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62 料亭での一幕

「おっ、ここか」


 スマホ片手に下関市内を歩いていくと、ついに目当ての料亭に着いた。

 普段は予約が必要な全席個室という、学生には少々敷居が高そうなお店であるが、攻略者向けに全面改装したばかりらしく、コース料理も意外とお手ごろな値段で食べられるとのこと。先ほど攻略者であることを伝えつつ予約してみるとあっさり通り、さっそくこうしてえっちらおっちらやってきたのである。


 何とかスマホの充電が無くなる前に料亭にたどり着き、一応手櫛で髪の毛を整えながら攻略者姿で入り口から中に入る。


「うおぉ……これは、なんか世界が違うなぁ」


 着物を着た女将さんが入り口までやってきてくれて、深々と頭を下げてくる。もうすでに俺の住む世界とは一線を画す出迎え方に若干引き気味である。


「す、すみません。本当に5千円のコースで合ってますよね?」


 案内された奥の方の個室に入るなり、俺は不安になってそう尋ねてみる。女将さんはにっこりと笑いながらそんな緊張しなくて大丈夫ですよと、1枚の3つ折りにされた紙を渡してくる。


「本日のお品書きでございます。(いろどり)コース、全6品で5千円でお間違いないですよ」


「はは、すみません。なかなかこういうところに来ることがなくて。ありがとうございます」


「それではごゆっくりお過ごしください。お飲み物もコースに含まれておりますので、コースを開始させていただきます」


「お、お願いします」


 その一挙一動が作法によって成り立っているのだろうか。非常に丁寧な対応になかなか緊張が収まらないものの、最初のメニューがやってくるのを待つ。そわそわしすぎてスマホを見るのもためらわれる中、1分と経たず、若いお兄さんがオレンジ色の液体に満たされたグラスを持ってきた。


「失礼いたします。こちら『せとみ和ジュース』になります」


「あ、ありがとうございます」


 初めて聞く名前のジュースを受け取り、お兄さんが個室から退出すると同時に一口飲んでみる。見た目からオレンジジュースのようなものかと思ったが、甘さの中に上品さを感じる酸味が爽やかでとても美味しい。ダンジョン攻略で疲労した体の細部まで一気に染み渡っていき、細胞が活性化するようだ。


「って俺はグルメ漫画のキャラか」


 初めてのドリンクに少し味の感想が溢れてしまったが、自分に突っ込みを入れてもう一口和ジュースを飲む。スマホで調べてみるとせとみという柑橘系の果物があるそうだ。


「へえ、隣の県に住んでるけど知らんかったな。普通においしいし、もしやこの料亭はすごくいいところなのでは?」


 初めての料亭でよくわからない情緒になりつつも、そうして食事は進んでいく。


 冷奴や薄いモチモチの皮に包まれた色とりどりの野菜、柔らかいローストポークやフグの刺身、最後に3種の具沢山おにぎりまで順に運ばれてくる。どれも初めて食べるようなもので、腹の底から食事を堪能しながら至福の時を過ごしていく。入店から1時間ほどが経ち、俺は大満足で食事を終える。


「いやあ、やっぱりこういうのは世界が広がるなあ。今後もお金に余裕ができたらダンジョン攻略後にいろんなお店に行くのもいいかもしれないな」


 おにぎりについてきた沢庵をポリポリと食べながら、一人食後の一時を過ごす。ダンジョン攻略者になり、ダンジョン攻略だけに精を出してきたが、意外とダンジョン以外にも新しい出会いがあったことに喜びを感じる。幸せとはこういうものなのだろうかと悟りそうになった、その瞬間。


「おい!お前今俺らの話を盗み聞きしただろ!!」


 幸せのしの字もなさそうな喧噪が聞こえてきた。


 別の個室から壁を貫通して響く大きな怒鳴り声に耳がキーンとなってしまう。そして同時に、あの二階堂のそれよりも上回るドスの利いたガラガラ越えに、俺は身を強張らせる。

 幼いころ、福岡のどこかの街でも聞いたことがあるような普通じゃない声。俺はその声の持ち主が一般的ではない、もっと言えば「ヤ」とか「極」とかつくようなお仕事をされている人間だと気づく。


 俺はすぐにその場を離れようと個室から出ようと荷物をまとめる。しかし運命は残酷なのか、本来外開きの個室扉が内側に開くようにして壊れ、1人の男の人が飛んでくる。激しい木材の破壊音と突如現れる人1人に俺は驚きを隠せない。


「なっ、ええ!」


 とはいえ俺はダンジョン攻略後の攻略者である。体がまだ戦いの動きを覚えていたのか、何とかその店員姿の男の人を受け止め、下手に転倒してしまわないよう支える。伊達に鍛えていないので、成人男性1人くらいなら何とかなるものだ。


「お前もかああああ!!」


「うわあああ!!」


 受け止めた男の人に大丈夫ですかと声をかけようとすると、今度は先ほどの怒号と別の若い男の叫び声が聞こえ、壊れた扉からもう一人の男の人が飛んでくる。


「馬鹿な!ぶへっ!」


 先に支えていた男の人を強引に横に放り投げ、今飛んできた男の人を俺が下敷きになることで、怪我をしないように着地させる。全くひどい目に遭ったという感想と、絶対に関わってはいけないのにどうしてこんなことにという諦めのような感情が渦巻く。


 2人の男の店員に心配をされつつも俺は立ち上がる。


「ああ?お前は誰だ?」


 壊れた扉からのそのそと個室に入ってくる男——真っ黒なスーツと2メートルはあろうかという巨体を持ち、首元に薄っすら見える()()と無数のピアス、そして濃い茶色のサングラスが特徴的だ——がはたから見ても怒っていることが分かる程顔を赤くしている。

 確か話を盗み聞きされたとかなんとか言っていたが。


「俺はそこの2人に用があんだ。邪魔するなら小僧もただじゃ済まないぜ?」


 ひぃぃぃ、怖ぇぇぇ。飛んできたお二人さんが何をしたかは知らないが、ここはさっさと道を譲った方がよさそうだ。お二人さんも何の事か分からない、盗み聞きなんてしていないって白を切った方がいいですよ。


 もちろん口にはしないもののちらりと2人の男の方を見ると、あわあわと焦っている様子が見てとれる。


「いっ、いや、私たち何も知らないです!本当に話なんて全然聞いてないです!なあ!?」


「はっ、はい。僕もなにがなんだかで……っ。全然、ダンジョンアイテムの販売ルートが開拓できたりとか、何かの改ざん方法の目途が立ったりとかなんてっ、聞いてないです!!」


「あっ、おま、馬鹿野郎!何言ってんだ!そんなこと言ったら俺らが別の組の人間だってバレるじゃねえか!」


 ちょっと待ってくれんか。何べらべら喋ってるのこの人たち。漫才でもやっとるんか?

 ああああ、ほらあっちの人すっごい怖い剣幕で今にも襲い掛かりそうじゃん。俺もう怖いんで帰りたいんですけど。


「小僧、最後の忠告だ。そこを、どけ。用があるのは、あの2人だ」


 恐ろしく冷えた声でそう言われ、俺は震える脚を何とか動かして部屋の隅に寄る。もしかすると俺は初めて人が人でなくなる瞬間に立ち会うのかもしれない。そう想像するだけでさっき食べたものが全部胃から出てきそうになる。なるべくその光景を見ないよう目を瞑ることにする。

 2人の男から助けを求めるような視線が来ている気がするが、ダンジョンの外では俺は無力なんだ。さすがにその人相手に大立ち回りは欠片もできる気はしない。そして静かに目を閉じようとしたその瞬間。


「『ウォークライ』」


 一瞬大柄の男のピアスの一つがキラリと光る。そして静かな声だったが確かに聞こえた『バフスキル』の名称。気づけば目の前の巨体が消えており、それに気づくと同時に凄まじい風が目の前を吹き抜けていく。そして大男が2人の男の首を持ち上げ壁に穴が開きそうな勢いで押し付けていた。


「ぐあぁ……」


「がっ、何もここまでっ……!」


「こういうのは最初が肝心だ。覚えておけ」


 全く見えなかった今の攻防。いや、()の挟まる瞬間などなかったか。しかしそんなことは俺にとっては重要ではない。俺は、今あの大男が本来ダンジョンの中でしか使えないはずのスキルをこの場で使えた理由である、耳のピアスに視線が釘付けになっていた。丸みを帯びたパールのような装飾だが、大男が『ウォークライ』と言った瞬間に光っていた。それは『奇跡保管装飾品』と呼ばれるものであり、名前の通り、ダンジョン内で発動するスキルを1度のみ地上でも発動できるようストックさせることができる。

 細かい説明は省くが、魔道具や魔法具とも呼ばれるものの1種であり、そのドロップ率の低さや最低でもダンジョンレベル20のダンジョンから出ないとドロップしないと言われている。


「す、すごい……」


 俺は今、まさに無邪気な子供のような表情をしているだろう。先ほどまでの恐怖よりも自分の好奇心の方が上回ったのだ。まだまだ先の存在だと思っていたものが、こうも近くになる状況に、どうしようもなく酔っていた。


「あー、派手にやってるなあ。ちょっと、あんまりやらかすなって言われてるでしょ」


 すると壊れた扉からまた誰かが現れた。大男と同じくサングラスをしており、かと思えば俺よりも身長が低そうな華奢な少年が歩いてくる。


「ん?げっ、カタギもいるじゃん。ちょっと、どうすんのこれ?」


 少年は俺に指をさしつつ、大男にめんどくさそうな声音でそう問いただす。


「お前がどうにかしろ。そういうのは得意だろ」


「ちっ、人使いホント荒いな。まあいいや、君、スマホとか電話とか持ってる?」


「え、は、はい」


 その少年からは不思議なことに恐怖を感じなかった。どちらかと言えば友達から何かを借りようとするくらいの気兼ねなさを感じるくらいだ。俺はその質問に戸惑いながらも普通に返事をしてしまう。


「正直だね。で、それはポッケにあるんだね」


「え」


 するとするりとした動きで目の前の少年は、俺のズボンの右ポケットからスマホを抜き取ってしまった。あまりに自然で流れるような一瞬の出来事に俺は困惑の一言しか発せない。


「質問されたときに右手がポッケの位置に近づいてたよ。分かりやすいね」


「ちょっと、返してくれませんか」


 すぐにスマホの場所がバレた種明かしをされながらも、俺は必死にスマホを返すようにお願いする。


「ダメ。君、ツイてないけどこうなったらもう選択肢は1つだけだ」


 少年はいつの間に取り出していたペンチを俺のスマホに何度もたたきつける。


 バキッ、バキッと音を出しながら画面にひびが入っていき、確実に壊れたと分かっても何度もペンチを振り続ける。その執拗さを目の当たりにして、初めてその少年に恐怖を覚えた。


「な、何を……」


「もちろんこんな話を漏らされたらたまったもんじゃないからね。スマホは壊させてもらうよ。で、君もこうなりたいかい?」


 少年の口が三日月のように曲がるが、サングラスで隠れた目は確実に笑っていないだろう。もしこの場で変な答えをしてしまえば、俺は壊れたスマホのごとく、ただの肉塊になってしまうのだと直感する。いつの間にか奇跡保管装飾品をお目に書かれたときの興奮は消えており、先ほどのえも言えぬ恐怖が戻っていた。


「なりたく、ないです」


「それじゃ君はここで家に帰るんだ。今日は夜ご飯にここに来て、コース料理を食べて、満足して帰った。その途中でスマホを落としちゃったバッドイベント付きでね」


 無茶苦茶なことを言われているのはわかったが、それをひっくり返せる状況でないことも理解している。ちらりと最後に大男の方を見てから、俺は黙って頷き、残りの荷物だけを急いで持って逃げるように帰るのだった。


 俺の人生最悪の1日の候補になるような日であった。

『ウォークライ』

 攻撃と防御のステータスを1.5倍ずつに上昇させるバフスキル。ここでいうステータスは追加ステータス込みのことを指しており、地上ではほとんど追加ステータスがないので、その人間本来の能力のみが1.5倍の対象となる。

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