59 下関ダンジョン その1
ダンジョンレベル14である下関ダンジョンは、名前の通り山口県下関市のダンジョンである。しかしその詳細な立地は他のダンジョンの物と比べ、少しばかり特殊である。
下関市の西部に位置する日本海の海中、水深7メートルの海底にそのダンジョンは出現した。
世界的に見ても海の底にダンジョンが出現する事例はある。それこそニールセンを生んだデンマークでは、グリーンランド周辺の広大な北極海の至るところに海底ダンジョンがあるそうだ。いずれもニールセンのダンジョン攻略によって生み出されたものばかりで、今のダンジョン攻略者では入ることはかなわる超高レベルのダンジョンばかりであるが。
前提としてダンジョンの出現位置――ことさらダンジョン初攻略によって生成されるダンジョンの場所は予測ができないとされている。例えばだが、前人未攻略ダンジョンである『博多ダンジョン』も攻略されたとして、次のダンジョンレベル31のダンジョンが沖ノ鳥島側に出現するかもしれないし、俺の家の真横に現れる可能性さえある。
前提の前提として『次のダンジョンは攻略されたダンジョンがある国の領域内に出現する』ということでさえ、経験則的にそう言われているだけであることを考慮すれば、その予測がいかに無謀かが分かるだろう。もちろんこの性質も神なる存在を示唆する1つの理由である。
「おお、やっぱり海辺近くの海底ダンジョンは人気あるんなあ。半分くらいは観光客じゃないか?」
夏のように強い日差しを浴びながらも、手で目の上を覆い、海岸線を望む。ビーチというほどの広い砂浜ではないが、桟橋や手すりが至るところに設置されている。下関ダンジョンの周辺には攻略者姿の人だけでなく、海や海底へ続くトンネルの入り口を楽しそうに眺める一般人も大勢いる。
その風景だけを切り取れば人気の観光地にも見えるが、ここはダンジョン側の地域である。道路を挟んだ陸側にはダンジョン用の備品を取り扱っている商店もちらほら見える。人気のダンジョンの近くであればそれだけ攻略者も寄りやすいだろうし。
「まあでも寄る必要はないか。どっちかって言えば海底トンネルの方が楽しみだし」
すでに攻略準備は終わっているので、海辺近くに立ついつものダンジョン管理施設である白い建物へ向かう。さすがに海の中のダンジョンを囲うように施設は立てられないので、こうして近くの陸地に建てられている。
中に入るとやはりというか、外よりも多くの攻略者が集っている。皆がパーティを組んでいる中、改心組の3人からパーティに誘われたことを思い出しながら、一人で列に並ぶ。やろうと思えばパーティでも組めるんだという謎の自負とともに。そして列に並び始めてから10分も待てば列は進み、海の中へと続く海底トンネルへといざなわれる。
「うわあ、すっげえな。ホントに海の中じゃん!」
「綺麗~。これ見れただけできた価値あるね!」
「ほお、なかなかしゃれたもんじゃあねえか」
天井も壁も長いガラスの筒のようになっている海底トンネルに、ほかの攻略者も感嘆の声をあげる。かくいう俺も頭上からの差す日光がキラキラときらめく海中の様子に見惚れる。なるほど、これは確かに観光地としても有名になるわけだ。
他にも海の中のダンジョンはあるが、ここまで観光に力を入れた施設を作っているところは少ない。幻想的な光景に感動しつつ、列前の攻略者パーティがダンジョンへと進入していく。そしてついに自分の番になったので、少し名残惜しさを感じながらも係員の案内に従ってダンジョンの中へと進んでいった。
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「お、さっそく魔物か。久しぶりだな『ゴブリン剣闘士』」
「グギャァァアア!!」
「いきなりか!」
下関ダンジョンに入って早々、目の前にいたゴブリン剣闘士は人の丈ほどある巨大な剣を振り下ろしてくる。大雑把に見えるその攻撃は、それでも容易く人体を粉砕する威力を秘めている。俺は横っ飛びで剣に当たる前に回避する。ステータスの力もあり、雑な攻撃であれば見てからでも躱せるまでになってきた。
「お返し、だああ!」
「ギャアアア!!」
回避中、空中で体をわずかにひねり、腰のナイフを軽やかに投擲する。自分の攻撃に集中していたゴブリン剣闘士はあっさりとのナイフを目に食らい、大きな叫び声をあげる。
「悠長だねえ」
ゴブリン剣闘士が自身の顔を抑えている隙に、俺はマジックバッグからアイアンバンブージャベリオンを抜き出す。腰を落として構え、戦闘態勢を完全に整えたところで、相手はようやく痛がることを止め、怒気をはらんだ片目を俺に向けてくる。
「来いよ。お前1匹じゃもう相手にならんぞ?」
「グギャアアア!」
「甘い!『かうんたーばらんす』!」
今度は大剣を横なぎに振るってくる。精細さはないが、圧倒的なエネルギーが込められたその一振りを俺は防御スキルで相殺し、お互いの武器がぶつかり合って停止する。
「からの、『ふれいるすいんぐ』!!」
お互いの動きが止まったわずかな瞬間が生まれるも、俺は間髪入れず攻撃スキルをお見舞いする。直後、急加速するアイアンバンブージャベリオンをゴブリン剣闘士はなすすべなく顔面に食らってしまう。骨を砕いた手応えを確信しながらも込める力は緩めず、ゴブリン剣闘士の体ごと吹き飛ばし、地面へと伏せさせる。
「トドメだ」
脳まで衝撃が伝わっているのか、伏せの状態からなかなか立ち上がれないゴブリン剣闘士。そこへ放たれるアイアンバンブージャベリオン。それはゴブリン剣闘士の胸を貫き、瞬時に光の粒子に変えた。
「んー、ドロップはなしか。あの大剣、手に入ったら武器としては使えなさそうだけど、普通に観賞用にしたいくらい大きかったんだけどなあ」
「タロウマル君、結構いかつい趣味してるよねぇ」
残念だなあとつぶやいた独り言に、ステアは反応してくる。今日もお勤めで頭の上で階段の位置を示している。
「ええ~ロマンって言ってよ。あんなでかい剣を家に飾れたら毎日が楽しくなるでしょ」
「んー、ならない」
「辛辣すぎる。ああ、どうして俺のことわかってくれないんだよおおお」
唯一気兼ねなく話せる存在が薄情すぎて涙が出てきそうだ。しかしそんな俺の様子に興味がないのか、ステアは淡々と見つけた魔物を報告してくる。
「あ、ほら次の魔物来たから。ほら戦いなよ」
「あしらい方雑じゃない?」
とはいえ、魔物が現れているのは事実なので、おふざけモードから再び戦闘モードに切り替える。
さあ、どの魔物だ?と身構えていると、目の前の十字路から人のような五体を持った魔物がゆっくりと現れてくる。その体表は肌というほど生物味はない無機物さ纏っており、滑らかな白色に身を包んでいる。そして150センチメートルほどの全身は一部を除いて丸みを帯びている。そしてその一部——人間でいえば手の先に相当するその部位には、斧刃のような末広がりの形状をしていた。
「『マチェットマン』……。面と向かってみると不気味だな。人間みたいなくせに、まるで生気を感じない」
「——」
「しかも口もないのに何か呻き声みたいな音を上げるしほんと怖い、なっ!」
先手必勝。感想もそこそこに、すぐには襲い掛かってこなさそうなマチェットマンにナイフを投げる。距離があったということもあるが、さすがこのレベルのダンジョンの魔物なだけあり、首を傾けて致命傷を避け、わずかに頬を傷つけるにとどまる。ぱっくり裂けた頬からは体表と同じく白色の中身が見えている。
「まだゴブリンの方が人間に近いよな。さあ、行くぞ!『すらむだうん』!!」
「——!」
攻め気を続け、アイアンバンブージャベリオンを振るう。マチェットマンはそれを腕をクロスさせてちょうど両の斧状の手で受け止めた。鍔迫り合いのように勢いを完全に止められながらも、マチェットマンの空いた腹へ前蹴りを叩き込む。
「——」
「さすがに強いな、マチェットマン」
蹴りがあまり効いていないのか、反応薄く警戒を続けるマチェットマンに正直な感想が出る。ダンジョン攻略早々、手強い敵に俺はにやりと笑うのだった。




