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35 3ヶ月ぶりの再会 その2

 ガチャリ。


 玄関のドアが開く音がする。


 ガラガラと大きなキャリーケースを引きずる音も聞こえてくる。


 両親と弟が返ってきたのだ。


 彼らがこの家を出発して海外へと向かったのは、ちょうど今年の新年を迎えて間もないころだった。


 本来は海外サッカーチームの下部組織の一員として本格的に試合に出始めるのは夏になってかららしいのだが、海外生活に慣れるためという両親の意向で早くから日本を発ったのだ。そして海外に十分適応したところでシーズンが始まり、そこから少なくとも半年以上は海外でのプレーに集中すると聞いていた。


 ただ、そういった予定を平気顔で覆すのが俺の両親である。


 両親は昔から自分たちに益がないことには興味がないのだ。表向きは弟、小太郎のためとは言いつつ、日本に帰りたかったに違いない。海外生活は日本人には大変だってどこかで聞いたことあるし。


 とは思いつつも、実際のところ、俺にできることはないので、おとなしくやり過ごすしかないのだ。


 今、俺は自室に引きこもっている。


 昨日のうちに掃除、洗濯はすべて終わらせたので、今頃俺の両親はピカピカなリビングで談笑でもしているのだろう。掃除が甘いだの、洗濯物を取り込んでおけだの、現時点でそんな怒号が飛んできてないということが、皮肉にもその証明なのだろう。


 俺は今日1日、自室でただ時間が過ぎるのを待つしかないようだった。願わくば、弟の小太郎とは話はしたいと少しだけ思いながら。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「小太郎ちゃん、今日はお寿司を食べましょうね~」


「お前が寿司を食べたいってのはわかっているからな!特上寿司の出前を取ろう!」


「わあ~!パパったら太っ腹!小太郎ちゃんもそれで良いわよね?」


「……うん、僕お寿司大好き」


「いっぱい食べて強くなれよ!お前は世界に羽ばたくサッカー選手になるのだ!」


「頑張ってね、小太郎ちゃん!パパとママが応援してるからね!」


「……うん、もちろんだよ」


「あ、そうだそうだ。明日は博多に行くぞ。なんでも『学生サッカーサマライズ』の記者が小太郎にインタビューしたいんだとさ」


「あら!あの有名なサッカー雑誌の?もう~本当にこの子は凄いわねえ~」


「……あはは、まあね」


「いいか?いつも通り振舞うんだぞ。お前は日本の、ひいては世界のサッカーを担うプレイヤーになるんだからな」


「……うん」


「ああ、そうだそうだ。それとインタビュアーの人が家での練習風景を見たいらしい」


「まあ、そうなのね。確かに小太郎ちゃんはいつも自主練ばかりしてるものね」


「そうだ。サッカーチームに所属することなく、無名から一気に名を上げた天才だからな。インタビュアーもその辺りが気になるんだろうよ」


「それであなた、その話受けるの?」


「当たり前だ!家での小太郎の練習姿を見せてやれ!群れずとも一人牙を磨き、やがてそれは世界を狙う……。どうよ、このセンス!」


「うん、いいと思うよ」


「でもそうなると、()()()はどうするんだい?」


「ん?ああ、()()()はどうせ明日学校だろ?日中は家にいないから問題ないさ」


「あら、それもそうね。海外暮らしが長くて曜日感覚がおかしくなっていたわ」


「そそっかしいな、お前は。まあ今日は前祝いだ。小太郎にはこれからもたくさんの取材が舞い込み、活躍するほどに世界を盛り上げるんだからな」


「あはははは!」


「がはははは!」


「おっと、もうこんな時間か。それじゃあパパたちはこれから寿司を買ってくるからな」


「待っててね、小太郎ちゃん」


「……うん、ゆっくりでいいからね」


「「それじゃ、行ってきまーす」」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「兄さん、ただいま」


 自室で『博多ダンジョン』攻略動画の生放送を見ていると小太郎が部屋に入ってきた。そして帰宅の挨拶をするやいなや、俺のスマホをのぞき込んでくる。小太郎の頭に遮られ、動画が全然見えない。


「おかえり。ここに来たってことは父さんたちは家を出たのか?」


「うん、寿司買ってくるって」


 目線はダンジョン攻略の映像を見ながら、小太郎は簡潔に答える。


「そうか、そりゃあよかったな」


「嘘、思ってないでしょ、そんなこと」


「バレたか。まあ父さんたちのことだから、自分たちだけイイもの食って、帰りには回転寿司の寿司を買ってくるんだろうな」


「うん、僕もそう思う。父さんも母さんもそういう人だから」


 くくくと小さく笑う小太郎に俺も笑みが少しこぼれる。


「まあもちろん気づかないふりするけど」


「そういやサッカーはどうなんだ?あっちに行ってからもう3か月は経つけど」


「前に話した通りだよ。やっぱりみんな上手いよ。でも僕が一番だけどね!」


「さすがだな!えらいぞ小太郎!」


「へへへ」


 クシャッと顔を綻ばせ喜ぶ小太郎。こうやって弟が元気にやってる姿を見ると俺も力が湧いてくる。

 弟が世界と戦っているのだ。俺も負けじと攻略者を頑張らなくてはという気分になる。

 そんな俺を小太郎は少しだけ不安そうな顔になりながらダンジョン関連の話題を振ってくる。


「兄さんは今攻略者はどうなの?前はなんか不安で仕方ないって感じだったけど」


「ああ、あの時はちょっとな。でも今はもう大丈夫だ。手に入れた力をどう生かすか、さらなる力を得るにはどうするか。そんなことばっかり考えているよ」


 心配そうな小太郎に対し、俺は少し強気に答えることにした。あの時は手に入れたばかりの力に戸惑っていたが、今の俺はその問いからとどう向き合えばいいかもう分かっているのだ。


「へえ、さすが兄さんだ!昨日も広島のダンジョンに行ってたし、やっぱりもう凄い稼いでるの?ダンジョン攻略者はある程度の所得までは非課税だし!」


「ま、まあな!ガッポガッポよ!あとよくそんな難しいこと知ってるな……」


 少し景気よく言いすぎたかと汗をかきながら俺は自慢げに話す。意外と懐が寂しいとバレてしまえば、兄の威厳を損なうからな。ニコニコ笑顔の小太郎を前に何とか笑顔を固めて表情は崩さない。


「そういえば兄さんはどんな武器を使ってるの?やっぱり手裏剣とかスリングとか?」


「いや、今はナイフや短剣を使ってだな。たまにステータスカードなんかも――」


「へえ、さすが兄さん!じゃあさ、——」


 そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎていった。兄弟水入らずの語り合いは盛り上がっていき、それは親が帰ってくるまで続いた。


「あ、車の音がしたから帰ってきたみたいだね」


「じゃあここまでだな。」


「うん……そうだね」


 先ほどまでの元気はどこへやら、小太郎は深いため息でもつきそうな表情でうつむいている。中学3年生になったばかりとは言え、まだまだ子供だな。楽しい時間が終わるのは面白くないだろう。


「次、いつごろ帰ってこれるんだ?」


「え?えっと、多分年末くらいかな。まあもし怪我とかしちゃったら早まるかもしれないけど、それは多分ないだろうし」


「じゃあ俺は年末までに攻略の最前線……の一歩手前まで行ける頑張るよ!」


「何それ、どうして最前線じゃないの~!」


 おちゃらけた雰囲気でペチペチたたいてくる小太郎に、俺は仕方がなだめすかす。


「さすがに罠ギミックは国レベルの力がいるからなあ。だからダンジョンレベル29を攻略してお前の帰りを待つよ」


「……乗った!じゃあ僕はどこかの試合でハットトリックを決めるよ。それで年末に堂々と日本に凱旋するよ!」


「ああ。じゃああっちでも頑張れよ」


「うん、兄さんも」


 弟はすっかり元気になり、勢いよく部屋を飛び出していった。その後ろ姿はどこか遠くに行ってしまうような、そんな気がしてしまうほど俺の目には尊く見えた。


 翌日、俺が起床すると家にはもう誰もいなかった。


 弟の部屋も両親の寝室も、人のいた痕跡だけが残り、空になった家にはただ静寂のみが満ちていた。


 朝食もそこそこに、昨夜は入れなかった風呂に入ってから、そんな家を後にし、学校に向かうのだった。

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