽい雰囲気になりつつある安藤さんと内藤さん。
「このダンジョンは4階層構成です。つまり次の3階層を終えると、その次の階層でいきなりダンジョンボス戦が始まります。ここまで2時間ほど攻略を続けてきましたが、皆さんの体は思っている以上に疲れています。皆さんが若く、鍛えており、ダンジョン内で成長していることを加味しても、長時間の攻略はではこのように休憩をコンスタントにとっていく必要があります。もし疲れたときは早めに伝えてください。今日の目標はダンジョンボスの倒し、ダンジョンを攻略することですから。それに――」
湧き水を飲んでも止まらない胸のムカムカのせいで話に集中できない。気を紛らわせるため、その間にステータスを確認する。
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なまえ:小野寺太郎丸おのでらたろうまる
とし:16
しゅ:ひと
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ついかこうげきりょく:40(+5)
ついかぼうぎょりょく:33(+3)
まなりょう:18(+3)
ついかいどうそくど:21(+6)
ついかまほうこうげきりょく:13(+3)
ついかまほうぼうぎょりょく:49(+4)
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さいだいだんじょんれべる:1
だんじょんこうりゃくりれき:『ももちはまだんじょん(1):3かい』
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「だいたい20くらい合計で上がったのか。2時間くらいだからそんなものか」
一般的にダンジョンには居れば居るだけステータスは上がっていく。ダンジョン黎明期からこの話は有名であり、レベルNのダンジョンに1時間居るごとに合計10×Nくらいステータスが上がるそうだ。もちろん個人差もあるし、ダンジョン内の戦闘や移動距離なども関係してくるらしいが、ステータスがじわじわ上がるのは、なんとも筆舌しがたい心地の良さがある。胸やけと合わせてプラマイゼロだ。
「——では出発します。気を引き締めていきましょう」
試験官の後半の話はほとんど聞いていなかったが、試験官が歩きだすのに気づき、その後を追う。少し歩き方がぎこちないが、気づかれないようゆっくりと、二階堂たちを盾にするようにできるだけ後ろを歩きながら。
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2階層のセーフゾーンを発ち、階段を登って3階層についたこのパーティは、少しイレギュラーな事態になっていた。ダンジョンの構造は完全ランダムに生成されるとされており、それに合わせて次フロアへ続く階段もランダムな場所に生成される。つまり何が言いたいかというと、
「はっ、ラッキーじゃねえか。これでまた1時間も歩かなくて済むじゃねえか!」
「おお!ツイてますね!二階堂さん!」
3階層に到着してすぐ目の前にあった十字路を右の通路を確認すると、その先にセーフゾーンと4階層へと続く階段があったのだ。
そのことに気付いた二階堂は嬉しそうに大声を出し、続いて取り巻き達も歓喜の声を漏らす。これ以上歩くことなく、ダンジョンボスに挑めることに喜んでいるのだろう。
「そうですね。先ほど休憩を取ったばかりですし、このままダンジョンボスに挑んでも大丈夫でしょう。基本的には皆さんが主体となってダンジョンボスを――」
「いや、俺様が一人でやる。誰も手を出すんじゃねえぞ」
そういった二階堂は誰よりも早く階段を上っていく。続いて二階堂の取り巻き、試験官、俺と順に階段を上っていくと、相も変わらず普通の洞窟のような壁肌に囲まれた広い半球状の空間に出た。そしてその中心に一匹の魔物が立っていた。
「ゴブリン剣士。このダンジョンのボスは剣をもったゴブリンです。なまくらでは無く、れっきとした鉄剣なので注意が必要です」
安藤さんが解説をしてくれる。すでに知識ではあったが、実物を見るとこれまでの道中の魔物とは格が違うのが分かる。
ダンジョンの出現直後、ダンジョンへと踏み入った民間人のうち、約8割の人間が帰らぬ人となったそうだ。原因は餓死や道中の魔物などいくつか考えられているが、もっとも多くの人間が殺されたのはダンジョンの最奥に待ち構えるダンジョンボスという説がある。ダンジョンレベルが低い、それもレベル1のものなら、一般人でもそのほとんどが生きてダンジョンの奥まで行けるだろう。しかし、ダンジョンボスだけはちゃんとしている。武器を持ち、攻撃や防御を知っている。実際にダンジョンボスを見てその説は正しいだろうという直感がした。
まあそんなにダンジョンボスは強いんだぞ!といったところで、今の話はあくまで一般人を対象とした話だ。今、ダンジョンボスと相対しているのは準備を整えた人間たち。万が一にも負けることはないだろう。
「『大一閃』!!」
まさに瞬殺といった決着だった。もともと一人でも過剰戦力だった二階堂がいつの間にか取得したスキルを用いたのだ、それも当然だろう。そのスキルによる一撃は、今までの二階堂の荒々しいものとは違い、鋭くも美しくもあった。
「まあこれくらい当然だな。俺様のスキルなんだから当たり前だ」
「さすがです!二階堂さん!」
「見事に真っ二つですね!」
二階堂は自身のスキルに一瞬呆けるも、すぐにいつもの調子で自慢げに鼻を鳴らす。そしてそんな二階堂を取り巻き達が囃し立てる。
「皆さん、お疲れさまでした!」
ゴブリン剣士が消えていく中、試験官たちはダンジョンボスの討伐を確認し、皆の注意を引く。
「それではこれにて最終試験は終了とします。今回はレベル1ダンジョンを過去にクリアしたことのある私たちがいたので、ダンジョンボスからのドロップ品はありません。ただ、今後レベル2以上のダンジョンボスに挑む際、パーティ全員がそのレベルのダンジョンを攻略したことがなければ、ボスから必ず何かしらドロップするので、その時は忘れずに回収しましょう」
「ボスを倒したので、28秒後に自動でダンジョンの外に脱出します。装備や荷物を手放さないよう気を付けてください。それと、最後に自身のステータスを確認しておいてください。二階堂さんのようにスキルが発現している可能性があるので、次回以降の攻略を考える助けとしてください」
試験官がそう締めた後、二階堂やその取り巻きはすぐにステータスの確認を始めた。
「あ、俺には『一閃』のスキルがあります」
「まだ俺はスキルがないみたいです」
「お前ら、そんなに焦るな。どうせまたダンジョンには行くんだから」
軽快に口が回る彼らをよそに、俺も少し浮足立つ感じで自分のステータスを確認する。先ほど数分前に確認したばかりだが、スキルを覚えている可能性がある。
すでに統計がとられているのだが、『スキルの習得・変化が発生するタイミングの半分以上はダンジョンボス討伐後』らしい。過程や要因などの詳細な部分は研究段階らしいが、こういったスキル習得形態がある程度判明しているのはありがたい。
荷物に中に入れていたステータスカードを見るとそこには先ほどとは異なる結果のステータスが載っていた。
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なまえ:小野寺太郎丸おのでらたろうまる
とし:16
しゅ:ひと
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ついかこうげきりょく:41(+1)
ついかぼうぎょりょく:36(+3)
まなりょう:19(+1)
ついかいどうそくど:24(+3)
ついかまほうこうげきりょく:13(+0)
ついかまほうぼうぎょりょく:51(+2)
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あじゃすとうぉーく
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さいだいだんじょんれべる:1
だんじょんこうりゃくりれき:『ももちはまだんじょん(1):4かい』
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先ほどのステータスカードには書かれていなかった文字列『あじゃすとうぉーく』。
このスキルについて俺の脳内データベースで検索をかけるが、ヒットしない。公開されているほとんどのスキルを把握している俺を以ってしても分からないこのスキル。
「ふはっ、なんだこれ」
まさか初めてのダンジョン攻略で、こんな未知に出会えるとは。想定外の事象に俺の心が一層ざわめくのを感じる。
その高揚は二階堂から受けた痛みを忘れるほど強烈だった。今後のダンジョン攻略の戦略を練り直す必要がある。さあここからどうするのか。ダンジョンボスの部屋が暗闇包まれ、いよいよ初めてのダンジョンクリアという状況の中、俺は不敵な笑みを浮かべたのだった。
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暗闇が晴れると受付で見たような現代技術で整備がされている施設に出た。とは言っても入り口ではなく、ダンジョンの裏側に用意された別の施設である。ダンジョン攻略後はダンジョン裏に転移させられるため、あらかじめその場所に脱出用の施設を建てているのだ。
入場施設とは異なり、ダンジョン攻略に精を出し切った攻略者たちが集うこの場所は、ドロップ品の買取や簡単な手当てが受けられる場所となっている。現に、数名の攻略者らしき人が買い取り窓口でお金を受け取っている。
その様子を横目に、試験官は俺たちから生存報告用のデバイスを回収して受付に渡す。その後、脱出用の施設から出て、そのまま試験の説明が行われた公民館に向かった。中に入ると、すでに椅子等の備品は回収されており、簡易的な受付と山積みにされた資料だけがあった。
「はい、それではこれで最終試験を終了します。すでにあちらには全員合格の旨を伝えておりますので、氏名を伝えて攻略者認定証と攻略者証明書を受け取ってください。証明書は今後ダンジョン入場時に必須なので、絶対に無くさないようにしましょう」
到着するやいなや、二人の試験官は受付を指して最後の案内をする。どうやらこれにて最終試験は完全終了らしい。
「道中の魔物のドロップ品は皆さんが管理していると思いますので、後ほどご自身で分配・売却を行ってください。それでは、本当にお疲れさまでした」
ここで試験官の仕事は終了なのか、二人の試験官はそそくさとその場を離れ、職員の方へ向かっていった。はじめは二階堂に低姿勢の二人だったが、教育指導はタメになったし、ダンジョン攻略者としての実力も間近で見れる良い機会だった。本物の攻略者の情報を得られたので、これからのダンジョン攻略に役立てていきたい。
「へっ、最終試験っつってもこの程度か。拍子抜けだな。さっさと証明書をもらって次のダンジョンに行くぞ!」
「もちろんです!二階堂さん」
「次はレベル2のダンジョンですね。調べておきます!」
そんな意気込みをしつつも、二階堂たちの視界には入らないよう気を付ける。このまま彼らが去ってくれることが俺にとって最も幸福なのだから。
そうすると願いが通じたのか、受付に向かう二階堂たち。配布予定であろう資料をいらないだのさっさと準備しろだのひどい悪態が聞こえるが、素知らぬふりをする。数分もしないうちに書類等を受け取った彼らはこちらを一瞥することなく、公民館から出ていった。
何とか二階堂たちと別れられ、一安心する。今日は二階堂に連れられたり、ダンジョン内で殴られたりと散々だったが、そういったごたごたから何とか解放された。
ここからが本当のスタートなのだ。
「――こちらが小野寺さんの攻略者である認定証と証明書です。また、攻略者としての心得が書かれた冊子もありますので、次のダンジョン攻略前までにお読みください。以上で手続きは終了となります。何かご質問はありますか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
「はい、それではご武運をお祈りしております。頑張ってくださいね」
受付の方から渡されたA4サイズの認定証と心得本をバッグに、免許証サイズの証明書を財布に入れ、俺はその場を後にする。質問することはないほどに勉強はしているし、かといって俺すらも知らないスキルについて聞くのもやめておいた。これからまた百道浜ダンジョンに潜り、諸々の確認をしなければならないのだ。二階堂も次のレベルのダンジョンに行くと言っていたので、安心して百道浜ダンジョンに行くことができる。
そんな心持で、俺は再び百道浜ダンジョンの入場口へと向かった。
先ほどとは違い、しっかり証明書を受付に提示し、生存報告デバイスを受け取ってダンジョンの中に入る。たった一人だが、すでに経験済みのダンジョン。俺には緊張や不安は全くなった。
「安藤さん、本当にあのままで良かったんですか?」
「ああ、二階堂さんの行動は本来なら止めなければならないが、小野寺くんがそれを拒否していたからな」
「やっぱりダンジョンに早く潜りたいんですかね。どんな暴行にも耐えてまで、事なかれを貫くなんて」
「小野寺くんは優秀な新人だ。今後良いパーティと巡り会えることを祈ろう」
「はき、分かりました。では一旦この場は見ないフリで進めますね」




