37 大濠公園ダンジョン その1
そんなこんなであっという間に土曜日はやってきて、事前に伝えた通り大濠公園ダンジョンに行くことになった。そこですでに人に囲まれている流川パーティを発見したり、こちらに気づくと手を振ってくる流川のせいであまたの注目を浴びたりと、ダンジョンに入場する前に割と疲れつつ、そうして今に至るというわけだ。
「とりあえず、マッピングツールを使いますね」
俺は久しぶりにスマホのマッピングツールを起動した。
ステアが現れてからはめっきり使わなくなっていたが、ステアの存在を知らない流川パーティ一行がいらっしゃるので、普通の攻略者らしく振舞う。マジックバッグからクレッセントダブルダガーを取り出し、腰のナイフにも触れて感触を確かめてつつ、いつでも戦える準備をしておく。
「短剣……じゃなくて、双短剣だね。それが小野寺君の武器?」
俺の武器に興味を持ったのか、赤崎が問いかけてくる。攻略者としての赤崎は様々な武器を高水準で使いこなすことで有名だ。高レベルのダンジョンからは非常に多岐にわたる武器がドロップする。それこそ現代ではお目にかかれないような古代の戦具から異世界の物としか思えない形状の鈍器まで、数えきれないほど種類がある。そんな武器を等しく使いこなす姿から、『万武の女神』と呼ばれている。
そんな赤崎からすれば、俺の持っている武器に興味を示すのは必然というものだろう。
「はい。ダンジョンボスの『ゴブリン剣闘士』からドロップしました」
「へえ、それは凄いねえ。ゴブリン剣闘士の中でも結構強い武器持ちだね。やっぱり一人で倒したの?」
「はい!」
「じゃあお手並み拝見だね。頑張ってね」
「はい!それでは、行きます」
武器をチェックされ、応援までされたのだ。下手な姿は見せられない。気合を入れてダンジョン攻略を開始しようとする。出発の合図を出し、大きく最初の一歩踏み出——そうとした直前で、俺はその足を止める。
「ん?どうかしたのかい?」
「いえ、何でもありません」
危ない、危ない。いつもの調子で走り出そうとしてしまった。それもステアの示す方にだ。意識しないと慣れた行動ばかりとってしまう。進もうと思っていた通路とは別の道を選択し、少しだけ早歩きで今度こそ攻略を開始した。少し怪訝なまなざしを向けられたが、追及してこないのでセーフである。
「ホント行き当たりばったりだよねぇ。これくらい予想して準備しとけばいいのに」
呆れているのか笑われているのか分からないステアの今日最初のおちょくりとともに、何とかダンジョン攻略を開始するのだった。
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右に左に気の赴くまま1階層を進んでいると、視界の端に何かが映った気がした。
「ん?魔物がいます!『ビッグヘッジホッグ』です!」
いつもよりゆっくり移動しているせいか、より広範囲の魔物に気がつけるようだ。現に十字路をまっすぐ進元下一瞬で左通路奥の岩陰に魔物が潜んでいることに気づけた。
『ビッグヘッジホッグ』はハリネズミのような魔物で、体長およそ50センチメートルほど、体から生える10センチメートルほどの針が焦げ茶色に染まっているのが特徴だ。針の色のせいで洞窟のようなフロアがあるダンジョンでは発見が遅れやすい魔物である。大きさゆえに見逃すことはほとんどないが、岩陰に潜んでいて気づいたときはすでに相手の間合い、なんてことはよくある話だ。
それと見た目がかわいい。
「探知能力はあるようだな。次は戦闘を見せてくれたまえ」
「はい!」
しかし今回はかなり遠めから先に気づくことができたので、先手を打つことにする。
クレッセントダブルダガーの片割れを背中側で水平になるよう握る。
その姿を見た流川パーティは何をしようとしているのかすぐに理解したようだ。
「投擲か」
「だあああ!」
野球選手のサイドスローのような腕の振りで体を沈ませつつ腕を振り、クレッセントダブルダガーを投げる。真横に高速で回転しながら、それは20メートルは離れているであろうビッグヘッジホッグの横っ腹に刺さる。突如現れた痛みに鳴き声を上げるビッグヘッジホッグだが、その間に俺はもう片方のクレッセントダブルダガーを放る。
のたうち回る、とまではいかないが、痛みから逃れるような動作をするビッグヘッジホッグの眉間に2発目を見事命中させ、そのまま光の粒子へと変える。
「……なるほど」
「へぇ、やるじゃねぇか」
「あのレベルの投擲技術……!私以上かも」
三者三様の感想が漏れる。
今回2発はなったのはちゃんとした狙いがあった。
1つ目の理由は1発目でビッグヘッジホッグの頭部を岩陰から出させること。隠れている頭部に当てるための一手である。そして2つ目の理由は投擲技術の誇示だ。今回流川パーティがお供してくれているのは俺の実力を測るため。
なので俺は特殊スキル以外のすべてを駆使して俺の実力を認めてもらう必要がある。
「まあ僕らのことは誰にも言えないよねぇ。一応『すとろんぐあーむ』は常に君の力になってあげてるけど」
「分かってるって」
投擲したクレッセントダブルダガーを1人で拾いに行く中、ステアがちらりと語ってくる。今回はあくまでダンジョン攻略できるかどうか俺の実力を計測してもらうのが目的なのだ。
特にドロップもなく、クレッセントダブルダガーだけを拾って流川パーティの元へ戻る。
「驚いたよ。まさか投擲を武器にしているとはね」
「精度も早さも文句なしだよ。多分日本でもトップレベルの技術だと思うよ」
「お前、やんじゃねえか!見直したぜ!」
流川パーティから驚愕の意を表される。特に青崎と赤城からは絶賛の嵐だ。鍛えに鍛えた投擲能力に、圧倒的なパワーが加わればこれくらいは朝飯前なのだが、それでも得意げになってしまう。
「ん?もう2匹追加だね」
すると赤城から魔物のおかわりが伝えられる。振り返ってみるとまた通路の奥に2匹のビッグヘッジホッグが見える。
「じゃああっちも僕が倒しますので」
あれだけ持ち上げられたのだ。次はさっきとは別の倒し方をしようとマジックバッグをあさる。こちらに気づきトコトコ近づいてくるビッグヘッジホッグから目線は外さず、あるものを2つだけマジックバッグから探り当て、まずは1つだけ持って構える。
「それは石か?」
「はい、この前河原で集めたんです」
それはどこにでも落ちているような普通の石だった。ただ、ちょっと大きめでソフトボールくらいの大きさはある。それをゆっくり持ち上げ、そのまま先ほどとは少しフォームを変え、アンダースローのように投擲する。
石は古来より投擲武器に最適な物体の一つだ。手軽に手に入り、当たればたとえ魔物と言えど確実にダメージを与えられる。そこに『すとろんぐあーむ』の力が加われば、
「チュウウ!」
当たった石は砕けるも、1匹のビッグヘッジホッグは光の粒子となって消える。
「もう一発!!」
「チュウ!!」
アンダースローで投げ終わった姿勢から流れるような動きで、反対側の手でも同じくアンダースローで石を放ちもう一匹を倒す。
運よく先に倒した方から魔石がドロップする。ラッキーとそれを拾いつつ、砕けた石はそのまま放置する。その様子をじっくり観察していた流川がうんうんとうなづいている。
「マジックバッグによる補充しやすい投擲物の大量確保と精密速射の投擲能力か。上手い組み合わせだ。恐れ入ったよ」
流川も俺の攻略方法に得心したのだろう。この調子なら1人でダンジョン攻略しても問題ないという判断になりそうだ。俺は気分よく歩を進めるのだった。
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そうしておよそ2時間30分ほどで、1階層の攻略が完了した。矢印の方向に従うこともあれば反対に進んだりし、マッピングもある程度埋まったところでセーフゾーンとご対面した。
「じゃあ少し休憩しよう。小野寺君も休んでくれたまえ」
「あ、ありがとうございます」
「一息つけるね」
「一番水はオレのもんだ!」
青崎と赤城が一目散に湧き水溜まりへ向かう中、俺はほとんど疲れていないので地面に座り、武器の手入れを行う。そしてついでに先ほどドロップした魔石を地面に置いて観賞もする。まざまざと観察すると青に混じる白濁した模様がきれいなことに気づく。つい魔石に見とれつつも無意識に口が開きかけたところで流川に声をかけられる。
「小野寺君。ちょっといいかい?」
「あっ、え、ハイ。大丈夫です!」
慌てて口を閉じ、魔石を食べようとしていたところを見られたかと焦るが、特に指摘はないので心の中で一旦落ち着く。危ない危ない。さすがに人の前で魔石を食べることはできないな。
「……」
ステアからわきが甘すぎ、何度目だよ、という視線が突き刺さっているが、この際気にしないことにする。それよりも流川の話の方が重要だ。何でしょうと耳を傾けていると、意を決したのか流川はついに口を開く。
「小野寺君。ぜひ、君に僕のバーティへ参加してほしい」
「へぅ?」
「ままま、マジか!天馬!」
「今までよさそうな人がいてもみんな断ってきたのに……!」
いつの間にか休んでいたはずの美女ズがこちらへやってきている。凄まじい驚きようだ。でも確かに驚くのも無理はない。流川パーティは有名になる前から今のパーティだったと聞いている。男女ともに人気もあり、入団したい優秀な攻略者もたくさんいたに違いない。なのに今、俺は流川から直接お誘いを受けている。
「ちら」
「ちらちら」
美女ズからの目くばせが何度も届く。入るって言うよな?の方か、断れ!の方なのかどっちかわからない。俺には読心術の心得など皆無なのでそういうのはやめてほしい。
「どうかな。君にとっては悪い話ではないと思うのだが」
俺の返答を真剣な顔で待つ流川。
いっぱい悩む。たった数秒で熟考にも及ぶようなあれこれをいい感じにああしてこうして頭の中で整理する。
そして俺は、こう答えた。




