3 百道浜ダンジョン その1
公民館から出てすぐ側にある百道浜ダンジョン。
世界に初めて出現したダンジョンの一つ。あれから5年経ち、現在はより大きな建物にすっぽりと覆われて、外からではその異質さを拝むことはできなくなっている。
二階堂パーティ一行としてその建物に足を踏み入れると、そこにはメカメカしい機械群と受付カウンターが並び、一番奥にダンジョンへの入り口が見えた。ちなみにこの機械群は、ダンジョンの研究結果の一つである『ダンジョン内では電子機器による一方向(ダンジョン内から外)の無線通信が部分的に可能』という事実により、その通信のあれこれに関してのシステムが設置されているのだ。
信号遅延バッファ装置だの、識別子応答ノードだの、そういった機器がダンジョン内からの通信データを受信しやすいように制御しているそうだ。ダンジョン内で装着が義務付けられている、定期的に生存報告信号を送るデバイスなんかもそういった機器のシステムがうまく処理しているのだ。
と、知識と実物を照らし合わせている間に受付カウンターに到着する。受付の人からパーティ全員に生存報告用デバイスが渡される。試験官の2人は全員がデバイスを受け取ったのを見計らい、引率らしくデバイスの説明を始めた。
「では、簡単にですが今受け取ったこのデバイスについて説明します。このデバイスは脈拍を感じている間は一定時間ごとに、自動で信号をこの機械へと向けて発信するようになっています。所謂生存報告の役を担っており、およそ3……」
「おい!んなことはどうでもいいだろ?どうせレベル1のダンジョンなんだからさあ。いらねえ説明なんかせずにさっさとダンジョンに行かせろよ!」
俺は出そうになったため息をぎりぎりで止める。自身の安全に関わることをなんでそう無碍にできるんだろうか。そもそもどのダンジョンでも装着が義務付けられてるんだからちゃんと説明は受けるべきだろう。とは思いつつ、二階堂の圧にたじたじの安藤と内藤が、せめて装着だけはお願いしますと言いながらダンジョンへと二階堂を案内し始めたので、仕方なく後をついていく。
「ふーん、ここが百道浜ダンジョンか。まあダンジョンの入り口なんてどこも同じか」
二階堂が立ち止まることなく、開かれたダンジョンへの入り口も入っていく。
「あ、二階堂さん、待ってください!皆さんも急いで入ってください!ダンジョンにパーティで入る際は最初に入った人の28秒以内に全員が入らなければ別々で攻略しないといけなくなります!」
それに続き、2人の試験官は慌てて後を追う。その際、ダンジョンのパーティ判定である『最初に入ったメンバーから28秒以内にダンジョンに入ったメンバーのみ同じ空間に飛ばされる』仕様を説明してくれた。この仕組みは人知を超越したダンジョン特性の一つであり、現在の1秒の定義がこの時間の28分の1となるほどである。
「待ってください、二階堂さん!」
「置いて行かないでください!」
取り巻き達も我先にとダンジョンへと進入していく。俺も嫌々ながら、最終試験に落ちる訳にもいかないので入口へと足を動かす。その間にスマホでとあるアプリを起動しながら。
初めて生で見るダンジョンの入り口は、ただただ黒一色に染められた闇へのいざない。一寸先は闇の具現化ともいえるそれに触れると、何の抵抗もなく手が奥へと進んでいく。俺は高揚と緊張に包まれながら、時間制限内にダンジョンへと入っていった。
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ダンジョンに入ると、視界は暗闇に支配されていた。しかしすぐに明転し、良くも悪くもごく普通の洞窟という形容がぴったりの空間が現れた。同時に、先に入っていた不良グループもその不思議な空間の変容に辺りを見回していた。試験官の二人だけは至極いつものことだと、落ち着いた様子で講習生全員がそろっていることを確認していた。
俺も欠けている人は誰もいないことを確認しつつ、ダンジョンの構造に目を向ける。辺りを観察すると、どうやらフロアの中でも行き止まりの区画に送られたようだった。入ってきたはずの入り口は見つからず、後ろを振り返ると奥へ続く通路だけが伸びていた。
そもそもダンジョンとは、複数のフロアから構成される迷宮である。各フロアには次のフロアにつながる階段が存在しており、一度次のフロアに移動すると前のフロアには戻れなくなる性質を持っている。さらにフロアの構造はランダムであり、前に入った時とは全く異なる構造になることも知られている。巷ではゲームの不○議のダンジョンみたいと言われているらしいが、調べてみると確かに類似点が多い印象だったのを覚えている。
と、ダンジョンへの初進入に興奮しながら脳内情報の整理をしていると、二階堂が腰に差していた高価そうな剣を引き抜く。一目で業物と分かるそれは、ダンジョン内の朧な光を弾いて輝きを増す。二階堂自身もいつでも魔物に襲い掛かれそうなほどぎらついた眼で周囲を見渡していた。そしてそれにつられ取り巻き達も、各々自分の得物を構えていく。
「あ、二階堂さん。少しお待ちください。先にステータスカードの説明をいたします」
そんなガンガンいこうぜ状態の二階堂達に安藤さんが声をかける。
ステータスカード。ダンジョンという存在が神あるいはそれに近しい存在が作り上げたと言われている理由の一つでもある、原理不明のテクノロジーの結晶体。正確には違うが、簡単に言えばゲームやマンガの中でしか存在しなかったステータスを定量的に数値化できる代物である。更にはスキルやダンジョン攻略記録も記載されているという便利な機能までもがついている。使い方は座学で学んでいるので、現役ダンジョン攻略者のステータスの数値だけでも見せてくれないかなあと興味がそそられていると。
「あ?んなもんどうでもいいだろ。それより早く魔物を斬らせろよ」
二階堂はステータスカードの説明も拒否する。俺の横を通り過ぎ、ずかずかとダンジョンの奥へと進んでいく。安藤さんと取り巻き達は慌てて後を追い、内藤さんは俺を見て申し訳なさそうに話してくる。
「ごめんね、二階堂さんが説明受ける気がないようだから、このままダンジョン攻略を開始します。二階堂さんがいるから、おそらくこのグループの生徒は全員最終検定は合格になるはずなので、合否については心配しなくて大丈夫です」
「あ、それなら大丈夫です」
「ありがとうね。じゃあ二階堂さんに遅れないようついてきてくださいね」
「はい」
遅れないよう内藤さんの後に続きつつ、俺はボソッとつぶやく。
「ステータスオープン」
すると、目の前に運転免許証ほどの大きさのプレートが一枚出現する。ステータスカードの使い方は最初に『ステータスオープン』あるいは類似の言葉を発することで手に入る。落とさないようにカードをキャッチし、ちらっと自分のステータスを見る。
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なまえ:小野寺太郎丸
とし:16
しゅ:ひと
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ついかこうげきりょく:35
ついかぼうぎょりょく:30
まなりょう:15
ついかいどうそくど:15
ついかまほうこうげきりょく:10
ついかまほうぼうぎょりょく:45
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さいだいだんじょんれべる:1
だんじょんこうりゃくりれき:『ももちはまだんじょん(1):1かい』
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事前情報通りの形式で、俺のダンジョンに関するステータスが記載されている。全部ひらがななのは日本で最も読むことができる人間が多いためと言われているが、ちょっと読みにくい。ちなみに外国ではその国で最も読める人が多い言語だそうだ。
閑話休題。
ステータスカードの読みにくい文字を、それでも一文字ずつ読み解いていく。追加攻撃力などのステータスは俺自身の素の攻撃力などにダンジョン内限定で追加される実数値。ダンジョンに初めて入った段階で合計150になっているらしいが、計算したところしっかり150となっている。ほかにも進入可能な最大のダンジョンレベルやこれまでのダンジョン攻略履歴も見れるようになっている。
「うわあ~、本当にステータスが見れる。感動~」
学んだ知識だけでなく、こうして実物を目にすると何とも言えない感情が湧きあがってくる。目頭がうるんでくるのを感じつつ、ここはダンジョン内だと気を引き締め直し、内藤さんの後に遅れないよう少しだけ速度を上げる。
そんな最中だった。
「おりゃあああああああ!」
少し先の曲がり角から、二階堂の気合の声が聞こえてきた。前にいた内藤さんはその声を聞くや否や、すぐさま走り出し、同時に俺も後に続いた。角を曲がると、そこには安藤さんと取り巻き、そして剣を握りしめた二階堂と地面に倒れる一匹の魔物がいた。
その魔物の名は『スライム』。正式名称をGelatina Minorという、小型犬くらいの大きさのまんまるな魔物だ。魔物の生体調査を行っている国際機関でも最も弱い魔物であると定義している通り、どんな攻撃でも倒すことができる。ある条件さえなければ攻撃してくることもなく、某RPGに出てくる同名の魔物よりも弱い存在である。
そんなスライムが剣に斬られ、真っ二つになりながら、ぽつりぽつりと光の粒子に変わっていく。幻想的な現象であるが、ダンジョン内の魔物を倒すことで何度でも発生するものだ。いまだにこの現象の詳細は判明していないが、個人的にはそういうものだ、と納得することにしている。
消滅したスライムの後には何も残らず、その様子に二階堂は少しだけ退屈そうな表情になった。
「ふんっ、やっぱりレベル1のダンジョンは余裕すぎるな。おまけにドロップアイテムも無いんじゃあ、攻略し甲斐がねえぜ」
「流石二階堂さん!かっこいいです!」
「まさに一刀両断でした!」
取り巻き達が剣を眺める二階堂をヨイショする。正直スライムなら取り巻き達でも余裕だとは思うが、それで二階堂の機嫌が良くなるならいいか。
「じゃあさっさと先に進むぞ。こんなダンジョンさっさとクリアして、次のダンジョンを攻略するからな」
剣を腰に収め、二階堂は再びドスドスと足音を立てながら奥へと進んでいく。その様子に、試験官はこの調子ならしばらくは大丈夫そうだと頷き合い、ダンジョン攻略が再開した。俺も遅れないよう、最後尾をついて行った。
ダンジョン攻略はまだ、始まったばかりだった。




