64 【我才視点】 料亭の一幕の裏側 その1
ソファに埋もれるように座りながら、腕を組んでニヤリと笑みを浮かべるのは、大峰組のボスの一人娘である大峰夕夏。
組の構成員からお嬢と呼ばれ、明晰なる頭脳を発揮し、組に多大な貢献をしている女性だ。
俗に言う天才と呼ばれる人種である。
例えば、ダンジョンの出現からわずか数日で複数のダンジョンを掌握し、今日に至るまでその存在を外部へ悟らせない情報網を築き上げた。
例えば、JPDC発足とほぼ同時に構成員を送り込み、、内部関係者しか知り得ない情報を絶え間なく吸い上げる仕組みを完成させた。
例えば、攻略者という不安定な立場に目を付け、闇金、身分の成り代わり、ダンジョン利権など、裏社会に新たな利益を生み出す仕組みを閃いた。
すべてお嬢の成したものだ。
そんなお嬢はよく突拍子のないことを思いつき、計画立て、他の者に実行させる。
もちろん外れる試しもなく、ここ数年で組の規模は九州でも随一となっていた。
そして今、『小野寺太郎丸捕獲大作戦』なる次の作戦を考えている。
天才ゆえか、言葉が妙に足りないのはいつものこと。
俺はいくつかお嬢に質問することにする。
「お嬢、それだけじゃ仕事になりません。順に聞かせてもらいます。」
「構わん、聞きたいことは全部聞いてくれ。ああ乙野もな、疑問を残すなよ」
「承知しました、お嬢」
長く紅い髪を靡かせ、お嬢はノートパソコンを自分の膝の上で開く。
ちらりと周囲のモニターを見ると、ダンジョンチャンネルや何らかのチャートのリアルタイム変動、おそらく構成員の誰かの攻略中のダンジョン映像が流れている。
小さいが音も流れており、こんな時でもお嬢は絶え間なく聞いて、理解し、頭に入れ続けているのだろう。
改めてお嬢の天才さを実感しつつ、気になる疑問をぶつけていく。
「まず、『小野寺太郎丸』の情報が欲しいです。申し訳ないですが、それはいったいどこの誰なんですか」
初めに聞くのは、おそらくこの作戦における最重要ターゲット。
裏の世界で長年生きてきたが、そのような名前は聞いたことがない。
ゆえに先にその疑問は解いておく。
「小野寺太郎丸、16歳、男子高校生。福岡県福岡市柏原9丁目10-8の一軒家で生まれた小野寺家の長男。家族構成は2人の両親と2つ年下の弟。弟が海外のサッカークラブの下部組織でプレーしているため、両親はそれに付き添う体で海外暮らし中。今あの家には小野寺太郎丸が一人で暮らしている。通っている高校は北南高校で、先々月にダンジョン専修課程を修了済み。今は学業とダンジョン攻略者の二足のわらじ状態。とりあえずこれくらいで良いか?」
カタカタとPCを操作しつつ、淀みなく言い切るお嬢は、どこか挑発的な目線を俺に向ける。
「大丈夫です。高校生で攻略者とは、つくづく世界の移り変わりは早いですね」
俺は顎を何度かさすり、お嬢から伝えられた情報を整理する。お嬢は無駄なことは極力しない。
つまり、今伝えられた情報が『小野寺太郎丸捕獲大作戦』のための最低限の情報なのだ。
挑発的な目線の正体は、これらの情報から何が言いたいか分かるか?ということだろう。
幾つか作戦の目的を考えつつ、次の質問をする。
「では次の質問です。彼は強さ以外にも何か秘密を持っているのですか」
その質問に満足気に口角を上げるお嬢。質問の意図をくみ取ったのか、次なる情報を開示していく。
「察しがいいな、我才。そう、前提として彼は強い。おそらく、ダンジョンレベル10程度なら遊び場だ。それに理由は分からないが、ダンジョンで爆走するような奴でもある」
「それは、なんというか若いですね」
「ああ、ちなみにこの情報は乙野が持ち込んできた。上山田ダンジョンを攻略した小野寺太郎丸の付けていた生存報告用デバイスにきっちり記録されていたよ。時速20キロメートルでデバイスが動き続けているとな」
お嬢は乙野へちらりと目くばせする。どうやら情報元である乙野に詳細を話せということだろう。
「小野寺太郎丸。ええ、私が報告を上げました。ダンジョンを1人で攻略するタイプで、まあ特段珍しいわけではなかったですが。ただ攻略の速さには素で驚きましたね」
やれやれというポーズで語る乙野はどこか得意げだ。上山田ダンジョンと言えば乙野が配属されたJPDC管轄のレベル5のダンジョンだったはずだ。
人気があまり無いので俺も仕事のために利用することがたまにあるくらいだ。
「その彼、現在ダンジョンレベル10の大濠公園ダンジョンを現在攻略中ですよ」
「ああ、相も変わらず走りながらの攻略中ですね。心拍数はやけに低いですが」
いつの間にかモニターは生存報告用デバイスの各種データが映し出されていた。
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最終データ送信時刻:
2028年4月22日 12:18:01
攻略迷宮:大濠公園ダンジョン
滞在時間:03:31:18
心拍数:80拍/分
呼吸数:15回/分
血中酸素濃度:99%
体温:36.7℃
移動速度:19.4km/h
総移動距離:10.1km
バッテリー残量:89%
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「これはその小野寺太郎丸の現在の状況ですか。確かに走っているようには見えますが、あまりに平常状態すぎますね」
「低レベルとはいえ新米攻略者の最初の壁になるのがこのレベル帯だ。なのに、彼の攻略速度と生体情報の落ち着きようは並外れている。今はちょーっと彼の攻略記録を改ざんしているが、彼には強さともう一つ何かあるとにらんでいる。改ざんはそれを隠すためと言っていいだろう」
「確かに、彼には何かあってもおかしくはない、ですね」
データから小野寺太郎丸という人間の情報を把握し、確かにある種の異質さを感じる。
思えば家庭環境も複雑そうで、人としての何かにも普通ではない部分があるかもしれない。
「あっ、そういえば」
そう思案していると、乙野が思い出したかのように声を上げる。
「お嬢。私は小野寺太郎丸以外にも何名か報告してましたよね。彼らもその何かがあっても不思議ではないんじゃないですか?確か、四至本徹や京堂漣がいたはずです」
その名前を聞き、俺はどこかで聞いた名だと思いいたる。まだ攻略者となって1年もたっていないが、すでに頭角を現し始めているという噂があるはずだ。
お嬢もその名前を聞き、頭をガリガリ搔きながら否定する。
「あー、元々はそっちの攻略者も調べていた。確かに報告通り、申し分ない強さやポテンシャルを秘めていそうだったよ。それに何らかの悪事の働いていた過去もあるようだし、それを理由に脅迫することも一時は考えた。でも、ただそれだけだ。所詮は腕っぷしだけの若造なぞ、あと半年持てばいいほうだ。少なくとも、今回の作戦の中心を担ってもらうには役者不足だ」
「な、なるほど……さすがです、お嬢」
乙野が何らか深く感心している中、俺はお嬢の作戦の大体の概要を把握した。
この作戦の最初の目的は、四至本徹や京堂漣にはなく、小野寺太郎丸が持っているであろう何かなのだろう。
しかし、それも通過点に過ぎないはずだ。
小野寺太郎丸の身柄を抑え、その何かを手に入れたとき、さらなる次の目的が明らかになるのだろう。
とはいえお嬢のことだ。最終的な目的であるお嬢が求める唯一のものは――
「この作戦の成功のためには、より小野寺太郎丸の情報がいる。嗜好、行動原理、譲れないもの。そして何を求めるのか。あたしでさえまだ不明な情報が多岐に渡る。ただ、そこが分かれば、十分小野寺太郎丸の底は知れる」
それだけ言うとお嬢は部屋から出ていく。そのままどこかへ走り去っていくのを尻目に、俺は乙野と一言二言だけ交わす。
「乙野、俺はお嬢についていく。その間、小野寺太郎丸の学校での情報を集めておけ。ソロ攻略者とはいえ、学友の1人くらい入るだろう。お嬢の計画遂行のため、どんな些細なことも見逃すな」
「承知です。お気をつけて」
とりあえず次の俺の仕事が決まった。
お嬢の護衛と小野寺太郎丸人物の調査だ。
髪が地面擦れるのも気にせず悠々と歩いていくお嬢を、俺は追いかけていくのだった。




