39 【流川視点】 流川天馬について
僕は、物心がついた時から勉強に励んでいた。
今では理由も思い出せないが、勉強をしていると親が褒めてくれるとか、テストで良い点を取れてうれしいからとか、おそらくそんなことがあったからだろう。
小学校の頃は休み時間もずっと勉強したのを覚えている。
そんな勉強一筋だった僕に転機が訪れたのは中学生になった頃の話だ。
世の中にダンジョンというものが生まれ、ダンジョン攻略者という職業が認知され始めた。
しかし、僕は勉強に打ち込んでいたため、ダンジョン攻略者についてどんなものかなんて全く知らなかった。
そんな僕を憂いたのか、2人の幼馴染に誘われ、中学校主催の社会科見学や職業体験に参加することになった。そうしてそこで、僕は中学1年生にしてダンジョン攻略者という職業を知ることになる。
ステータスやスキル。
勉強しかしてこなかった僕にはすべてが新鮮に見えた。
すぐに攻略者になりたいと思い立ち、ダンジョン攻略者についての社会見学中、先生に攻略者になるためにはどうすればいいか尋ねた。
しかし、当時は未成年が攻略者になるには特別な方法しかないらしく、基本的には不可能であるということを聞き、僕はとてもショックを受けた。
数年以内には未成年でも攻略者になるための方法や法律ができるという話は聞いたが、それでは遅いと感じていた。
ダンジョン攻略者の職業紹介の場で涙がこぼれそうになる。
そんな様子を見かねたのか、授業に参加していた現役の攻略者が僕に助け舟を出してくれた。
「もし俺を倒せたら、未成年でも攻略者になるための選抜ルートに推薦してやるよ」
僕はすぐに木剣を借り、その攻略者と模擬試合をすることになった。
そして、結果から言えば僕はその攻略者に勝ったのだった。
そのあと知ったのだが、その攻略者はダンジョンレベル20を攻略するほどの実力者だった。
まさか中学生になったばかりの子供に、ダンジョン外とは言え負けた事実はとても信じられなかっただろう。
しかし、その人はプライドよりも先の益を優先できる大人だったのも幸いした。
負けて数分もしないうちに、「逸材だ!」と彼は大声を上げていた。
そのままあれよあれよと、僕はその選抜ルートに参加した。
幼馴染2人もその攻略者に直談判し、僕には及ばないものの、子供離れした力を持っていると判定され、一緒に特選抜ルートを受けることになった。
そしてしばらくは学校を休んでまで特訓し、幼馴染とともに攻略者としての下地を作っていった。
時は過ぎ、選抜ルートが開催される時期になった。
日本各地から色々な経路で選抜ルートへのチケットを手に入れた同年代の彼らと競うこととなったが、最後は僕とその幼馴染の2人だけが攻略者になる権利を得た。
他の受験者の追随を許さない圧倒的な実力を示し他結果だ。
中には良い太刀筋をしていた者もいたが、それでも僕からしてみればまだまだと言った実力だった。
何はともあれ、名実ともにダンジョン攻略者となった僕は幼馴染2人とパーティを組み、全国のダンジョンを攻略していった。中学校を中退し、選抜ルートを突破した恩恵である、日本ダンジョン委員会からの援助を最大限活用しながら。
もちろん、特別な方法で攻略者となったからには真面目で優秀な攻略者として振舞う必要もあったが、これまでまじめに勉強していたおかげか、それほど苦ではなかった。
幼馴染2人は相当苦労していたが、気づけば誰もがうらやみあこがれる女性攻略者となっていた。
いつしか僕らはダンジョンレベル20をも攻略するようになり、パーティの知名度はダンジョン業界でもかなりのものになっていた。
連日、日本中のクランから勧誘を受け、どんなクランに入りたいかパーティメンバーと話し合った。
そして、悩んだ末に『宵の明星』クランに入ることにした。
『宵の明星』クランはダンジョン黎明期の頃から、ダンジョン攻略やダンジョンが出現した地域の自警団を取りまとめており、国からも表彰されるほどの功績を上げた過去がある。
にほんでも有数のクランでもある。
僕らの立ち位置を考えると、最も適していると判断し、クランへの入団を決断した。
未成年である間は完全な所属ではなく、候補者という立場となるが、それでも多くの計らいを受けることができた。
それからは学生という立場を離れ、ダンジョン攻略者として日本各地を飛び回った。
時にはダンジョンの認知普及イベントに出演したり、ダンジョン記事の取材に応じたりと、忙しい日々を過ごした。
大変だったが、自分の力を十全に発揮できていることに喜びを感じていた。
気づけばダンジョンレベル25を最年少で攻略するに至った。
もちろん勢いはとどまらず、ダンジョンレベル29までクリアし、いつでもダンジョンレベル30に挑む準備はできていた。
それから少し経ち。国を挙げて大々的に始まった『博多ダンジョン攻略』。
僕はまだ『宵の明星』クラン所属の扱いではなく、次期所属予定の候補生という立場だった。
その影響で博多ダンジョンには挑めず、悔しく感じる結果となった。
皆、まだ早い、や、次までに力を蓄えよう、などと僕の気持ちを無視したことばかり言ってくるのだ。
僕は自分の実力が足りていないとは思っていない。
一刻も早く仲間とともに攻略の本当の最前線に行きたいのだ。
とはいえ、そんな胸の内は明かさず、大人の都合に従うことにした。
僕らはまじめで模範的な攻略者になのだから。
ただ『博多ダンジョン』攻略を間近で感じるため、九州の範囲でできることに絞ってほしいと直談判はしたが。
そうしていくつか承った仕事の一つに北南高校のダンジョンコースの特別臨時講師の仕事があった。
人に教える立場を通じて、より自分の力と向き合ってほしいとのこと。
与えられた以上は真摯に取り組まなければならない。
幸い僕の知名度のおかげか、請け負った生徒には問題を起こすような人はいなかった。
……請け負った生徒の中には、だ。
以前選抜ルートで戦い僕に敗れたことがある二階堂君はあの時以上に荒れており、他人に迷惑を平気でかけるようになっていた。
もちろん注意はしたが、それで終わるとは到底思わなかった。
その後、二階堂君からかつての仲間への暴力や芳井君と持林君から小野寺君への僕力や恐喝と言った問題が発生した。
攻略者である彼らにあまり好き勝手されると、他の攻略者にも迷惑がかかるということを理解してほしかったが、それはしばらくは難しいようである。とりわけ二階堂君は父の威光を利用しているようであり、まだ僕だけの力では対応ができなかった。
そうして歯がゆい気持ちがありつつも、問題を解決するために色々画策した。
そんな状況だったためか、僕の考えていることを理解してくれた小野寺君には少し興味を持った。
ダンジョンに関する知識だけでなく、どうすれば問題が大きくならないかを理解していた。
もちろんただ臆病なだけではなく、二階堂君の父親の存在なども把握したうえでの最善策を行っていたこともわかった。
僕が彼に興味を持つのも無理はないだろう。
気づけば、ソロ攻略できるか確認するという僕のお節介にも快く承諾し、一緒にダンジョン攻略をすることになっていた。
最近は事務作業や始動ばかりで、ダンジョン攻略できていなかったので、それも相まって彼とのダンジョン攻略は楽しめた。
また、彼は非常に優秀な力も持っていることにも気づいた。
ダンジョン攻略者同士はよっぽどことがなければ互いのステータスを見せ合わないが、ある程度の経験を持つ攻略者ならば、相手のダンジョン内の行動を見ればどんなステータスでどんなスキルを持っているかはわかる――はずだった。
彼は僕のパーティにほとんど何も見せてくれなかった。
できたのは大まかなステータスの予想と圧倒的な投擲技術だけだ。
ダンジョンに入った時の彼の動きや僕の感は何かを隠しているということを訴えかけてくるが、それが何であるか皆目見当もつかなかった。
ただ、彼がソロ攻略に自信を持っているのは、それが要因に違いないことも事実だろう。
幸い僕のパーティメンバーも彼に好意的であったため、僕は思い切ってパーティへ勧誘した。
もし彼がパーティに入ってくれれば、僕らのパーティの質はさらに上がり、ダンジョン攻略の本当の最前線へ行けると確信したからだ。
ダンジョンへの愛も大きく、ぜひ手を組みたいと思った。
だが、あいにく彼はパーティには参加してくれなかった。
こればかりは仕方がない。
だが、諦めるには惜しい人材であるのは間違いなく、またいつか誘ってみることにしよう。
今日はひとまずお近づきのしるしに武器の提供を行って恩だけ売っておき、ダンジョンからは撤退することにした。
いずれは彼と彼の秘密を手に入れる心づもりで。




